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SOUNDTRACK · 2026-06-17

FEZ のサウンドトラック — 8ビットを現代へ連れてきた音

Disasterpeace (Rich Vreeland)

🎧 音声で聴く

はじめに — 四角い帽子をかぶった瞬間の音

2Dの村に暮らす Gomez が三次元の存在を知り、四角い帽子(Fez)を授かる。視界がぐるりと回り出すあの瞬間に流れ込んでくるのが、輪郭のにじんだ合成音だ。Komugi のレビューが扱ったこの作品で、Rich Vreeland — Disasterpeace 名義で知られる作曲家 — が鳴らすのは、チップチューンの記憶を残しつつ、リバーブで奥行きを与えられた音色。ピコピコした矩形波が、まるで霧の向こうから聞こえるように響く。冒頭の『Adventure』だけはテンポがはっきりしていて、だいたい100前後の軽い足取りだが、世界が開けてからの大半は、拍を数えるのが難しいほど遅い持続音の海だ。

Vreeland 本人がポストモーテムで明かしているとおり、音色の主役は Native Instruments の Massive をはじめとするソフトシンセで、ファイル容量の制約ではなくビットクラッシャーやテープ的な歪みを意図的にかけて『劣化した質感』を作っている。8ビットの語彙を、1980年代のシンセサイザー音楽のような広い残響の中に置き直す——彼はこれを『チップミュージックへの映画的アプローチ』と呼んだ。最初の数歩で漂う『人工的なのに懐かしい』空気は、その設計から来ている。

パズル固有の特徴 — 高度と時間帯で姿を変える音

FEZ の音楽がただのループ集と決定的に違うのは、ほとんどの曲が『レベルの状態』に反応して形を変える点だ。Vreeland はプログラマーの Renaud Bedard と専用ツールを組み、空中での高度、昼夜の別、プレイヤーの位置などに応じて音の層が出入りする仕組みを作った。彼の言葉を借りれば、村の室内は屋外の曲にローパスフィルターをかけたもの——Gomez が画面外に出た瞬間に音がこもる。プレイヤーは気づかぬうちに、自分の居場所で音をミックスし続けている。

白眉は『Puzzle』だ。Vreeland によれば、ゲーム内ではこの曲は27個の個別アセットに分解され、時間帯に応じて異なる調(モード)へ移りながら、断片的にフレーズを差し込んでくる。昼と夜で和声の色が変わるよう、わざと旋法を割り当てているという。パズルを睨んで止まっている時間、音楽もまた止まらずに少しずつ表情を変えている——この『プレイヤーの停止と音楽の継続』の設計こそ、思考を急かさないパズルゲームならではの工夫だ。リトライや失敗のキューがほぼ存在しないのも示唆的で、FEZ には死のペナルティがない。だから音楽は緊張で殴ってこない。

体験との隠れたリンク — 音の中に絵を隠す

FEZ は暗号と隠し要素のかたまりのようなゲームだが、その精神はサウンドトラックにまで滲み出している。いくつかのトラックは、スペクトログラム(音を周波数で可視化した図)で見ると画像が浮かび上がるよう作られているのだ。Vreeland 自身がポストモーテムで『スペクトログラムのパズルは自分のアイデアだった。ただしパズルの中身は完全に Phil の仕事で、私は解き方を知らない』と明かしている。彼が画像を音に埋め込むと、数日のうちにプレイヤーがスペクトログラムで聴くことを思いついたという。

白眉は『Spirit』に隠された QR コードだ。報道や検証によれば、それは宇宙開発史の年号を指すと言われるが、最終的な意味は今も解かれていない。音楽を『聴く』だけでなく『見る』ことではじめて像を結ぶ——メカニクスと無関係な飾りではなく、世界そのものが多層で、視点を変えると別の情報が現れるという FEZ の核を、音が反復している。ちなみに『Spirit』は黒鍵だけで一音ずつ即興した曲だと作者は記している。ペンタトニックの素朴な響きの裏に、別の絵が畳み込まれているわけだ。

