REVIEW · 2012-09-07
Closure
暗闇は存在しない、賛否は『読めない』の一語で割れる
はじめに
白と黒だけで描かれた2Dの横スクロール空間を、多脚の影のような姿をした主人公が歩く。ルールは一行だ——光の当たっている場所だけが実在する。照らされていない床は床ではなく、踏めば下へ抜けて落ちる。壁のランプを回して向きを変え、光る球を抱えて運び、扉までの足場を自分で『存在させていく』。2012年、Eyebrow Interactive が制作・発売した。
私はこの記事を、Steam に積み上がったユーザーレビュー群を読んで書く。評価ラベルは『非常に好評』、全言語994件のうち848件が好評で約85%(2026-08-06 snapshot、否定は146件)。ストアページ上の表示は Steam 購入者に絞られた445件・85%だ。専門メディア側は Metacritic 78、ストアには IGN 8.5点、Joystiq 4/5、1UP の A- が引用され、IGF の受賞バッジも掲示されている。数字はどこを見ても穏やかに高い。
ところが本文を並べると、賛否がひとつの語をめぐって噛み合っていないことが見えてくる。『見えない』だ。肯定側はそれを美点として、否定側はそれを不親切として、まったく同じ仕掛けを指している。この記事はその一語を分解する作業になる。
白く浮かび上がる縦長のトンネル状の構造と、その足元に立つ小さな人物(Steam スクリーンショット)
第一印象
第一印象については、レビュー群がほとんど一致している。肯定も否定も、まず絵と音を褒める。『美しい』『不気味』『ミニマル』『Tim Burton 風』『Lovecraft 的』『サウンドトラックが素晴らしい』——この語彙は否定側のレビューにもそのまま並んでいる。実際、参考になったと票を集めた否定レビューのひとつは、冒頭を『魅力的で独特な絵、心地よく雰囲気のあるサウンドトラック、そして見事に巧みな中心的仕掛け』と書き起こしてから、そのあとで不満に入る。第一印象が争点になっていない作品なのだ。
参照される比較対象も安定している。LIMBO と並べる書き手が複数いて、白黒であること、UIらしいものが無いこと、言葉なしで進むことを共通点として挙げる。『これはあのゲームと同じ種類の何かだ』という感触の説明に使われている。The Bridge を引いて『あれより単純だが同じくらい楽しめた』と書く書き手もいる。暗闇に小さな視界だけが開くという体験を、ヨッシーアイランドの暗いステージに重ねる書き手もいた。
興味深いのは、開発者側の説明とレビュアーの実感が食い違っている一点だ。ストアの紹介文は『三人の人間の物語をたどる』と書いている。だがレビュー群でその物語に言及する声はごく少なく、ある肯定レビューは『物語は無い、三つのステージ群に別々のテーマがあるだけだ』と明言し、別の書き手は『物語があると思い出したのは、ストアの説明文を読み返したときだった』と正直に書いている。ステージの見た目は工場から森、病院、サーカスへ移り変わる。その移動を物語と読むかどうかは、はっきりプレイヤー側に委ねられている。
雨の降る夜、灯った街灯と白く浮かぶ木の枝だけが見えている場面(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
動詞は数えられるほど少ない。歩く、跳ぶ、光る球を持つ・置く(一度にひとつだけ)、壁のランプを回す、鍵や箱を運ぶ。文法も一行しかない——照らされているものは実在し、照らされていないものは実在しない。肯定レビューが繰り返す『ミニマル』『潔い』『単純だが底が深い』という賛辞は、Puzzlebyrinth の語彙でいえば動詞の減算そのものだ。色を捨て、テキストを捨て、UI を捨てて、残った一行に全部を担わせている。
だが同じ一行が、否定側では別の名前で呼ばれる。『不明瞭(obfuscated)』『何を見ているのか分かるまでに時間がかかる』『やろうとしていることが可能なのかどうかを判定するのが一番難しい』。これは好みの差ではなく、事実として同じ設計の別の面だ。多くのパズルは盤面を見せたうえで手を隠す。この作品は手ではなく盤面そのものを隠す。だからプレイヤーの最初の作業は解くことではなく、盤面を描くことになる——観察解像度を上げる工程が、思考の前に一段挟まっている。
