PAPER-DIGEST · 2026-09-08

Ghasemi ら: 人は「最初から選ばれている方」の力を知っていて、味方と敵で置き方を反転させた — Fukai が読む

意思決定研究 — デフォルト効果と選択アーキテクチャ

一段落要約

ゲームの設定画面には、最初から選ばれている項目がある。難易度の「ふつう」、アシストの「オン」、盤面サイズの「9×9」。作り手にとっては置き場所の問題に見える。だが遊ぶ側はそれを「おすすめ」として読んでいる。

今日読む論文は、この「最初から選ばれている選択肢」——デフォルト——を、人が狙って武器として使えるのかを測っている。2017年の有名な研究は「使えない」と結論していた。今回の3つの実験では、参加者は8割を超える場面で自分に有利なデフォルトを置いた。味方には価値の高いカードを、対戦相手には価値の低いカードを。同じ人が、相手が変わるだけで置き方を反転させている。

さらに実験3では、他人が置いたデフォルトだけを見て「どちらのカードが良いか」を 79.5% の精度で逆算できた。デフォルトは置かれた家具ではなく、送られて読まれているメッセージだった。順に見ていく。

はじめに — 誰が、どこに書いた論文か

著者は8名。筆頭の Omid Ghasemi と最終著者の Ben R. Newell は、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)Institute for Climate Risk & Response と心理学部の所属である。残る6名はイランの複数の大学・研究機関に所属している。

掲載先は Judgment and Decision Making 誌の第21巻 e23、公開は 2026年9月4日。arXiv のプレプリント(査読前の投稿原稿)ではなく、査読を通った論文である。オープンアクセス(CC-BY)なので誰でも全文を読める。DOI は 10.1017/jdm.2026.10046。外部資金は受けていないと明記されている。データ・解析コード・実験材料は OSF で公開されている。

私がふだん追っているのはゲームAIの論文だが、今日はこちらを選んだ。理由は二つある。一つは、扱っている対象が作り手が明日いじれる場所——設定画面の初期値、おすすめマーク、プリセット——そのものだから。もう一つは、この論文が「有名な先行研究をひっくり返す」という珍しい形をしていて、心理学の知見をゲーム設計に持ち帰るときの作法を考える材料になるからだ。

背景 — 「人はデフォルトを使えない」と言われていた

デフォルト効果とは、最初から選ばれている選択肢がそのまま選ばれやすくなる現象を指す。臓器提供の意思表示で「参加する」を初期値にした国と「参加しない」を初期値にした国で登録率が大きく違う、という例がよく挙げられる。この効果自体は長く研究されてきた。

問題は次の段だ。効果があると知っている人は、それを他人に対して使えるのか。 2017年、Julian J. Zlatev、David P. Daniels、Hajin Kim、Margaret A. Neale の4名が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した論文は、使えないと結論した。11のサンプル、合計 2,844人 に「狙った選択肢を相手に選ばせるために、それをデフォルトに置くか」を問うたところ、置いた人は 50.8%。コイン投げと変わらない。著者らはこれを「デフォルト無視(default neglect)」と名づけた。

この結論には反論が続いた。Jung らは2018年、同じ PNAS 誌に再分析を発表し、相手が受け入れたかどうかを見せれば人は学習できると示した。2021年には Craig R. M. McKenzie、Lim M. Leong、Shlomi Sher が Psychonomic Bulletin & Review 誌で、課題の見せ方を単純にすると最適なデフォルトを置く率が 87.7%(実験1A)、77.8%(実験1B)まで上がることを報告した。争点は「人に能力がないのか、課題が難しすぎたのか」に移っていた。

今回の論文はここに割って入る。課題を分かりやすいカードゲームに置き換えた上で、単に正解を選べるかではなく、相手によって置き方を変えるかを測ろうとした。ここが先行研究との一番の違いである。

アプローチ — カード2枚と、味方・敵・正体不明

参加者の役は「出題者」である。別のプレイヤーのために、2枚のカードのどちらかを初期選択として置く。置かれた方がそのプレイヤーの初期状態になる。

カードは2種類。確実カードは必ず $50 もらえる。運カードは $100 が確率 p で当たる。p は 5% / 10% / 50% / 90% / 95% の5段階で、期待値(何度も繰り返した場合の平均額)はそれぞれ $5 / $10 / $50 / $90 / $95 になる。つまり p が小さいときは確実カードが良く、大きいときは運カードが良い。

相手には種類がある。味方(相手の得がそのまま自分の得になる)、対戦相手(相手の損が自分の得になる)、正体不明(どちらか分からない)、そして実験2以降は無関係(相手の結果が自分の収入に影響しない)。相手プレイヤー側は確率も金額も見えない。知っているのは出題者だけである。

この設計で見逃せない点が一つある。出題者は、相手がデフォルトを受け入れたかどうかを最後まで教えてもらえない。結果のフィードバックが一切ない状態で、置き方だけを測っている。

