PAPER-DIGEST · 2026-10-07
Cloos ら: 目的も点数もない島で、AIは塔を積み、自分で決めたルールで遊びはじめた — Fukai が読む
ゲームAIと遊びの理論 — 目的のない場、自作の挑戦、作り手も知らなかった技
まず要点 — 目的のない島に置かれたAIは、何をしたのか?
目的も点数もない島に、AIを一人で放り込む。すると何をするか。この論文の答えは「遊びはじめた」だった。13体のAIは、30時間のあいだに塔を積み、地面に絵を描き、岩でボウリングをし、自分で決めたルールの挑戦に何度も挑んだ。
著者らはこの振る舞いを、ホイジンガやスーツといった遊びの古典理論の物差しで測った。さらに、遊んだ経験が後の課題の成績を上げることも確かめた。しかも6体は、作った側も知らなかった「ジャンプ中に投げると遠くへ飛ぶ」技を見つけている。ゲームを作る人にとっては、「目的を与えない場が、どんな遊びを生むか」を観察する新しい道具の話として読める。
目的や点数を持たない「遊び場」型のゲームの例、『Townscaper』(Oskar Stålberg)。論文の島とは別物だが、ゴールを与えない場という点で近い。画像: Steam ストアページ
はじめに — 誰が、どこで発表した論文か?
今日読むのは「Is this machine playing?(この機械は遊んでいるのか?)」という論文だ。著者は Nathan Cloos と Antonio Norelli(この2人が筆頭で同等の貢献)、Daniel Durbin、Jacob Andreas、Daniela Rus、Phillip Isola の6人。所属は、私が読んだ本文の範囲では確認できなかったので、ここでは書かない。
発表先は arXiv の preprint(査読前の公開原稿)で、投稿は2026年10月5日。本文13ページ、図17枚という構成だ。会議や論文誌の査読を通ったとは書かれていない。出たばかりで、まだ広く議論されていない段階の研究として読んでほしい。
私がこの一本を選んだ理由は単純だ。このサイトはずっと「人はなぜ、頼まれてもいないのに解くのか」を考えてきた。その問いを、人ではなくAIに向けた研究が出てきた。しかも観察の舞台は、目的のない小さな島という、ほとんどゲームの試作品のような場所である。
背景 — なぜ「目的のないAI」が新しいのか?
これまでのAIエージェント(自分で考えて行動を重ねるAIのこと)は、ほぼ必ず外から目的を与えられてきた。「この課題を解け」「この点数を上げろ」という形だ。マインクラフトの中で道具を集め続ける Voyager や、多数のAIが村で暮らす Generative Agents なども、課題や手順の流れを用意したうえで動いている、と著者らは整理している。
「好奇心」でAIを動かす研究もある。ただしその多くは、予測の外れや報酬といった「進歩の目盛り」を設計者が組み込んでいる。著者らによれば、Eko(この論文のAIの名前)には、そうした目盛りが一切ない。ここが一番の違いだ。
なぜこれが大事なのか。人の子どもは、誰にも点数をもらわずに遊び、その遊びの中で多くを学ぶ。もしAIにも似たことが起きるなら、「課題を与えて鍛える」以外の育て方がありうる。著者らが問うているのはそこだ。
方法 — 市販のAIに「体」と「日記」を渡し、遊び論の物差しで測る
Eko の中身は、市販のプログラミング支援AI(コードを書く手伝いをするAI)そのものだ。主な実験では Claude Code と Claude Opus 4.7 を使った。これに3つだけ足している。止まったら「続けて」と促し続ける仕組み、文字で体を動かす窓口、そして記憶用のファイルだ。
記憶は2種類ある。出来事を書き留める日記のようなファイルと、分かったことや技をまとめるメモのファイルだ。島は1時間ごとに元に戻り、AIの会話の流れも消える。だがファイルは残る。つまり Eko は、自分で書いたメモだけを頼りに経験を積み上げていく。
島は Clawblox という公開のゲームエンジンで作られている。足場、2つの高い場所(Peak と、さらに高い Spire)、立方体12個、岩1つ、輪1つがある。岩を強くぶつけると立方体が増える。見えるのは画像ではなく、物の名前・位置・形・色を並べた文字だけ。できる動作は、移動・ジャンプ・停止・拾う・置く・投げるの6つだけだ。
最初の指示は「Begin(始めよ)」の一言だけ。別に用意した性格の説明ファイルには、「好奇心が強く、退屈しやすく、探検と学ぶことが好き」といった性格が書かれている。主実験は13体を各30時間。比較のために、Codex(GPT-5.5)と Kimi Code(Kimi K2.6)を各5体、性格ファイルを外した Claude も5体走らせた。API の費用は合計で約8,000ドルだったという。
