SOUNDTRACK · 2026-09-17

Hypnospace Outlaw のサウンドトラック — 実在しないジャンル名が、謎を解く鍵になる

Jay Tholen

はじめに — ヘッドセットで眠りながら見る、もう一つのインターネットの音

『Hypnospace Outlaw』は Tendershoot(Jay Tholen)が2019年に出した観察・推理パズルだ(Komugi のレビュー、難易度「標準」、想定クリア時間9時間)。舞台は1999年、架空のインターネット「Hypnospace」。ヘッドセットをつけて眠ると繋がる仮想空間で、私たちは違反ページを取り締まる「エンフォーサー」を演じる。

音楽はぜんぶ Jay Tholen 本人の手によるものだ。だいたいBPM90〜130くらいの間を、ページごとに行ったり来たりする(私の耳測りだが)。ホームページを開くたびに違うジャンルの曲が鳴る。ラジオの周波数を、指先でひとつずつ拾い直しているような感覚だ。

パズル固有の特徴 — 実在しないジャンル名が、謎を解く鍵になる

この作品でいちばん驚いたのは、音楽そのものが謎解きの手がかりになる設計だ。カルチャー誌『Tone Glow』の取材で Tholen 本人が明かしている。「dirthaze」「fungus scene」「coolpunk」――どれも実在しない、このゲームのために発明したジャンル名だ。「dirthaze は、ちょっとシューゲイザーっぽい音だよ」と彼は言う(Tone Glow)。

fungus scene には自分でルールまで作った。「スプリングリバーブが要る。低い唸るようなシンセのドローンも要る。フィルターをかけてぐるぐる鳴らす、あの『ぬるっとした音』が要る」。本人いわく、この架空ジャンルへの理解が「ゲーム内の2つか3つの大きな謎を解く手がかりになっている」――どの登場人物がどのジャンルを好むかが分かれば、そのページの持ち主が誰か見えてくる。観察と推理の道具が、虫眼鏡ではなく耳になっている。

体験との隠れたリンク — 曲はすべて、架空のバンド名に紐づいている

『Hypnospace Outlaw』のページはどれも、誰かの個人サイトという体裁を取っている。曲もその持ち主に合わせて、架空のバンド名がクレジットされる仕組みだ。「Seepage」「Fre3zer」「Chowder Man」……どれも実在しないが、90年代の打ち込み音楽やインディーロックの空気を驚くほど正確に真似ている。

作っているのは Tholen 一人だけではない。本人が手がけた楽曲に加え、Hot Dad(架空バンド「Chowder Man」名義のEP)、Chris Schlarb(架空バンド「Klyfta」のEP)、Zared(「Celestial Reflection」)など、複数の実在ミュージシャンが架空のバンド名を借りて参加している。公式サウンドトラックは6枚組・150曲超(Steamの公式サウンドトラックDLCページより)。ページのデザイン、書いた人物の性格、その曲を書いた(という設定の)人物――三つがきちんと一本の線でつながっているから、パスティーシュなのに嘘くさくならない。

パズルとのアナロジー — リンクを踏むテンポと、ジャンルが変わるテンポ

このゲームの謎解きは、ページからページへ飛び続けることでできている。あるページで手がかりを見つけ、リンクを踏んで別のページへ着地する。着地するたびに、鳴っている曲のジャンルがガラリと変わる。私はこれを「クリックのBPM」と呼びたい。

沈黙で長考を守るタイプの音楽ではない。むしろ逆で、情報が多すぎる状態そのものを、心地よいノイズとして鳴らしている。ジャンルが変わるたびに「ここは誰の家か」を耳が先に教えてくれる――謎を解く前に、音楽がもう一歩先へヒントを置いていくのだ。

聴くべきトラック

公式音源は Jay Tholen の YouTube チャンネル(自動生成の「Jay Tholen - Topic」名義)と Bandcamp で聴ける。

まず「Hypnos 1.04」。Hypnospace そのもののシステム音、いわば起動画面の曲だ。眠りに落ちる直前のような、まどろむ和音が続く。

もう一曲は、架空バンド Fre3zer 名義の「Colder Than the Rest」。90年代後半のシンセポップを、わざと少し粗く鳴らしている。

千年紀の変わり目を祝う「Millennium Anthem (2000 New Years Eve) ↗」も、この作品の舞台が1999年だと思い出させてくれる一曲だ。

おわりに — 私が盗むなら

私が盗むなら、架空ジャンルの「ルール」を先に決めてから曲を書く、というやり方だ。「dirthaze」も「fungus scene」も、思いつきで鳴らしているわけではない。使う楽器・エフェクト・テンポの範囲を先に決めてから、その枠の中で自由に遊んでいる。

場面を作ってから音を選ぶ――これは私が黒コーヒーを片手に曲を作るときにも、いつも忘れないようにしていることだ。もう一度、ページを飛び回りながら聴き直したくなる一枚だった。

参考リンク

Tone Glow: Jay Tholen インタビュー(架空ジャンルの制作過程)

Steam: Hypnospace Outlaw (Original Soundtrack) 公式DLCページ

Jay Tholen Bandcamp: Hypnospace Outlaw OST Vol. 1

Jay Tholen - Topic(公式 YouTube)

Wikipedia: Hypnospace Outlaw

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