REVIEW · 2022-09-19
Return to Monkey Island
動詞メニューを捨て、ヒント本を渡す — 批評家が満場一致で、遊び手が割れた続編を読む
第一印象
私はこの作品を遊んだのではなく、評価の集まり方を通して見ている。まず数字を置く。Steam のストア表示は「非常に好評」で、全言語では 8,392 件の 91% が推奨、英語に絞ると 4,877 件の 89%、直近30日は 27 件で 85%(いずれも 2026-08-16 時点のスナップショット)。専門メディアの Metacritic は 54 本のレビューで 87 点、内訳は肯定 50・賛否混在 4・否定 0 である。
この作品を読む価値があるのは、その隣にもう一つの集計が並んでいるからだ。同じ Metacritic のユーザー側は 376 件で 7.5 点、肯定 252・混在 73・否定 51。批評家側の否定がゼロなのに対し、遊び手側は約 3 割が肯定を保留している。批評家が満場一致で、遊び手が割れる。この非対称が、私がこの記事で追いたい線だ。
そして割れ方には形がある。低評価の言い分を並べると、話題はほぼ二つに集約される。絵柄と、結末だ。パズルそのものを不当だと責める声は驚くほど少なく、代わりに「簡単すぎる」と「それでも詰まる」が同居している。同じ作品の同じ設計が、正反対の不満を同時に生んでいるということになる。
Return to Monkey Island のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
この続編がまずやったのは、動詞を捨てることだ。1990年の一作目は画面下に Open / Close / Push / Pull といった動詞の一覧を並べ、動詞と物を組み合わせて文を作らせた。本作にその一覧はない。物に触れれば文脈に応じた操作が起き、持ち物の管理も整理されている。専門媒体が「持ち物まわりが改善された」「移動が速く、テンポが良い」と書くのは、この整理を指している。
Puzzlebyrinth の語彙で言えば、これは 動詞の少なさが豊かさを生むとき — 減算設計の系譜 で追った減算そのものだ。動詞×物の掛け算で膨らむ組み合わせ爆発は、動詞の側を 1 に畳むことで消える。Thimbleweed Park が9つの動詞を文法として抱え込んだのとは、同じ作者たちによる正反対の解答である。
減算には必ず代価がある。低評価側で最も設計に踏み込んでいた言い分は「パズルに使う物にしか触れないので、世界が空っぽに感じる」というものだった。動詞を畳むと、外れた組み合わせに返ってくる気の利いた反応も一緒に消える。かつて外れは笑いを生む余地であり、同時に「ここは関係ない」と教える装置でもあった。触れるものが答えの候補と一致すると、探索は速くなるが、世界を眺める理由は薄くなる。速さと手応えのどちらを取ったか、という交換がここに露出している。
Return to Monkey Island のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
難しさの手触り
本作には劇中の道具としてヒント本があり、答えを一度に出さず段階的に開く。評者はこれを「外部の攻略記事に離脱させず、世界の内側に留めたまま助ける」仕組みとして評価している。攻略サイトの記述によれば、ヒントも攻略も使わずハードで進めると本編はおよそ 10〜15 時間、ヒントや攻略を使えば 3〜6 時間で終わる。同じ内容で所要時間が 3 倍前後に開く。
この幅が、賛否が同居する理由をほぼ説明する。低評価側には「手取り足取りが過ぎる」「歯応えがなく単調だった」があり、一方で肯定側にも「一部のパズルはやはり悩ましい」「思いついた答えとヒントが同じなのに、ゲームは自分の手順でやらせたがる」がある。前者はヒント本を開いた人の感想であり、後者は開かなかった人か、開いても手順の一意性に引っかかった人の感想だ。つまり彼らは違う難しさを採点している。
設計として読むなら、これは学習曲線を面の側ではなくプレイヤーの手元に移す選択である。難しさが作品に固定されず、目盛りとして渡される。ヒント機能の設計 — どう示し、どう隠すか で整理したとおり、段階開示は「詰まりの解消」と「発見の温存」を両立させる最も無難な形だ。ただし目盛りを渡した瞬間、難しさは作品の性質ではなく自己申告になる。この作品のレビューが噛み合わないのは、全員が違う目盛りで遊び、同じ名前で語っているからだ。公正さの議論については 難しさは不親切か——公正(フェアネス)の哲学 でも触れた。
Return to Monkey Island のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
