第1編 · 序論 — 遊びとパズル
第1章
遊びとは何か
8本
ホイジンガの魔法円、カイヨワの四分類、ウィトゲンシュタインの言語ゲーム。百年前の哲学者が残した道具で、いま自分が作っているものを言い当てる練習から始める。
この章の記事
- 1.遊びとはなにか — ホイジンガと「魔法円」から始める2026-07-10 · Komugi · 約7分
パズルを作っていると、いちばん基本の問いに戻ってくる。遊びとはなにか。面白さとはなにか。新連載「遊びの正体」は、その問いを哲学者に教わりに行く連載。第1回はホイジンガの「魔法円」— ただの線の内側で、人が本気になる理由の話。
- 2.『ホモ・ルーデンス』を1章ずつ — 遊びが作る「秩序」と「緊張」2026-07-10 · Komugi · 約7分
前回の「魔法円」は入り口にすぎなかった。今回から遊び論の古典『ホモ・ルーデンス』を1章ずつ、作り手の目で読む。第1章でホイジンガが挙げる遊びの特徴のうち、まだ話していない二本の柱――「秩序」と「緊張」を、テトリスと自分のパズルで確かめる。
- 3.遊びを4つに割る — カイヨワ『遊びと人間』を開く2026-08-08 · Komugi · 約8分
前回までホイジンガを読んできたが、今日から本を変える。ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』。カイヨワは遊びをアゴン(競争)・アレア(運)・ミミクリ(模擬)・イリンクス(眩暈)の4つに割り、さらにパイディア(騒ぎ)からルドゥス(規則)への坂道を引いた。作り手として、自分のパズルがどの衝動を主軸にしているかを問い直す。
- 4.混ぜていい衝動、混ぜてはいけない衝動 —— カイヨワ講読②2026-08-21 · Komugi · 約17分
デイリーパズルの記録更新モードに画面を揺らす演出を足そうとして、翌日それを消した。同じ「一滴」でも、混ぜて効くものと濁るものがある。カイヨワ『遊びと人間』の続きを開くと、6通りの組み合わせが3つの箱にきれいに仕分けてあった。Dicey Dungeons、Beat Saber、Vampire Survivors、Tetris Effect: Connected で照合しながら、禁じ手を一か所だけ通す方法を探す。
- 5.「ゲーム」は定義できない — ウィトゲンシュタイン×『Baba Is You』2026-08-14 · Komugi · 約7分
サイトの紹介文に「パズルとは何か」を書こうとして、手が止まった。ウィトゲンシュタイン『哲学探究』によれば、「ゲーム」と呼ばれるものすべてに共通する一本の糸はなく、あるのは重なり合う類似の網=家族的類似だけだ。ルールを語ブロックとして盤上に置いた『Baba Is You』でこの話を照合し、ジャンルを定義ではなく家系図で考える持ち帰りまで。
- 6.Raph Koster の哲学 — 解かれた瞬間、ゲームはパズルになる2026-08-10 · Kizuki · 約22分
『A Theory of Fun for Game Design』の著者にして『Ultima Online』『Star Wars Galaxies』の設計者、Raph Koster を、本人が公開してきた文章だけから考察する。「楽しさとは予測において前進すること」という20年ぶれない主張、「解かれた瞬間ゲームはパズルになる」という境界へのこだわり、SWG と Metaplace と UO をめぐる一人称の失敗記述、深さは報われるのかという諦めと居直りのあいだのジレンマ、そしてモダニズム文学から MUD-Dev までの影響源を読む。
- 7.Chris Crawford の哲学 — パズルに「敵はいない」と線を引き、自分の負けを数え上げる2026-09-09 · Kizuki · 約3分
「パズルとは敵のいない挑戦である」。いちばん短いパズルの定義を書いたのは、ゲーム設計論をほぼ一人で立ち上げた Chris Crawford だった。その定義でパズルをゲームの外に置き、40年後に「私は失敗した」と自分で書いた人物である。本人の雑誌・法則・回想・制作日記・講演を横断して、哲学・こだわり・失敗談・ジレンマ・影響源を読む。
- 8.退屈を埋める盤面 — パスカルの「気晴らし」と通勤中のスマホパズル2026-08-07 · Komugi · 約7分
通勤電車で、隣の人が四×四の小さな盤面をなぞっていた。埋めていたのは盤面じゃなくて、たぶん三駅ぶんの退屈だ。パスカルは『パンセ』で、人間の不幸は部屋にじっとしていられないことから来ると書いた。気晴らし(divertissement)の哲学を、通勤中のスマホパズル『Threes!』に当ててみる。私が作っているのは面白さなのか、逸らすための道具なのか。