REVIEW · 2019-09-17
AI: The Somnium Files
92% は物語に投じられた票である——サインクという、もう一つのゲームの行方
第一印象
AI: The Somnium Files は2019年9月17日(北米)に Windows / PlayStation 4 / Nintendo Switch 向けに配信された、Spike Chunsoft の探偵アドベンチャーである。Xbox One 版は2021年9月30日に追加された。監督・脚本は『極限脱出』シリーズの打越鋼太郎、キャラクターデザインはコザキユースケとされる。構造は二層で、一人称視点で現場を調べる捜査パートと、「サイク・マシン」で容疑者の夢へ潜る三人称のサインク・パートが交互に来る。夢の中では最大6分という時間の上限があり、オブジェクトに触れるたびに時間が減り、正しい順序を踏むと「メンタルロック」が開く。物語は分岐し、全体を見るにはフローチャートから章を選び直す必要がある。日本国内の初週売上は PS4 が2,267本で27位、Switch が1,767本で33位と記録されており、決して幸先のよい船出ではなかった。一方 Steam では2019年9月の新作売上上位に入ったと発表されている。
集計を先に置く。2026-08-19 時点の Steam ストア表示は「非常に好評」、全レビュー 4,440 件のうち 92% が好評。直近30日は 56 件の 80% で、こちらも「非常に好評」の帯だが12ポイント低い。Metacritic の PC 版は批評家スコア 78(21本。好評16・賛否混在5・不評0)、ユーザースコアは 414 件で 8.6、内訳は好意的 348 件(84%)・賛否混在 29 件(7%)・否定的 37 件(9%)である。数字だけを見ればどれも健全で、乖離らしい乖離はない。
だが私が読んだ限り、この 92% はゲーム全体に投じられた票ではない。helpful 上位の推薦文はほぼ例外なく物語・キャラクター・声の演技について書いており、サインクのパズルに触れているものは数えるほどしかない。逆に否定側と賛否混在側は、その触れられていない層——夢の中の時間配分と試行錯誤——を名指しで攻撃している。つまりこの作品には二つのゲームが縫い合わされていて、集計はそのうち一方しか測っていない。この記事はその縫い目を見に行く。
AI: The Somnium Files(Steam ストア キーアート)
物語の手触り
positive 側の語彙はよく揃っている。「hooked(引き込まれた)」「banter(掛け合い)」「masterpiece」「cinema」、そして泣いたという報告。とりわけ繰り返されるのは刑事と人工知能の相棒関係で、helpful 上位には相棒の名前だけを書いた一行レビューが複数ある。長文の推薦文は、笑いと惨劇のあいだで振れる落差そのものを美点として挙げる。注目すべきは、59.7時間を投じた推薦文が「論理の穴がいくつも露骨にある」と認めたうえで、それでも最良の場面は圧倒的だったと書いていることだ。留保が推薦を止めていない。
negative 側の語彙もまた揃っている。「juvenile(幼稚)」「annoying」「sex jokes」「never takes itself seriously」。ディスカッションでは、真剣な場面が毎回冗談で中断されて台無しになる、という不満が中心にあった。ここで面白いのは、批評家側が同じ診断に到達していることだ。Cubed3 は50点をつけ、「遅く反復的であることに大きく足を引っ張られている」「笑いと真剣さの往復があまりに不器用だ」「筋は半分以下に削れたはずで、そのほうが良い体験になった」と書いている。ユーザーと批評家が一致する数少ない一点が、この語り口の問題である。
同じ対象を二通りに読んでいるのではない。両者は同じものを見て、それが必要かどうかで割れている。私の見立てでは、この作品の笑いは減算の拒否だ。30時間を超えるテキストを走らせるために、書き手は下品な冗談を構造的な調律装置として残した。削れば緊張は保てるが、代わりに読者は疲れる。だからこれは良し悪しではなく設計の射程の問題で、笑いを支柱と受け取れる人には全長が持ち、雑音と受け取る人には第2章で切れる。演出を一切足さずに推理だけで読者を運びきったReturn of the Obra Dinnと比べると、こちらが何を引き受けたかが見えやすい。
AI: The Somnium Files のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
サインクの仕様は公式の記述で確認できる。容疑者の夢に潜り、プレイヤーは相棒側のアバターを動かして環境のオブジェクトに干渉する。制限は「潜る側と対象の安全のために最大6分」。干渉するたびに時間が減り、正しい連鎖を踏むと「メンタルロック」が開き、どういう状態で夢を出たかが物語の分岐に反映される。捜査パートが一人称のクリックであるのに対し、こちらは三人称で、時間という通貨を持つ。
レビュー群はこれを的確に言い当てている。ある推薦文は、前作群の脱出部屋が「ポイント&クリックと時間配分パズル」に置き換わったと書いていて、これは仕様の説明としてほぼ正確だ。一方 negative 側と賛否混在側の語彙は厳しい。サインクは「一律にひどい」、その論理は「疑わしい」、時間を伸縮させる補正アイテムの引きが乱数で決まるのが苛立たしい、と繰り返される。ある賛否混在のユーザーは端的に「試行錯誤のパズル設計」とまとめている。
Puzzlebyrinth の語彙に翻訳するなら、サインクは動詞の減算までは済んでいる。プレイヤーが夢に対してできることは、見る・触れる・話しかけるの周辺にしかない。破綻しているのはその先の文法だ。どの動詞がいくらの時間を食うかを事前に見積もる規則が提示されないため、6分という予算は計画の対象にならない。観察の解像度を上げても予測に変換されない構造で、これは同じ探偵ものでも捜査パートのクリックが時間を消費しないことと鋭く対照的である。時間のやり直しを主題にしながら失敗の意味づけで割れたTwelve Minutesと、詰まる場所がよく似ている。
