PAPER-DIGEST · 2026-09-16

Hendijani と Steel: 選ばせても伸びず、画面の隅に数字を出したら伸びた — Fukai が読む

動機づけの実験心理学 — 選択・報酬・視線を、270人の記憶テストで切り分ける

要点 — 「選ばせる」は動かず、「画面の数字」は動いた

やる気を引き出す定番の手が二つある。ひとつは「相手に選ばせる」。もうひとつは「できた分だけ報酬を払う」。今日の論文は、この二つを同じ実験の中で正面から比べている。

270人が、画面に次々と出てくる単語を覚えるテストを受けた。成果に応じてお金がもらえる群は、もらえない群より平均で7語ほど多く思い出した。いっぽう「AとBのどちらのテストを受けるか選べる」群は、選べない群とほとんど変わらなかった。

面白いのはここからだ。著者らは視線を測る装置を使い、「画面の隅に出ている報酬の表示を、どれくらい見ていたか」を記録していた。その視線が、報酬の効果を仲介していた。つまりこれは、やる気の話であると同時に、画面のどこに何を出し続けるかの話でもある。

この論文は誰が書いた、どんな研究か?

著者は2人。Rosa Hendijani(テヘラン大学 経営学部、イラン)と Piers Steel(カルガリー大学 Haskayne ビジネススクール、カナダ)である。掲載先は Frontiers in Psychology、公開は2026年8月13日。

査読を通った論文(peer-reviewed。同じ分野の研究者が中身を審査したうえで載る形式)であり、arXiv などに置かれる査読前の原稿ではない。誰でも無料で全文を読める。

私がこの論文を今日選んだのは、このサイトでこれまで紹介してきた研究の一段手前にある問題を扱っているからだ。難しさをどう調整するか、ヒントをいくらで売るか——そうした話は、プレイヤーが画面の前に留まっていることを前提にしている。今日の論文は、その前提そのものを実験している。

そしてもう一点。ゲームデザインの世界では「プレイヤーに選ばせれば、やる気が上がる」という言い方がほとんど常識のように流通している。この研究は、その常識が効かない場面があることを、数字つきで示している。

「選ばせればやる気が出る」は、どこまで本当か

この分野には、大きく三つの立場がある。ひとつは古典的な行動理論で、報酬が人を動かすと考える。もうひとつは自己決定理論(self-determination theory。人は「自分で決めている」という感覚から力を得ると考える枠組み)で、成果に応じた報酬はむしろ内側からのやる気を削る、と警告してきた。

著者らが立つのは三つめ、動機づけ整合理論(motivational congruence theory。内側からのやる気と外からの報酬を対等に置き、その場面に合っているほうが効く、と考える立場)である。どちらが偉いかではなく、場面との相性で決まる、という見方だ。

分かっていなかったのは何か。これまでの研究は「選ばせた群のほうが成績がよかった」といった行動の結果を測ってきたが、その手前で頭の中に何が起きているかは、ほとんど測られてこなかった。この論文は、そこに視線という物差しを持ち込む。

もうひとつ大事なのが、著者らが実験の場面を「統制的な場面」(controlling context。ルールと時間に縛られ、自分の裁量が小さい状況)と位置づけていることだ。

単語の出る順番は決まっている。前に戻れない。制限時間は1時間で、過ぎれば自動的に閉じる。この性質があとの解釈に効いてくる。

270人を、9つの箱に分ける

参加者は270人。男性が31.48%、平均年齢は22.75歳(標準偏差4.07)で、イランの大学から集められた学生と卒業生である。全員が9通りの条件のどれかにくじ引きのように振り分けられ、1条件あたり30人になった。

課題は単語を覚えるテストだ。「7回の試行から成り、1回の試行は12語で、単語は1つずつ画面に現れた」と論文にある。次へ進むボタンを押して1語ずつ見ていき、1試行が終わるたびに思い出せた単語を入力する。制限時間は全体で1時間。

分け方は縦横の2軸である。横軸は「選ばせるかどうか」。(1)テストAかテストBかを自分で選べる群、(2)選べないと明示され、しかも「他の群には選択肢がある」と太字と下線つきで知らされる群、(3)何も説明されずただ受ける対照群。なお選べる2つのテストはほとんど同じで、最後の組の単語の並び順だけが違う。

縦軸は「報酬の出し方」。全員に参加費として50万リアル(およそ1ドル)が支払われたうえで、(1)成果報酬なし、(2)正解1語につき1万リアル(およそ20セント)を払い、画面下の茶色い箱に進み具合の数字を出す「目立たない報酬」群、(3)同じ金額を払い、大きなお金の写真と「よくやればたくさん稼げます」という文を見せ、茶色い箱に今いくらぶん稼いだかを1語ごとに更新して出す「目立つ報酬」群。

