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DESIGNER-STUDY · 2026-09-03

Dave Grossman の哲学 — 賢いのは、プレイヤーの側でいい

『Day of the Tentacle Remastered』『Return to Monkey Island』— 難しさと親切さを、どちらも捨てない

Dave Grossman が30年言い続けていることは何か?

「あなたの仕事は、自分が賢いと感じることではない。プレイヤーが賢いと感じられるようにすることだ」(Adventure Classic Gaming, 2009 ↗)。Dave Grossman(デイヴ・グロスマン)の発言で、私が一番よく引くのがこれである。

彼は1989年からアドベンチャーゲームを作り続けている作り手だ。面白いのは、この主張が30年ほとんど変わっていないことではない。標語で終わらせなかったことだ。

2010年、彼は自分の義母を椅子に座らせ、自作を遊ばせ、詰まった箇所を全部書き出して公開した。結論の一行は身も蓋もない。「何も前提にするな。何も!」(Game Developer, 2010 ↗)Day of the Tentacle Remastered のゲーム画面『Day of the Tentacle Remastered』(2016)Steam ストアページの公式スクリーンショットより

この記事では、本人のインタビューと本人による寄稿あわせて7点を横断して、Grossman の哲学・こだわり・公に語った失敗・ジレンマ・影響源を読む。作品紹介ではなく、人物への考察である。

Dave Grossman とはどんなデザイナーか?

Dave Grossman はアメリカのゲームデザイナー・脚本家である。1989年に Lucasfilm Games(のちの LucasArts)へ入り、『The Secret of Monkey Island』(1990)と『Monkey Island 2: LeChuck's Revenge』(1991)を Ron Gilbert・Tim Schafer とともに作った。1993年には Tim Schafer と『Day of the Tentacle』を共同設計している(経歴年表は Wikipedia を参照 ↗)。

入り方は本人いわく偶然だった。「1989年当時は事情がかなり違っていた。いまのようにスタジオに入っていって CEO にデザインの仕事をくれと言えるものではなかった」「なんとか入り込んだら、不可解なことに採用された。理由は分からない」(Arcade Attack, 2016 ↗)。The Secret of Monkey Island: Special Edition のゲーム画面『The Secret of Monkey Island: Special Edition』(2009)Steam ストアページの公式スクリーンショットより

日本語圏での知名度は、同僚だった Tim Schafer や Ron Gilbert ほど高くない。ただし関わった作品は知られている。『Day of the Tentacle Remastered』は Double Fine Productions / Shiny Shoe が2016年に発売した、時間操作を軸にしたポイント&クリック探索のパズルアドベンチャーである。1993年版の共同設計者が Grossman だ。

1994年に LucasArts を離れ、Ron Gilbert が創業した Humongous Entertainment などで子ども向けゲームに関わった。2005年に Telltale Games へ移り、『Sam & Max』シリーズや『Tales of Monkey Island』(2009)のデザインを担当。2014年8月に Telltale を離れ、音声ドラマの Reactive Studios(のちの Earplay)へ移っている(Adventure Gamers, 2015 ↗)。

そして2020年、Ron Gilbert と再び組んだ。『Return to Monkey Island』は Terrible Toybox が2022年に発売したポイント&クリック探索のパズルアドベンチャーで、Grossman は脚本とデザインで参加している。30年前に一緒に海賊のコメディを作った相手と、同じシリーズに戻ったことになる。

なぜ「賢いのはプレイヤーの側だ」と言い続けるのか?

Grossman の哲学は一文で言える。パズルは作者の知性を見せる場所ではなく、プレイヤーが自分の知性を確かめる場所だ、というものである。「あなたの仕事は自分が賢いと感じることではない。プレイヤーが賢いと感じられるようにすることだ」(Adventure Classic Gaming, 2009)。

同じ主張は、もっと古い LucasArts 時代の話にも出てくる。「私たちの基本的な考え方は、自分たちはプレイヤーの味方だ、というものだった。考えて賢くあってほしいとは思っていたが、最終的な目的は行き詰まらせることではなく、解いて気分よくなってもらうことだった」(Arcade Attack, 2016)。

ここで見落としたくないのは、彼が「易しくしろ」とは言っていない点だ。同じ2009年の取材で彼はこう続けている。「プレイヤーの不満を避けながら、それでも賢くあれる・賢いと感じられる体験を出し続けること。これが私にとって特に土台になってきた」。

難しさを下げる話ではない。難しさと不満を切り離す話である。多くの議論は「難易度を上げるか下げるか」という一本の目盛りで進むが、彼はそこに二本目の軸を持ち込んでいる。「解けない」と「見捨てられた」は別のことだ、と読める。Day of the Tentacle Remastered のゲーム画面『Day of the Tentacle Remastered』(2016)Steam ストアページの公式スクリーンショットより

作品をまたいで繰り返し出てくるこだわりは何か?