AI: The Somnium Files のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
難しさの手触り
難しさについては、賛否がきれいに非対称である。positive 側はほとんど難しさに言及しない——彼らにとってこの作品は読み物であって、難所は話題ですらない。言及するのは negative 側と賛否混在側だけで、そこでの語は「tedious」「boring」「replay」に収束する。ある否定的なユーザーは、主要な分岐が夢の中の選択にのみ依存しており、ゲーム内に一切の案内がないため、乱数の結果によって同じ内容をやり直す羽目になると書いている。
レビュアーが詰まった地点を集めると、ここでの難しさは三種類に分けられる。ひとつは手数の難しさ——6分の予算をどう割るか。ふたつめは解釈の難しさ——夢の隠喩がどの現実の物事を指しているかを読む部分。みっつめは反復の難しさ——乱数と非公開の分岐条件のせいで同じ場面を通り直す部分だ。作品が本来の主題として設計したのは二番目だけであり、残りの二つは難しさの偽装に近い。
組み合わせ爆発が問題なのではない。夢の中の選択肢はむしろ少ない。問題は失敗が何も教えないことだ。やり直しの安いパズルは試行錯誤を歓迎してよいが、ここでのやり直しは会話の再生と章の再訪という費用を伴う。学習曲線が立ち上がらないまま、費用だけが積まれる。だから難しさの表示は3(標準)に留め、体験が人によって割れることを本文に書いておくのが正直だと考えた。読み物として通り抜けた人には易しく、パズルとして向き合った人には理不尽に近い。
AI: The Somnium Files のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
ゲームデザインの工夫
この作品を擁護する材料として、レビュー群がもっとも一致して挙げるのはフローチャートである。推薦文には、結末が7つあること、最初からやり直さずに任意の章へ跳べること、最初のスタッフロールは始まりにすぎないこと、といった説明が繰り返し現れる。分岐する長編テキストの再訪コストを、UI で正面から引き受けた設計だ。2019年という時期のアドベンチャーとしては、水準を一段上げた解答だと私は見ている。
だが同じレビュー群が、そのフローチャートの限界も指摘している。主要な分岐が夢の中の選択で決まり、ゲーム内にその手掛かりがないという不満だ。地図は自分がどこを通ってきたかを完璧に描くが、これから何が行き先を決めるのかは描かない。事後的には完全に可読で、事前には不可視である。この非対称は仕様というより、設計上の未完成に近い。
Puzzlebyrinth の言い方をすれば、フローチャートは学習曲線を UI に外部化したものだ。分岐する物語は本来、読者の頭の中に地図を作らせることで難しさを成立させる。それを画面に出してしまうと、難しさは移動の手間へと縮む——それ自体は正しい妥協で、実際に多くのレビュアーが助かっている。あと一歩を望むなら、通った経路ではなく何が分岐を決めたかを事後に開示するだけでよかった。物語の因果をプレイヤーの操作で辿らせる設計をやり切ったGhost Trick: Phantom Detectiveと並べると、この一歩の差が大きい。
AI: The Somnium Files のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-08-19 時点の Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: AI: The Somnium Files(非常に好評 / Very Positive、4,440 件中 92% が好評。直近30日は 56 件の 80%)
・helpful 順 positive 上位 10 件、recent 上位 10 件、ドイツ語ロケールの helpful 上位 6 件、negative 抽出での上位 3 件を WebFetch で読了(重複を除いて計 25 件前後)。あわせてストア掲示板の否定的スレッドも読んだ
・Metacritic 批評家スコア 78(21本。好評16・賛否混在5・不評0)、Metacritic ユーザースコア 8.6(414件。好意的348・賛否混在29・否定的37)
・Wikipedia: AI: The Somnium Files(制作陣、各機種の配信日、サインクの仕様、日本国内の初週売上、受賞・ノミネート)。なお本文に掲げた画像は Steam ストアページが実際に配信している公式アセットのみを用いたが、今回の実行環境からは画像CDNに到達できず内容を目視で確認できなかったため、キャプションは作品名のみの汎用表記に留めている
結論
Steam の 92%、批評家の 78、Metacritic ユーザーの 8.6 に対して、私は 7.8 を付ける。低く見ているのではなく、測っている対象が違う。4,440 件の大半は物語と人物に投じられた票で、サインクという第二のゲームはそこにほとんど入っていない。物語だけを見れば 9 点近い作品だが、この記事は縫い合わされた両方を評価対象にしている。時間を通貨にしながらその価格表を伏せた設計に、私は 1 点強を引いた。
私が読んだレビューに現れたプレイ時間は 24 時間台から 90 時間まで幅があり、中央は 30 時間台の前半に落ちる。分岐を全て見る前提の作品なので、この長さは実質的な最低ラインに近い。もう一点、直近30日の 80%(56 件)は全期間の 92% より低い。母数が小さいので断定はできないが、セールで新しく入ってきた層がどこで躓くかは、しばらく見ておく価値がある。
向いているのは、長い探偵小説を読み切る体力があり、下品な冗談を調律装置として受け取れる人だ。向いていないのは、パズルとして手応えを求める人、そして「自分の選択が何を変えたか」を事前に見通したい人である。この作品は前者に対しては圧倒的に強く、後者に対しては最後まで説明を返さない。それは失敗ではなく、射程の外という意味だ。
AI: The Somnium Files(Steam ストア キーアート)
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