パズルとのアナロジー — 回転する世界に、回転しない音楽

FEZ を解くテンポは、せっかちさとは無縁だ。世界を90度ずつ回し、ずれた足場を重ね、見落とした扉を探す。失敗しても何も失わないから、プレイヤーは延々と漂っていられる。その『目的地のない探索』に、Vreeland の音楽はみごとに歩調を合わせている。多くの曲が一定のテンポを刻むのをやめ、明確なサビへ向かう代わりに、ゆっくり膨らんではしぼむ。『Flow』は一音から立ち上がってピークまで育ち、また無へ崩れていく構造だと作者は書いている。解の方へ急がない設計だ。

私の見立てでは、ここには『回転』と『非回転』の対比がある。画面は絶えず回るのに、音楽はめったに回らない——転調や反復で煽らず、同じ場所に長く留まる。回り続ける視点の中で、音だけが動かぬ軸になっている。だからプレイヤーは安心して迷子になれる。テンポを揃えるのではなく、あえてずらす。映像の運動量と音楽の静止が釣り合うことで、あの独特の浮遊感が生まれている。

聴くべきトラック

公式音源は作曲者本人の Bandcamp で全曲そろう(『Adventure』『Forgotten』『Home』は無料配信)。まず『Adventure』を。Adventure ↗ はゲーム最初期に書かれた一曲で、珍しく軽快に跳ねる。アンビエント主体の本作で、たまに現れるこの躍動が効いている。

次に『Beyond』。Beyond ↗ は巨大な構造物が無関心に脈打つさまを描いた曲で、冒頭の轟きは作者いわく THX ロゴの音を狙ったもの。スペクトログラムには別の像も隠れている。

謎を体感するなら『Spirit』。Spirit ↗ は黒鍵だけの即興。素朴な響きの裏に、未だ解かれぬ QR コードが畳まれている。

締めは『Continuum』。Continuum ↗ はショパンの前奏曲 作品28-4 ホ短調を下敷きにしたエンディング曲だ。Phil は月光ソナタを推したが、Vreeland はこちらを選んだという。ショパンの葬儀で演奏された一曲でもある。

おわりに — 私が盗むなら

私が自分の曲づくりで盗むなら、『同じ素材を分解して状態で配る』という考え方だ。FEZ の『Puzzle』が27個のアセットに割られ、時間帯で調を変えながら断片を差し込んでくるように、一曲をまるごと流すのではなく、層に切り分けて条件で出し入れする。ループに飽きさせない秘訣は、長さではなく『どの層が今鳴っているか』の組み替えにある。打ち込みでも、ステムを分けて簡単な切り替えを仕込むだけで、聴き手は同じ曲を何百回聴いても新しい瞬間に出会える——Vreeland のチームが『600回通ったレベルで初めて音楽を聴いた』と驚いたように。

もうひとつは、音色をあえて『劣化』させる勇気だ。ビットクラッシュやテープの揺れは、きれいに録るより記憶に残る。8ビットの語彙を広い残響に置くだけで、懐かしさと新しさが同時に立つ。次に夜、視点を変えながら何かを探したくなったら、私はまた『Beyond』のあの轟きから聴き直すだろう。音そのものに絵を隠した作曲家の、静かな悪戯を思い出しながら。アンビエントの設計が気になるなら、Jakob Schmid の COCOON も併せてどうぞ。

参考リンク

Disasterpeace 公式 Bandcamp: FEZ OST(Written and Produced by Rich Vreeland / 2012-04-20)

Disasterpeace 公式ブログ: Postmortem: FEZ(楽器・実装・スペクトログラムの裏取り)

Disasterpeace - Topic(公式 YouTube アーティストチャンネル)

Steam: FEZ(開発: Polytron)

Wikipedia: Fez (video game)

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