一つめは、世界観に対して全部を揃えることだ。『Day of the Tentacle』について彼はこう語っている。「すべてはひとつの目標に奉仕している。あなたを漫画のキャラクターだと感じさせる、という目標だ。中心にある美意識と喧嘩しているものは、何もなかった」(Splice Today, 2017 ↗)。

パズルもその配下に置かれる。「パズルは、私が漫画のキャラクターのように考えなければならないように設計されている」(同)。彼にとって正解の論理は作品のトーンから逆算される。現実の理屈で解けなくてよい。ただし漫画の理屈では必ず解けなければならない。

二つめは、笑いの下にもう一層置くことだ。「表面のギャグと、その下にある深い物語との対位法。これがこれらの作品を記憶に残るものにしている要素のひとつだ」(Adventure Classic Gaming, 2009)。笑わせること自体が目的ではない、という言い方をしている。

三つめは、画面に出したものは必ず意味として読まれる、という警戒である。2010年の寄稿にはこうある。「画面に見えるものは何であれ、重要なものとして解釈されうる」。実例つきだ。Max が歯をつつくアニメーションを見た義母が、マックスがチーズを食べたのだと結論してしまった。

この三つは方向が違うようで、根は同じだと整理できる。作り手が置いたものは、置いたとおりには読まれない。だから世界観の側で受け皿を用意しておく、という発想である。

本人はどんな失敗を公に語っているか?

Grossman の失敗の語り方は珍しい。作品の失敗ではなく、自分の思い込みの失敗として書くのだ。2010年の寄稿「A Journey Across the Main Stream: Games for My Mother-in-Law」がそれにあたる。義母(記事中では「Subject M」)に『Sam & Max』を遊ばせ、うまくいかなかった箇所を一つずつ数え上げている。

出てきたのは、設計側の前提がことごとく外れる場面だった。彼女は自分が操作する側だと分からず、チーズを探すキャラクターをただ眺めていた。クリックできるものを全部調べる、ということもしなかった。

彼はこう書いている。「ゲームデザインでは、プレイヤーが最終的に環境内のクリック可能なアイテムをすべて探索するだろう、と仮定することが珍しくない。明らかに、これは安全な仮定ではない」。

持ち物欄はポップアップの文字が出ないので、彼女はそこを動かない飾りだと判断した。銃でチーズを撃つ謎については、撃っても穴が開くだけでスイスチーズにはならない、と反論した。Grossman はこの反論について、彼女には一理ある、と書いている。

そして次のシーズンでは、Sam がプレイヤーに直接語りかけ、役割を説明する導入に作り替えた。失敗を認め、次の版で直す。この順番が彼の型である。

規模の小さい失敗談もある。『Day of the Tentacle』については「ものすごく楽しかったが、時間移動の調べ物は過酷だった」(Arcade Attack, 2016)。声の配役では「バーナードのキャスティングが一番難しかった。彼には本当に、何者でもないように聞こえてほしかった」(Splice Today, 2017)。派手な話ではないが、彼が何を苦労と呼ぶかは分かる。

昔からのファンと、初めて遊ぶ人。どちらを取るのか?

Grossman が繰り返す葛藤は、この一文に集約される。「昔からの Monkey Island のファンにも私たちのゲームを楽しんでほしい。でも、義母にも遊べるようにしたい」(Adventure Classic Gaming, 2009)。

口で言うほど簡単ではない。前者が求めるのは歯ごたえで、後者が求めるのは分かりやすさだ。彼はどちらも切らず、入口を厚くする方向で解こうとしている。2010年の寄稿で紹介されている改訂版の導入では、Sam がまず歓迎し、役割を説明し、それでも進めないときに初めて「持ち物欄の銃を使って、あのチーズに穴を開けろ」と具体的に言う。段階的に助ける仕組みだ。

この立場は、当サイトの評価の目盛りにも出ている。カタログでは『Day of the Tentacle Remastered』の難易度が4(難)、『Return to Monkey Island』が3(標準)である(2026-09時点)。同じ作り手が関わり、同じ会社の系譜にありながら、後年の作品のほうが易しい。「詰まらせるのが目的ではない」という主張は、標語のまま置かれてはいない。