実験1はイランの一般成人 160人(ペルシャ語で実施、平均年齢28.5歳)。カードの組み合わせ5種類 × 相手3種類の15試行。実験2は UNSW の学部生 161人(平均年齢19.9歳)で20試行。ここではすでに片方がデフォルトとして置かれており、動かすには $10 かかる($200 の予算から差し引かれる)。実験3は学部生 149人(平均年齢19.0歳)で、出題者としての20試行に加え、他人が置いたデフォルトだけを見てどちらのカードが価値が高いかを当てる観察者ブロック8試行を行った。

報酬とコストはすべて仮想である。実際にお金は動いていない。この点は後で効いてくるので覚えておきたい。

発見 — 8割を超える的中と、相手による反転

実験1で、自分の利害に沿った最適なデフォルトを置いた割合は 83.6%[95%信頼区間 80.1–86.6]だった。偶然の50%とは明確に離れている(χ²(1)=497.36, p<.001)。Zlatev らの 50.8% との差がそのまま今回の主張になる。

だが本題は内訳のほうだ。味方に対しては、運カードの期待値が $5 のとき運カードを置く確率が .14、$95 のとき .88 まで上がる。対戦相手に対しては同じ人が逆を行い、.80 から .15 へ下がる。良いカードを味方に渡し、悪いカードを敵に渡している。相手のラベルが変わるだけで、置き方が反転する。

正体不明の相手に対しては .56 から .39 と、わずかに「対戦相手寄り」に傾いた(b=−.008, p=.003)。効きは小さい。

実験2では、$10 を払ってでも置き換えるかを見た。最適率は 84.9%[81.8–87.5]。最初に置かれていたデフォルトの影響そのものは残っていて、運カードが初期値だった群は運カードを選びやすい(b=1.75, SE=.16, p<.001)。しかし相手による使い分けの模様は、初期値がどちらであっても変わらなかった(相手×期待値×初期値の三元交互作用は有意でない。χ²(3)=1.54, p=.673)。

ここで一つ、私が気になった結果がある。実験2の正体不明条件では、期待値の効きが消えた(b=.002, p=.533)。実験1で見えたわずかな傾きは再現しなかった。

実験3。出題者としての最適率は 86.8%[84–89.2]。そして観察者としての正答率が 79.5%[75.2–83.3]だった。内訳を見ると読み方がはっきりする。味方に運カードが置かれていた場合、「運カードのほうが価値が高い」と判断されたのは 83%対戦相手に運カードが置かれていた場合は 28% に落ちる。逆に、確実カードが対戦相手に置かれていた場合は、73% が「運カードのほうが価値が高い」と判断した。「敵に置かれたものは悪いものだ」と読み替えている。

参加者自身が信じている仕組みも聞いている(0〜100点)。「暗黙のおすすめとして読まれるから」65.2、「損をしたくない気持ちが働くから」67.8、「考えるのが面倒だから」51.1。そして「デフォルトをそのまま受け入れるプレイヤーは何%か」という見積もりは平均 64.4% だった。

著者は最後に非対称にも触れている。味方を助ける方向の使い方のほうが、対戦相手を害する方向の使い方より強く出た。害するより助けるほうに動機が強い、と読める結果である。

使いどころ — ゲームを作る側が持ち帰れる6つ

1. 難易度の初期値は「おすすめ」として読まれている。 実験3の観察者が 79.5% で逆算できたということは、プレイヤーは「なぜここが選ばれているのか」を読もうとしているということだ。だから初期値は「無難だから」で決めない。「本当にこれを勧めたいから」で決める。逆に言えば、初期値の横に「なぜこれを勧めるのか」を一行書けないなら、その値はまだ選ばれていない。

2. ショップやサブスクの初期選択は、疑われる前提で設計する。 対戦相手に置かれたデフォルトを「悪いもの」と読み替えた率は 73% と 28% の非対称に表れていた。プレイヤーが「これは店側が得をする側に寄せてある」と感じた瞬間、初期選択は説得ではなく警告になる。おすすめバンドルを初期選択にするなら、誰が得をするのかが見える形にする。

3. 切り替えコストでデフォルトを守らない。 実験2では、$10 を払ってでも置き換えが起きた。「変更しにくくする」でプリセットを守ろうとする設計は、効かないうえに敵意として読まれる。プリセットは「動かしにくい」ではなく「動かす必要がない」を目指すのが正しい。

4. 片方が設定を決める対戦・非対称ゲームでは、中立を期待しない。 マップ選択、ハンデ設定、ハウスルールの提案。相手のラベルが変わるだけで置き方が反転することが実測されている。ならば「誰がこの設定を置いたか」を可視化する、あるいは交互に決めさせる仕組みを入れるほうが健全だ。もし自分が非対称の対戦パズルを作っているなら、私は「設定を置いた側の名前を必ず表示する」を先に決める。

5. 盤面の初期配置もデフォルトである。 Baba Is You のように、ルールそのものを動かせるパズルでは、面が始まった瞬間の並びが「作者が意図した読みの起点」になる。プレイヤーはまずその並びを意図として読む。初期配置は難易度の一部というより、メッセージの一部だと考えたほうが設計は締まる。