この構造がうまく効いている場面も、レビューからはっきり見える。持てるのはひとつだけという制約が、球の置き場所そのものをパズルにする。光を運んで壁の前を通れば、その壁は一瞬だけ壁になり、離れれば消える。ランプを回せば、床が動く床になる。肯定側が『動く光が事実上のエレベーターになる』『転送装置で二か所を同時に照らせる』と具体的に書き出すとき、彼らは一行の文法から派生した組み合わせを列挙している。動詞を足さずに面を増やす、という方針がここでは正しく機能している。
光る細長い足場の上に丸い球が乗り、上方の円盤状の足場に人物が立っている(Steam スクリーンショット)
難しさの手触り
難しさについては、肯定側の内部で評価が真っ二つに割れている。helpful 最上位の肯定レビューは『面はやや易しめだった。抑制が効きすぎているとも思う、この仕掛けでもっと面白いことができたはずだ』と書く。別の肯定レビューは『頭をやられる。あまりに難しくて、多くの人は最後までたどり着かない』と書く。同じ作品について、票を集めた肯定同士がここまで反対を向くのは珍しい。
レビュアーがどこで詰まったかを集めると、難しさが三つに分かれていることが分かる。第一に盤面を読む難しさ——暗闇のどこに何があるかを推し量る工程。第二に解法を組む難しさ——これは全体として軽く、否定側もほぼ一致して『パズル自体は難しくない』と言う。第三に実行する難しさ——跳躍の精度と、球や鍵を落とさずに運びきる手つき。『難しい』と言う人は第一と第三を、『易しい』と言う人は第二を指している。評価が反転するのは、同じ語で別のものを測っているからだ。
そして失敗のコストが、この三つを増幅する。巻き戻しも一手戻しも無い。球を暗闇に落とせば戻ってこないし、鍵を失えば面ごとやり直しになる。否定レビューは何本も『些細なミスで面全体を繰り返させられる』『Braid のような巻き戻しがあれば違ったのに』と書く。undo を文法の一部にした Baba Is You と比べると差は明快だ。あちらは巻き戻しを与えることで思考の試行回数を無限にし、こちらは巻き戻しを与えないことで一手の重さを作った。ただしその重さは、思考の一手ではなく実行の一手にも等しくのしかかる。ここが賛否の主要な断層だと私は読む。
上下二段に並ぶ光る柱状の構造物と、右手に見える扉(Steam スクリーンショット)
操作の手触り
否定側の語彙は操作に集中している。『もたつく(clunky)』『移動が遅い』『跳躍の高さがぎりぎり』『メスのような精度の跳躍を要求される』『持ち物のお守り(item babysitting)』。ある否定レビューは『パズルは易しいのにプラットフォーム操作がもたつく』と、この作品の構造をひとことで言い当てている。思考の動詞と実行の動詞が同じ盤面に同居していて、解が確定したあとにもう一段、手つきの関門があるということだ。
肯定側はこれをあまり問題にしない。むしろ『直感的』『15分だけ遊んで一面か二面クリアして、また戻ってこられる』と、区切りの良さを褒める。同じ操作系が、片方には関門、もう片方には手軽さとして届いている。面が短いこと自体は事実だから、失敗の痛みをどこまで許容するかの差がそのまま評価差になっている。
もうひとつ、設計とは別の層で実行系の不信を増やしている要素がある。技術的な不具合だ。床を抜けて落ち続ける、起動しない、クラッシュするという報告が2017年、2021年の否定レビューに具体的に書かれ、2025年の肯定レビューにも『クラッシュしなければ楽しい短編』という留保がついている。14年前の作品でストアには Apple Silicon 非対応が明記されており、一方で Steam Deck 判定は Playable(2026-08-05 テスト)だ。設計上の関門と実装上の関門を切り分けて読む必要がある——レビュー群を読む側の仕事として、ここは特に注意した。
