ANALOG · 2026-09-26
Tabletop Simulator(2015) — 移植されたのはゲームではなく、卓のほうだった
勝利条件も得点計算も無い / 残したのは物理と、人間が裁定すること / 強制は Lua で後から足せる
今日の手触り: 持ち上げて、指を離すと、落ちる
今日の手触り: 持ち上げて、指を離すと、落ちる。
『Tabletop Simulator』は、ボードゲームの移植ではありません。移植されたのは、卓のほうです。
開発は Berserk Games。Steam での発売は2015年6月5日。ゲームエンジンは Unity です。
ストアページの説明文が、この作品のほぼ全部を言っています。「There are no rules to follow: just you, a physics sandbox, and your friends.」——従うべきルールはない。あるのは物理と、友達だけ。
勝利条件はありません。得点も数えません。カードも自動では配られません。かわりに、卓をひっくり返せます。
画像: Tabletop Simulator(Berserk Games)の Steam ストアページより
アナログをデジタルに移すとき、たいてい最初に自動化されるのが「裁定」です。点を数え、違反を止め、順番を守らせる。この作品は、そこだけを頑として自動化しませんでした。今日はその一点を分解します。
箱の中身のかわりに — 15種の古典と、3,000本を超える有志のゲーム
始まりは Kickstarter でした。2014年2月11日から3月13日までの30日間。目標は3,000ドル。集まったのは37,403ドルで、支援者は1,822人です。
当時の紹介文はこうです。「Online tabletop sandbox game with multiplayer physics. No rules, endless games, and freedom to play just like in real life.」ルールは無い、ゲームは尽きない、現実と同じように遊べる。12年前の約束は、いまの製品とほとんどずれていません。
製品に同梱されているのは、チェス・ポーカー・ジグソーパズル・ドミノ・麻雀など15種の古典です。同じ卓に最大10人まで座れます。HTC Vive と Oculus Rift での VR にも対応しています。
公式が書く遊び方は、動詞の並びです。「pick up, rotate, shake, and throw any object」。持ち上げる、回す、振る、投げる。どれも判定ではなく、操作です。
画像: Tabletop Simulator(Berserk Games)の Steam ストアページより
外からの供給もあります。Steam Workshop には3,000本を超えるゲームや素材が共有されている、と Wikipedia は書いています。出版社と組んだ公式 DLC も並んでいて、Zombicide、Superfight、Cosmic Encounter Connector、Xia: Legends of a Drift System などが買えます。
私はいつも、新しいコンポーネントを見るとまず重さを量ります。今回は量れませんでした。画面の中の駒を載せられる秤を、私は持っていません。
ルールを守らせていたのは、紙ではなく人だった
卓の上で、ルールを守らせているのは誰でしょうか。箱ではありません。紙でもありません。
ルールブックは、読まれたときにしか効かない文章です。順番を飛ばしても、紙は止めません。点を多く数えても、ボードは光りません。
だからアナログの卓には、いつも裁定者がいます。専任の審判がいなくても、全員が交代でその役をやっている。ルール覚えの早い人が、たいてい多めに負担しています。
『Tabletop Simulator』が持ってきたのは、この構造そのものです。判定をゲーム側に置かず、卓に座った人のところへ残した。
ただし、物理は消えていません。入力に変わりました。公式のスクリプト仕様を見ると、オブジェクトごとに mass(質量)、bounciness(弾み)、static_friction と dynamic_friction(摩擦)、drag、angular_drag、use_gravity(重力を受けるか)が並んでいます。
量れない重さを、数値で決める。木駒を削って重みを出すかわりに、欄に数字を書く。アナログの側から見るといちばん奇妙で、いちばんうらやましい部分です。
画像: Tabletop Simulator(Berserk Games)の Steam ストアページより
ここから少しだけ厳しいことを書きます。「ルールを強制しない」は潔い設計です。同時に、ルールの穴の処理をまるごと卓の人間へ外注する設計でもあります。
その卓に慣れた人が1人いれば成立します。いなければ、最初の30分は全員でルールブックを読み合わせる時間になる。自由の代金は、たいていそこで請求されます。
デジタルに移すと — 消えるもの、残るもの、足せるもの
消えるもの。まず、手のなかの厚みです。札を扇形に持つときの反り、駒を握ったときの重心、木と紙のどちらを触っているかの区別。画面では全部が同じ「掴んでいる」に丸められます。
気配も消えます。相手が一瞬手を止めた、指が別のカードへ伸びかけた。卓の情報のうち、ルールに書かれていない部分です。Hanabi の回で書いたとおり、その種の情報はルールブックが決めていない場所にあります。
残るもの。物理が残ります。落とす、倒す、混ぜる、投げる。位置が「だいたいそのへん」で許されることも残る。マス目に吸い付かない盤は、意外と快適です。
そして裁定が人間の仕事であることが残ります。これが本題です。移植で消える筆頭の要素が、ここでは仕様として残された。
デジタルでしか足せないもの。卓の巻き戻し(セーブとロード)、無限に広い卓面、そして10人が距離ゼロで同席できること。
もうひとつが Lua です。公式仕様では、ゲームは「1つの Global Script と、0個以上の Object Script」で構成されます。つまり、強制を後から足せる。配り方だけ自動化して得点は手で数える、という中間も選べます。
強制するかしないかの二択ではありません。強制の度合いを、卓ごとに作者が選べる。私はここがこの作品のいちばん賢いところだと思っています。
物理そのものを素材にしたデジタルのパズルは、事典の物理シミュレーションにまとまっています(World of Goo、Poly Bridge など)。ただしそこでの物理は「解くべき対象」です。この作品の物理は「卓の物理」で、解く対象ではありません。同じ言葉が別のものを指しています。
ついでに言うと、「判定を誰がやるか(自動か、人か)」という軸は、事典にはまだありません。アナログの側から見ると、これはかなり太い軸です。
作る人へ — 「判定しないモード」を1つだけ足してみる
持ち帰りを1つだけ。自分のパズルに、判定しないモードを作ってみてください。
正解に触れた瞬間に光らせるのをやめる。プレイヤーが「これで完成」と宣言するまで、何も言わない。それだけです。
変わるのは難易度ではありません。手応えです。自分で確かめる時間が戻ってくると、同じ盤面が別の問題になります。
注意が1つ。人に任せるのは判断であって、作業ではありません。この作品も、物理計算と通信の同期だけは絶対に自動でやっています。シャッフルを手作業に戻す必要はない。
『Portal』のボードゲーム版を読んだ回でも、同じ線が出てきました(Portal ボードゲーム版)。手に残すべきなのは、手つきが見える場所です。
おわりに
卓をひっくり返せることを売り文句にしている作品は、たぶんほかにありません。
あの機能が示しているのは暴力ではなく、宣言だと思います。このゲームはあなたを止めません、という。
止めない設計は、遊ぶ人を選びます。かわりに、止めない卓でしか起きないことがある。ルールを相談で決め直す時間、間違いに気づいて巻き戻す時間。どちらもアナログの卓にあって、移植でいちばん失われやすい時間です。
そこで今日の問いです。あなたのゲームで、「正しいかどうかの判定」を人間の手に任せますか。
全部でなくてかまいません。1か所だけ選ぶとしたら、どこを手に残しますか。
参考文献
Tabletop Simulator Lua Scripting(公式スクリプト仕様: Global Script と Object Script の構成、保存形式) ↗
Wikipedia — Tabletop Simulator(発売日と Kickstarter 実績の突き合わせ、Unity 製、Workshop の共有数、公式DLC) ↗
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