物語の手触り
低評価のもう半分は絵柄に向かう。掲示板で繰り返される語は「海賊版のよう」「鼻と手の形が気持ち悪い」「安全策」「絵本のような法人向けベクター画」あたりだ。擁護側の語彙も安定している。「色が鮮やかで背景が作り込まれている」「持ち物が背景から浮き上がって見やすい」、そして「この物語は Guybrush が息子に語って聞かせる形をとっている。だからこの絵柄なのだ」。ある人は「スクリーンショットの時点では嫌いだったが、動かしてみたら美しかった」と書いている。
私が興味を持つのは、批判と擁護が同じ性質を指していることだ。輪郭を単純化した平面的な塗りは、触れるべき物を背景から分離する。これは観察解像度を上げる処理であり、探索の速さを支える。だが同じ処理は、質感や陰影に頼った「見飽きなさ」を削る。前節の減算と同じ交換が、絵の側でもう一度行われているに過ぎない。絵柄をめぐる論争は趣味の対立に見えて、実際には可読性と手触りのどちらに寄せるかという設計の射程の話である。
結末についても構図は似ている。物語の枠組みが最後に切り替わり、登場人物のその後がはっきり示されないことに、遊び手からは「決着がない」「元の普通の終わり方でよかったのに」という不満が積み上がっている。専門媒体でも点の低かった評は結末を理由に挙げていた。一方で「その枠組み自体が答えである」という読みも掲示板には並ぶ。30年ぶりに「秘密」へ戻った作品が、秘密に答えを出すのではなく、答えを求める態度のほうを扱った。これが誰に向き誰に向かないかは、レビュー群がかなり正直に示している。
Return to Monkey Island のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-08-16 時点で公開されている評価群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、繰り返し現れる典型的な主張を再構成している。
・Steam: Return to Monkey Island(非常に好評 / Very Positive。全言語 8,392 件で 91% が推奨、英語 4,877 件で 89%、直近30日は 27 件で 85%)
・注記: 今回の実行環境からは Steam のユーザーレビュー個票一覧を取得できなかったため、Steam 側は集計値と、ストアのコミュニティ掲示板で繰り返されている議論(絵柄・結末・パズルの手応え)を読んで素材にしている。
・Metacritic ユーザーレビュー 376 件(7.5 点。肯定 252 / 混在 73 / 否定 51)を、高評価・低評価の両側から読了
・(専門メディア)PC Gamer、PC ZONE、および Metacritic 批評家集計(87 点 / 54 本、否定 0)、クリア時間は gamepressure の所要時間ガイド を参照
結論
Steam の総評は「非常に好評」で全言語 91%、批評家の集計は 87 点で否定ゼロ。私の設計批評としての採点は 8.4 で、Steam の集計よりは低く、ユーザー側の 7.5 よりは高い。加点は二つある。動詞メニューを畳んで組み合わせ爆発を殺す判断を、懐古を理由に留保しなかったこと。そして難しさの調整を、面の作り込みではなくヒント本という一つの装置に集約し、しかもそれを世界の内側に置いたことだ。減点は、動詞を畳んだ結果として触れる物が答えの候補と一致し、世界を眺める理由が細くなったことにある。
クリア時間は、ヒントを使わないハードでおおむね 10〜15 時間、使えば 3〜6 時間。この幅は欠陥ではなく仕様であり、レビュー群の食い違いの大半はここから来ている。作者の姿勢については Ron Gilbert の哲学 — プレイヤーの時間を、無駄にしない に書いたが、本作はその哲学を最も素直に実装した一本だと言っていい。無駄にしないために、詰まりを目盛りごと渡してしまった。
射程は読み取りやすい。Day of the Tentacle Remastered や Thimbleweed Park の文法を懐かしみつつ、総当たりの作業には戻りたくない人には、ほぼ確実に当たる。逆に、物語の決着を採点の中心に置く人、あるいは絵の質感を可読性より重く見る人は、低評価側が繰り返す不満をそのまま踏むことになる。批評家が満場一致で遊び手が割れたのは、作品の出来の問題ではなく、作者がどこを削り、どこを渡したかが、人によって長所にも短所にも見えるからだ。
Return to Monkey Island のプレイ画面(Steam スクリーンショット)
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