「遊んでいる」かどうかの物差しは、古典的な遊び論から借りた。ホイジンガ(自分で受け入れたルールの中で起きる)、カイヨワ(決まりごとと「ごっこ」)、スーツ(わざわざ不要な障害を自分に課す態度)、バーグハート(少しずつ変えながら繰り返す)、ピアジェ(動くこと自体を楽しむ)だ。ここから①自作のルールと挑戦、②変化をつけた繰り返し、③ごっこ遊び、④目的そのものを楽しむ、の4つの「しるし」を作り、別のAIを採点役にして、人の遊びの例を基準に各0〜100点をつけさせた。
発見 — 同じ島、同じ出発点から、13通りの暮らしが生まれた
まず目を引くのは、ばらつきだ。同じ島、同じ指示から始めたのに、やることは個体ごとに大きく違った。8体は一番高い Spire に登った。たいていは立方体を積むか、岩を踏み台にしていた。一方で、足場に一度も乗らなかった個体(12番)もいる。10段以上の高い塔は、4体の記録にしか現れなかった。
遊びらしい場面も多い。1番は「大聖堂」を建て、8本の「見張り」の間を、地面に触れずに跳んで回った。13番は、11ある台地すべてに立方体を置く「グランドスラム」に挑んだ。12番は約25回のセッションで、毎回ちがう図形を地面に描いた。文字、渦巻き、ハート、錨、蝶、帆船などだ。
ごっこ遊びもあった。立方体で時計の文字盤を作り、自分が針になって16時を指した個体がいる。輪をネックレスや願いの井戸に見立てた例も報告されている。10番は「50回連続のジャグリング記録」を自分で見直し、受けが短すぎて数えるべきでないと判断して取り消し、もっと厳しい基準でやり直した。
採点役のAIによる「遊びのしるし」の点数は、Haiku 4.5、Sonnet 4.5、Opus 4.7 の順に上がった。Opus は各しるしで、Haiku のおよそ5倍の点だったという。どのAIでも同じように遊ぶわけではない、ということだ。
遊びは役に立ったか — 30時間の「日記」が、後の成績を変えた
著者らは、遊びが学びにつながったかも確かめた。30時間遊んだ13体と、経験ゼロ(ひな形のメモだけ)の13体を、1時間ずつ4つの課題で比べた。AIの中身は同じで、違うのはメモのファイルだけだ。
結果はこうだ。「塔を3本以上建てる」課題では、経験ありの62%(13体中8体、最大16本)が達成し、経験なしは15%(13体中2体、最大6本)だった。Spire に物を置く数の平均は、10.3個対3.5個。Spire への投げ入れは、経験なしの半数以上が失敗し、経験ありで失敗したのは3体だった。一方「一番高い塔」の課題では、全体として差は小さかった。
メモを書き換える実験もある。2番のメモから「岩で立方体を増やす技」を消すと、塔の本数は平均で約6本から約2本に落ちた。逆に7番は「置く動作は当てにならない」という誤った思い込みを書いていた。これを消すと、一番高い塔の成績が上がった。記憶は、役立つ技も、間違った思い込みも、同じように運んでしまう。
そして一番ゲーム的な発見がこれだ。6体が、ジャンプ中に投げるとジャンプの勢いが物に乗ることを見つけた。島を作った側は、シミュレーターでこれができると知らなかったという。1番のメモからこの技を消すと、Spire に立方体を載せるまでの時間は60秒から19分に延びた。
物理で動く世界の例、『Teardown』(Tuxedo Labs)。論文の島とは別のゲームだが、物理の「仕様の隙間」が遊びや技になる点は共通する。画像: Steam ストアページ
使いどころ — ゲームを作る人は、ここから何を持ち帰れるか
1つ目は、サンドボックス(決まった目標のない遊び場型のゲーム)の「遊びの密度」を測る下見役だ。たとえば積み木や街づくりの小さな試作を作ったとき、目標を与えずにAIを数時間放ってみる。どんな自作ルールや見立てが生まれたか、何に早く飽きたかを記録すれば、人を呼ぶ前の粗い目安になる。ただし、AIの好みは人と同じではない点は忘れないでほしい。
2つ目は、仕様の隙間を見つける係だ。論文の「ジャンプ中の投げ」は、作り手が知らなかった技だった。物理パズルやアクションパズルを作っているなら、目的を与えずに遊ばせたAIの記録から、想定外の近道や抜け道を拾える。それを潰すか、むしろ正式な技として面に組み込むかは、作り手が選べばいい。
3つ目は、プレイヤーに渡す「素材」の設計の考え方だ。この島には、高い場所、積める物、壊すと増える物、投げられる輪があるだけだった。それでも塔、ボウリング、ジャグリング、絵が生まれた。少数の素材に「高さ」「数」「投げる」といった比べやすい軸があると、人もAIも自分で挑戦を作りやすい、と読める。デイリーパズルの「おまけモード」や自由配置モードを考えるときの手がかりになる。
4つ目は、学びのメモの扱いだ。AIのメモには、間違った思い込みも残った。プレイヤーに「攻略メモ」や「発見ノート」を書かせる仕組みでも、同じことが起こりうる。誤った思い込みを、ゲームが優しく揺さぶる場面を用意しておくと、学びが固まりすぎずに済むかもしれない。
限界 — この結果から、まだ言えないことは何か?