もう一つのジレンマは操作の形だ。『Return to Monkey Island』について彼はこう語っている。「コントローラーでは、かなり違うやり方をしなければならない。尖った角を入れると、人はそこに引っかかる」(Game Developer, 2022 ↗)。動詞の一覧をやめ、より簡素な形にした判断も、同じ線の上にあると読める。Return to Monkey Island のゲーム画面『Return to Monkey Island』(2022)Steam ストアページの公式スクリーンショットより

職を離れる判断にも、似た形の葛藤が見える。1994年に LucasArts を出たときの説明は「これは好きだけれど、自分にとってうまくいかない部分がある、という感じだった」。2014年に Telltale を出たときは「もう私を必要としていない」「私の人生がもう違うんだ」(Adventure Gamers, 2015)。自分が要るかどうかを基準にしている。

誰の影響を認めているか?

正直に書くと、この項目は薄い。私が読んだ7点の資料のなかで、Grossman が影響を認めている人物として名前を挙げているのは一人だけだった。宮本茂である。

2010年の寄稿で彼は、宮本が設計中に特定の一人(宮本の場合は妻)を思い浮かべるという手法に触れ、それが自分の義母を被験者にする発想につながったと書いている。作品ではなく方法論としての影響だ。

それ以外については、本人が影響源として語った記録を私は見つけられなかった。Ron Gilbert や Tim Schafer との関係は「一緒に作った」という言い方で語られており、「影響を受けた」とは言っていない。憶測で埋める場所ではないので、ここで止める。

ただし環境については語っている。「私はそこにいて、好きなことをやっていて、面白い同僚がいて、『何かいいものを作れ』以外に具体的な指示なしに海賊のコメディを作っていた」(Arcade Attack, 2016)。影響源というより、彼の哲学が育った土壌の話だと読める。

Kizuki の読み — この人を私はどう読むか

ここからは私 Kizuki の解釈である。本人が言っていないことを書く。

私は Grossman を、観察を仕事にしたアドベンチャー作家として読む。同世代の作り手の多くは、自分の直感と身内のテストで難易度を決めてきた。彼は身内でない一人を連れてきて、その人が詰まる場所を全部書き出し、自作の欠点として公開した。標語を持つ作家は多いが、標語が外れる現場を自分で記録して出す作家は少ない。

もう一つ。「賢いのはプレイヤーの側でいい」という立場は、謙遜ではなく設計上の分業だと私は読む。作者が賢さを引き受けると、パズルは正解を当てさせる試験になる。賢さをプレイヤーに渡すと、パズルは思いつきを試す場所になる。彼が30年変えなかったのは態度ではなく、この分業の線の引き方だと整理できる。

どの作品から触れると、この人が分かりやすいか?

最初の一本は『Day of the Tentacle Remastered』でよい。彼が共同設計した1993年版がそのまま遊べる。時間操作の連鎖が最後まで漫画の理屈で通っているところに、「中心にある美意識と喧嘩しない」という彼の言葉がそのまま出ている。

次に『Return to Monkey Island』。30年後の同じ作り手が、ヒントの出し方と操作をどう作り替えたかが見える。二本を続けて遊ぶと、難しさと不満を切り離すという主張が実装として何を意味するのか、手触りで分かる。

本人の文章を一つだけ読むなら、2010年の寄稿を勧める。ゲームデザインの記事というより、観察の記録として面白い。

関連するデザイナー考察としては、同僚だったTim Schafer、同じ LucasArts 系譜のRon Gilbertがある。プレイヤーの時間を無駄にしないという Gilbert の主張と、賢さをプレイヤーに渡すという Grossman の主張は、隣り合った位置にある。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

本人による寄稿「A Journey Across the Main Stream: Games for My Mother-in-Law」Game Developer(旧 Gamasutra)2010-09-01

Adventure Classic Gaming インタビュー(Jonathan Yalon / Philip Jong)2009-09-01

Arcade Attack インタビュー 2016-11-28

Splice Today インタビュー(Jon Hochschartner)2017-04-11

Adventure Gamers「Dave Grossman」(fov)2015-01-02

Game Developer「Navigating the seas of change with Return to Monkey Island's Ron Gilbert, Dave Grossman」(Holly Green)2022-09-20

Game Developer「Sam & Max's Dave Grossman on Design」(Frank Cifaldi)2006-07-26

経歴の年表確認に用いた二次資料:

Wikipedia「Dave Grossman (game developer)」

引用は原文(英語)からの拙訳である。原典の該当箇所は上記リンク先で確認できる。

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