暗闇に分断されて浮かぶ複数の足場と、左上に見える斜めの機械(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-08-06 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: Closure(非常に好評 / Very Positive、全言語994件中848件が好評で約85%。否定146件。ストア表示は Steam 購入者445件・85%)
・helpful 順の positive 上位13件、negative 上位12件、recent 上位9件を読了(コミュニティのレビュー一覧および Steam の appreviews データ)
・ストアに引用された専門メディア評(Metacritic 78、IGN 8.5点、Joystiq 4/5、1UP の A-)と、ユーザーレビューの不満点との差を突き合わせた
・ストアの公式説明文(『三人の人間の物語』、開発者コメンタリー、Apple Silicon 非対応)および Steam Deck 判定(Playable、2026-08-05 テスト)を参照した
結論
Steam の総評は全言語で約85%の好評、私の設計批評としての採点は7.5だ。加点は、一行の文法で盤面そのものを隠すという発想と、動詞を足さずに派生を増やしていく面構成。減点は、その一行が生む観察コストを最後まで受け止める仕組み——巻き戻し、ヒント、細かい再開点のいずれか——を用意しなかったことだ。数字の差はほぼここに集約される。前者は思いつきの鋭さで、後者は仕上げの問題であり、% positive は前者をよく拾い、後者を拾いにくい。
レビューに表示されたプレイ時間は8〜16時間に多く分布し、中央値はおよそ9時間。1時間台で降りた書き手も、24時間かけた書き手もいる。面数についてはレビュアーの記述が一致せず、82面と書く者と100面超と書く者がいる。直近のレビューは穏やかで、『忘れられたパズルゲーム』『短くて不気味、光の仕掛けだけでも試す価値がある』といった位置づけの語り方に変わってきている。
向く人はかなり明確だ。暗闇を情報の欠落ではなく問いとして受け取れる人、盤面を自分で描く工程を面白がれる人、そして解法が見えたあとの手つきに寛容な人。逆に、思考の失敗は許せても実行の失敗で面ごと巻き戻されるのが我慢できない人には、この作品は最後まで気に障るはずだ。レビュー群が『見えない』の一語で割れているのは、この作品が誰かの好みを裏切っているからではなく、その一語に賭けきったからだと私は読む。
渦巻きと星が描かれた円形の大きな幕が立つ、サーカスの舞台の場面(Steam スクリーンショット)
このゲーム、あなたは?
押すと「あなたの棚」に入ります(アカウントのページで見られます)。
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
次に読む
関連レビュー
Vessel
液体を撃ち出し吸い込むバックパック式の水鉄砲ひとつで、水・溶岩・光る protoplasm を操り、そこから生まれる液体生物〈フルロ〉を使って機械仕掛けの世界を直す2Dの物理パズル・プラットフォーマー。工場・果樹園・鉱山を舞台に、格子ではなく流体シミュレーションそのものを文法に据えた、Strange Loop Games の一作。
Quantum Conundrum
行方不明の発明家の叔父を探して、次元を切り替える装置〈IDS〉を手に奇天烈な屋敷を進む一人称視点の物理パズル。重い物を綿のように軽くする「フラフィ」、引力を反転させる「反重力」、時間を遅らせる「スロー」など四つの次元を場面ごとに切り替え、箱と物理法則を操って部屋を抜ける。Portal のリード設計者 Kim Swift が手がけたとされる、Square Enix 発行の一作。
Thomas Was Alone
色と大きさの違う四角形を切り替えながら、それぞれに 1 つずつ与えられた能力を組み合わせて足場を作り、120 の面を抜けていく 2D のパズルプラットフォーマー。進むあいだ、画面の外からは四角形たちの内心をつづる語りが流れ続ける。Mike Bithell の Bithell Games が 2012 年に発表した一作。