3×3の実験条件を示す図解。横に「選択なし・選択あり・対照」、縦に「報酬なし・報酬+進み具合・報酬+お金の写真」が並び、9マスそれぞれに30人(図解)選択の3通り × 報酬の3通りで9群、各30人。合計270人

視線は Tobii X2-60 という装置で測った。23インチの画面の下に取り付け、参加者は50センチ離れて座る。見ている場所として注目したのは、あの茶色い箱だけである。そこに対して、最初に視線が止まるまでの時間、見ていた時間の合計、視線が止まった回数の3つを記録した。

測る結果は2つ。ひとつは「やる気」の代わりとして、テストに費やした時間(平均18.06分)。もうひとつは成績、つまり正しく思い出せた単語の数(平均44.73語、標準偏差12.98)である。

9群を比べて、何が出たか

まず仕掛けが効いているかの確認から。選べる群は、選べない群より「自分で決めている感じがした」という回答が高かった(係数1.68、p<0.001)。目立つ報酬の群は「報酬が強調されていた」という回答が高かった(係数0.78、p<0.001)。どちらの仕掛けも、狙いどおり伝わっている。

結果は驚くほどきれいに割れた。報酬は効き、選択は効かなかった。テストに費やした時間では、目立つ報酬が係数4.265(p<0.001)、目立たない報酬が係数4.078(p=0.001)。どちらもおよそ4分ぶん長く粘ったことになる。いっぽう選択は係数2.244だが p=0.056 で、論文は「選択は……有意な効果を持たない」と書いている。

成績のほうはもっとはっきりしている。目立たない報酬で係数7.714、目立つ報酬で係数7.299(いずれも p<0.001)。思い出せた単語が7語ほど増えた計算だ。それに対し選択は係数1.376、p=0.457。数字としては、ほぼ動いていない。

棒グラフ。選択条件の効果は+1.4で有意でなく、進み具合の数字を出した報酬が+7.7、お金の写真つき報酬が+7.3(図解)思い出せた単語数への効果。論文 Table 2 の係数より

ここで目を引くのは、「目立つ報酬」が「目立たない報酬」に勝っていないことだ。大きなお金の写真も、稼ぎの見込み額の更新も、地味な進み具合の数字に対して上積みを作らなかった。従来の理論の一部は、報酬を目立たせすぎると内側からのやる気が下がると予想していたが、この実験ではそうならなかった。

そして視線である。報酬の表示を見ていたことは、報酬の効果を統計的に仲介していた。たとえば見ていた時間の合計で見ると、それが長いほど費やした時間が長く(係数11.329、p<0.001)、目立つ報酬の効果のうち1.087ぶん(95%信頼区間 0.395〜1.956)が視線を経由していた。

最初に視線が止まるまでの時間を仲介役に置いた分析では、目立つ報酬の効果はほぼすべてが視線経由だった。間接効果2.622(95%信頼区間 1.096〜4.160)に対し、視線を通さない直接の効果は統計的に確かめられなかった。論文はこれを full mediation(完全媒介。効果がまるごと途中の経路を通っている状態)と呼んでいる。

ゲームを作る人は、これをどう使えるか

1. 成果の表示を、結果画面から盤面へ移す。もしデイリーパズルを作っているなら、スコアや連続日数をクリア後にだけ見せるのをやめ、プレイ中の視界の端に置いて1手ごとに更新することを試す価値がある。この実験で効いていたのは、報酬そのものより報酬が見え続けていたことだったからだ。

2. 派手な演出に予算を割かない。大きなお金の写真つきの表示は、地味な数字の表示に勝てなかった(7.3 対 7.7)。コインが降り注ぐ演出を作り込むより、小さな数字が確実に視界に入る位置にあるかどうかを先に確かめたほうがいい。少なくともこの実験は、派手さへの投資を支持していない。

3. 「中身が同じ選択肢」をやる気の装置として使わない。この実験の選択肢は、並び順だけが違うほぼ同一の2つだった。そして何も起きなかった。もし Sokoban 風のパズルを作っていて、面の選択画面に「ステージ3-A / ステージ3-B」と並べるなら、その2つがプレイヤーにとって体感できるほど違うかを自問したほうがいい。

4. 場面を見てから手を選ぶ。著者らはこの実験の場面を「時間に追われ、戻れず、順番も決まっている」統制的な場面と位置づけている。デイリーチャレンジやタイムアタックはこれに近い。逆に、のんびり遊ぶサンドボックス的なモードについて、この論文は何も言っていない。同じ手が効く保証はない。