6. 相手の利害が読めないときは、勘で置かない。 この研究で結果が食い違ったのは「正体不明」条件だけだった(実験1ではわずかに効き、実験2では消えた)。そして作り手が実際に置かれているのは、まさにこの条件である。目の前のプレイヤーが何を望んでいるかは分からない。だからデフォルトは直感ではなく計測(離脱率、設定変更率、初回クリア率)で決める。Into the Breach のように情報を全部見せる設計であっても、「まず何を見せるか」の初期値は作り手が決めている。

限界 — 著者が認めている点と、私が気づいた点

まず著者自身が認めている点から。参加者は「自分は支援的な味方だと思われている」と明示的に告げられていた。誰が味方で誰が敵かが最初から分かっている。著者は「現実の場面では、このような明快さはめったにない(in real-world settings, such clarity is rare)」と書き、現実の選択アーキテクトは利害が明示されない環境で動いていると述べている。

もう一点、これが効く。出題者は相手がデフォルトを受け入れたかを一度も見ていない。だから著者は、ここでいう「最適」とは参加者の信念のもとでの最適にすぎないと明記している。実際にどれだけ影響したかは測られていない。報酬もすべて仮想である。著者は結論を「明快で統制された条件のもとで、人はデフォルトを戦略的に使う能力があることを示した」と限定し、促されなくても自発的に使うかは未解決の問いだと書いている。

ここから Fukai が指摘するのは3点である。第一に、事前登録(preregistration。実験の前に仮説と分析手順を公開し、後付けの解析を防ぐ手続き)の記載が見当たらない。データと材料は OSF で公開されているので検証はできるが、心理学の知見を設計に持ち帰るときは、追試が出るまで一段構えて読みたい。

第二に、サンプルの性質が実験間で揃っていない。実験1はイランの一般成人(平均28.5歳、ペルシャ語)、実験2と3はオーストラリアの学部生(平均19.9歳と19.0歳、英語)である。著者は模様が一貫していることを強みとして書いており、それは妥当だ。ただし「一貫している」と「同じ集団で再現した」は別物として覚えておきたい。

第三に、私が一番引っかかったのは「正体不明」条件だ。実験1ではわずかに効き(p=.003)、実験2では消えた(p=.533)。論文全体の主張——人はデフォルトを戦略的に使える——はこの食い違いでは揺らがない。だがゲームの作り手が置かれているのは、味方でも敵でもない「正体不明の相手にデフォルトを置く」立場そのものである。私たちが立っている場所の測定だけが不安定だった、という事実は、論文の結論とは別に持ち帰る価値があると読める。

Fukai の読み

ここからは私の解釈である。私はこの研究を「デフォルトは家具ではなく発話である」という流れの中に置きたい。2017年の「デフォルト無視」は、人を置く側として無能だと描いていた。今回の結果は、少なくとも条件が明快なら人は置き方を選べると読める。だが私にとって重要なのはむしろ実験3のほう、つまり受け取る側の読解力だ。設計批評の語彙で言えば、初期値の設定は UI の配置ではなく、作り手がプレイヤーに向けて発する最初の一文である。79.5% の精度で意図が逆算されるということは、置き方の下手さも同じ精度で読まれる、と整理できる。設定画面に無造作に置かれた「ふつう」は、無言ではない。何かを言ってしまっている。

おわりに — 一緒に読むと地図が見える3本

この論文だけを読むと「デフォルト無視は間違いだった」という話に見える。だが3本並べると、もっと面白い形が現れる。Zlatev ら(2017)が「人は使えない」と言い、Jung ら(2018)が「フィードバックがあれば学習する」と返し、McKenzie ら(2021)が「課題を単純にすれば8割方できる」と示し、今回の Ghasemi らが「相手によって使い分けまでする」と積んだ。

問いが「効果があるかないか」から「どんな課題ならその能力が現れるか」へ移っていく過程が、そのまま見える。この移り方自体が、心理学の知見をゲーム設計に持ち込むときの参考になる。ある結果を「人はこうである」と受け取るのではなく、「この条件下ではこう観察された」と受け取り、自分の設計がその条件に近いかを確かめる。今回で言えば、私たちの設計は「正体不明の相手」の側にいる。

私の手元のメモはこうなった。次に設定画面を作るとき、初期値の横に「なぜこれを勧めるのか」を一行書けるか自問する。書けないなら、それはまだ選ばれていない。

参考文献

本記事で参照した論文と資料:

People are aware of the impact of defaults and use them strategically (Ghasemi, Ghane-Ezabadi, Hojjat, Afshin Mahjoub, Arastouy Irani, Gholampour, Solhirad & Newell, 2026, Judgment and Decision Making, 21, e23) — 本記事の主題。査読済み・オープンアクセス(CC-BY)

OSF: データ・解析コード・実験材料

Default neglect in attempts at social influence (Zlatev, Daniels, Kim & Neale, 2017, PNAS, 114(52), 13643–13648) — 「デフォルト無視」を提唱した先行研究

Default sensitivity in attempts at social influence (McKenzie, Leong & Sher, 2021, Psychonomic Bulletin & Review, 28(2), 695–702) — 課題を単純にすると成績が上がることを示した反論

People can recognize, learn, and apply default effects in social influence (Jung ら, 2018, PNAS) — Zlatev らのデータの再分析

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