SOUNDTRACK · 2026-07-19
Psychonauts のサウンドトラック — 頭の中に入るたび、ジャンルが変わる
Peter McConnell
はじめに — 一枚のアルバムに詰めた二十のレコード棚
少年 Raz が他人の精神世界へダイブする——Komugi のレビューが扱ったこの 2005 年の Double Fine 作品で、耳がまず気づくのは「一貫した劇伴」ではなく、部屋ごとに丸ごと差し替わる音楽だ。夏キャンプのハブでは弦とアコースティックギターの、だいたい歩く速さの穏やかな民謡が流れる。ところがある人物の頭に入った瞬間、そこはテルミンが唸る 50 年代 SF になり、別の頭ではフラメンコのギターが鳴る。
書いたのは Peter McConnell。LucasArts で Grim Fandango や Day of the Tentacle を手がけ、Michael Land とともにインタラクティブ音楽システム iMUSE を共同開発した人だ。つまり「場面に合わせて音楽が姿を変える」ことを、ゲーム音楽の言語として最初期から鍛えてきた作曲家である。Psychonauts の 20 曲入りサウンドトラックは、その芸当を『ジャンルそのものを切り替える』ところまで押し上げた一枚だ。
精神世界=ジャンル — 音色が人物の心を代弁する
Psychonauts の隠れた仕掛けは、音楽が「雰囲気づけ」ではなく「人物描写」を担っている点だ。ダイブ先の頭の持ち主が誰かによって、McConnell はジャンルごと選び直す。陰謀論に囚われた元 G マンの頭——通称 Milkman Conspiracy——について、彼はトワイライトゾーン、60 年代のスパイ映画、そしてテルミンが鳴る『地球の静止する日』を参照し、『火星人襲来みたいな空気』を狙ったと語っている。妄想の質感を、そのままジャンルの選択に翻訳したわけだ。
闘牛と飾りの世界 Black Velvetopia ではフラメンコに振り切る。McConnell 曰く『彼は闘牛の場面を描いているから、スペインの空気を出すためフラメンコにした』——しかもギターは彼自身の演奏、低く弾む打楽器は友人にもらったモロッコの素焼き太鼓だという。既製のサンプルを並べたのではなく、その頭の中の一場面のために手で鳴らした音が入っている。ここに私が惹かれるのは、音楽が『どんな気分か』ではなく『誰の中にいるか』を教えてくる設計だ。
Milkman Conspiracy — 迷路が捻れる音、リトライに耐える音
Milkman Conspiracy のステージは、道が直角に折れ、壁が床になり、上下の感覚が絶えず裏切られる。プレイヤーは空間パズルを解きながら、常に足元を疑わされる。ここで McConnell の音楽は、単一の BPM に落ち着かない。ジャンルのコラージュがふっと切り替わり、拍の重心がずれ、テルミンが不穏に滑る。だいたい安定した拍を数えさせない作りが、視覚の眩暈とそのまま噛み合っている。曲が『解けそうで解けない』手触りを、耳の側から補強しているのだ。
見落とされがちだが、パズルプラットフォーマーの音楽には『何十回もの落下とリトライに耐える』という宿命がある。McConnell の iMUSE 仕込みの発想——ループ点で不自然に途切れず、短いモチーフが少しずつ姿を変えながら回り続ける書き方——は、まさにこの反復に効く。1 分 41 秒の Milkman のテーマは、初見の 1 回だけでなく、詰まって何度も同じ角を曲がる 20 回目にも耐える設計になっている。ここが、通しで聴く『アルバム』と、遊びながら聴く『ゲーム音楽』の分かれ目だと私は思う。
パズルとのアナロジー — テンポではなく『どの頭か』を刻む音楽
多くのパズルゲームで、音楽は思考の速度に寄り添う。長考には沈黙、試行錯誤には軽快なループ。だが Psychonauts の音楽が刻んでいるのは、解くテンポではなく『いま自分は誰の頭の中にいるか』だ。部屋が変われば拍も音色も総入れ替えになるので、プレイヤーは音を聞いた瞬間に『ここのルールは別物だ』と体で理解する。音楽が、パズルの前提そのものを宣言している。
だから私は、この作品を『解答のリズム』ではなく『世界観の切り替えスイッチ』としての音楽の教科書だと見ている。ひとつの拍に統一するのを潔く捨て、代わりに 20 の異なる音世界を並べる。散らからないのは、全部が『Raz が外から潜り込んだ他人の心』という一枚の額縁に収まっているからだ。多様さを許すのは、多様さを束ねる一本の視点である——このバランスは、組曲やコンセプトアルバムを作る人間にとって、そのまま設計論になる。
聴くべきトラック
まずはハブの Whispering Rock。夏キャンプの朝のような、弦とギターの穏やかな民謡だ。ジャンルが荒ぶる各ステージの合間で、ここへ戻ると呼吸が整う。アルバムの『基準の一拍』を担う一曲——このホームの音があるからこそ、他の頭の異常さが際立つ。
対になるのが The Milkman Conspiracy。テルミンとジャンルのコラージュが、迷路の捻れをそのまま音にした一曲だ。安定した拍を探しても足を取られる感覚を、ぜひヘッドフォンで確かめてほしい。
フラメンコの Black Velvetopia まで含めた全 20 曲は、Double Fine 公式 Bandcamp で通して聴ける。棚から棚へ移動するように、頭から頭へ渡り歩く一時間だ。
おわりに — 私が盗むなら『枠を一本だけ立てる』ところ
自分が曲を作るなら、この作品から盗みたいのは節操の無さそのものではなく、それを許す一本の枠だ。McConnell は 20 のジャンルをばら撒きながら、『他人の頭に潜り込む』という視点を一本だけ立てて全部を束ねた。多様さは枠があってはじめて散らからない。組曲でもプレイリストでも、まず束ねる一本を決めてから枝を伸ばす——そう順序を守るだけで、雑多は豊かさに変わる。
そしてもう一点。ジャンルを『気分』ではなく『人物』に紐づけると、音は途端に語り出す。次に人物のテーマを書くとき、私は『この人はどんな気分か』ではなく『この人はどんな棚のレコードを聴いて育ったか』と問うてみるつもりだ。似た系譜を辿りたいなら、同じく場面ごとに音世界を差し替える Machinarium の Floex や、iMUSE の思想を受け継ぐ LucasArts 系の劇伴を続けて聴くといい。
参考リンク
・Double Fine 公式 Bandcamp: Psychonauts Original Soundtrack(Peter McConnell)
・Laced Records: Peter McConnell インタビュー(Milkman・Black Velvetopia の制作談)
・Peter McConnell(iMUSE 共同開発・略歴)
・YouTube(Peter McConnell 公式 / TuneCore 配信): Whispering Rock ↗
・YouTube(Peter McConnell 公式 / TuneCore 配信): The Milkman Conspiracy ↗
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