5. プレイテストの物差しに「見たかどうか」を足す。この研究の要点は、報酬表示の効果が視線を通っていたことだ。裏返せば、誰も見ていない表示は何もしない。視線計測器がなくても、表示の位置を変えた2案を配ってクリア率を比べる、カーソルの滞在を記録するなど、代わりの物差しは作れる。

6. 「自由に選ばせれば満足度が上がる」という社内の定説を、いちど疑う。選択の効果は成績で係数1.376、統計的に確かめられなかった。選択が力を持つ場面はもちろんある。ただ、この論文が示しているのは、選択は自動的にやる気へ変換されるわけではないということだ。

この研究で分かっていないことは何か

著者ら自身が、限界を4つ挙げている。第一に、この実験の場面は統制的である——自由度の高い場面でも同じかは今後の課題だ。第二に、課題が注意を要する記憶テストに限られている。

第三に、頭の中の仕組みとして視線だけを見ており、脳の信号など他の指標は使っていない。第四に、やる気の物差しが「課題に費やした時間」の1つだけであり、それは成績と直接つながっているため、他の物差しで確かめる必要がある、と書いている。

私がここで指摘したいのは、著者らが挙げていない点が3つあることだ。ひとつめ。報酬の有無と、画面上の箱の有無が、同時に動いている。成果報酬なしの群には、更新され続ける数字の箱もなかったはずである。とすれば「お金が効いた」のか「数字が出続けたのが効いた」のかは、この設計だけでは切り分けられない。

著者ら自身、報酬なしで表示のタイミングだけを揃えた群を将来作るべきだと書いており、同じ穴を見ているように読める。

ふたつめ。選択が効かなかったことと、選択という考え方が効かないことは別だ。ここで提示された選択肢は、最後の組の並び順だけが違う、ほぼ同一の2つだった。中身が変わらない選択に効果がなかったことは、示された。中身が変わる選択について、この実験は答えていない。ゲームがプレイヤーに差し出す選択は、たいてい後者である。

みっつめ。報酬を外したあとを見ていない。自己決定理論の古典的な心配は「報酬をやめた瞬間に、報酬をもらう前より熱が下がる」というものだった。この実験は1回きりで、報酬を外したあとの行動も、内側からのやる気を直接尋ねる質問も測っていない。

なお選択の効果は p=0.056 と、慣習的な線のすぐ手前にある。方向は正で、時間にして2分ぶんだ。「効かなかった」と読むのは妥当だが、「効くはずがない」と読むのは行き過ぎだと私は考える。

Fukai の読み

ここからは私の解釈である。私はこの研究を、「動機づけの研究」というより「視界の研究」として読みたい。効いたのは金額ではなかった——同じ金額でも見せ方を変えた2群に差はなかった——し、効かなかったのは自由そのものでもなかった。動いたのは、成果とつながった数字が、プレイ中ずっと目に入る場所にあったかどうかである。設計批評の語彙で言えば、これは報酬設計の話ではなく、HUD(画面に常時出ている情報表示)の配置の話に近い。そして著者らの動機づけ整合理論という枠組みは、その読みとよく噛み合う。場面に何が合うかで決まるなら、デザイナーが握っている最も現実的なつまみは、報酬の額でも自由の量でもなく、何を視界に置き続けるかだからだ。

次に何を読むと地図が見えるか

この論文の背後には、長い論争がある。報酬の側については Deci・Koestner・Ryan の1999年のメタ分析(複数の研究の結果をまとめて統合する手法)が古典で、成果に応じた報酬が内側からのやる気を下げる条件を整理している。選択の側については Patall・Cooper・Robinson の2008年のメタ分析があり、選択の効果がどういうときに現れ、どういうときに消えるかを条件ごとに切り分けている。今日の論文は、その2つの系譜を1つの実験室に並べた仕事だと読める。

このサイトの中では、努力と難しさのどちらがフローを生むかを扱ったLu らの研究、ヒントの値段に人がどう反応するかを扱ったMcCaughey らの研究、そして「最初から選ばれている選択肢」の力を扱ったGhasemi らの研究が隣に並ぶ。いずれも、プレイヤーの前に何をどう置くかという同じ問いの、別の角度である。

参考文献

本記事で参照した論文と関連資料:

The effect of choice and reward on motivation and performance: an eye-tracking study (Rosa Hendijani, Piers Steel, 2026, Frontiers in Psychology, peer-reviewed)

DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1905792

・関連研究: A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation (Deci, Koestner & Ryan, 1999, Psychological Bulletin)

・関連研究: The effects of choice on intrinsic motivation and related outcomes: a meta-analysis of research findings (Patall, Cooper & Robinson, 2008, Psychological Bulletin)

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