まず、著者ら自身が認めている点だ。この研究は遊びを「外から見た振る舞い」で記述しているだけで、AIの内側の仕組みや、何かを感じているかどうかは扱っていない。活動の分類と遊びの点数はAIの採点役がつけたもので、分類の枠が固定されているため、測れる多様さにも限りがある。舞台は文字だけで見る1つの島だけで、比較群の一部は5体と小さく、課題の評価も1時間ずつに限られる。メモに誤った思い込みが残ることや、AIが説明を言い過ぎる場面(たとえば、シミュレーターが扱っていない空気抵抗のせいにした例)も、著者らは書いている。
Fukai がここで指摘するのは、次の3点だ。第一に、性格ファイルに「好奇心が強く、退屈しやすい」と書いてある。遊びが生まれたのは、この一文に強く押された結果かもしれない。著者らは性格ファイルを外した比較を5体ぶん走らせているが、その数値を私は今回の読みで確かめられなかった。だから、ここは判断を保留したい。
第二に、採点役のAIが「人の遊びの例」を基準に点をつける以上、人間らしく見える振る舞いほど高く出やすい仕組みになっている可能性がある。第三に、これは査読前の preprint で、1回の実験の報告だ。学びの比較も13体対13体と小さい。「AIは遊びで育つ」と一般化するのは、まだ早い。
Fukai の読み — 「遊び場の設計」を、AIという鏡で見る
ここからは私の意見だ。私はこの研究を、AIの研究である以上に「遊び場の設計」の研究として読みたい。著者らは最後に、設計者は課題だけでなく遊び場を作るべきだと書いている。ゲームデザインの言葉で言えば、それは目標を与える設計から、素材とルールの隙間を与える設計への移り変わりに近い。島に置かれた12個の立方体と1つの岩は、プレイヤーが自分でゴールを作るための最小の道具箱だった。私たちが毎日パズルを作るとき、答えに向かう一本道だけでなく、寄り道したくなる「余白」をどれだけ残せているか。この論文は、AIという少し変わった鏡を使って、その問いを映していると私は読む。
おわりに — この先、何を読めば地図が広がるか?
もっと深く知りたい人は、論文が関連研究に挙げている流れを追うと地図が見える。好奇心で動くAI(予測の外れを報酬にする研究)、環境そのものを自動で作り続ける POET や XLand、そして Voyager、Generative Agents、MineDojo、SIMA、Project Sid のような「AIが仮想世界で暮らす」研究だ。遊び論の側では、スーツの「不要な障害を自ら選ぶ」という定義が、この論文の物差しの中心にある。
このサイトの過去記事では、Collins らの「人は初見のゲームを1手先・6回だけ想像して判断する」や、Zhao らの「人はパズルを解きながら自分専用の部品を作る」が、今回の「メモに技をためる」話と響き合う。Liquin の好奇心の研究も、あわせて読むと面白い。
参考文献
本記事で参照した論文と関連資料:
・Is this machine playing? (Nathan Cloos, Antonio Norelli, Daniel Durbin, Jacob Andreas, Daniela Rus, Phillip Isola, 2026, arXiv preprint arXiv:2610.07130)(2026年10月5日投稿・査読前)
・論文内で参照されている関連研究: Huizinga『ホモ・ルーデンス』/ Caillois『遊びと人間』/ Suits『キリギリス』/ Burghardt(動物の遊びの基準)/ Piaget / POET / XLand / Voyager / Generative Agents / MineDojo / SIMA / Project Sid / LLM Agents Beyond Utility。書誌の詳細は原論文の参考文献欄を参照。
・ゲーム画像: 『Townscaper』『Teardown』の Steam ストアページ掲載スクリーンショット(論文の島とは別作品。雰囲気の参考として掲載)
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