DESIGNER-STUDY · 2026-08-10
Raph Koster の哲学 — 解かれた瞬間、ゲームはパズルになる
『A Theory of Fun』と、Ultima Online・Star Wars Galaxies の20年
はじめに
Raph Koster(ラフ・コスター)は、『Ultima Online』(1997)のリードデザイナーであり、『Star Wars Galaxies』(2003)のクリエイティブディレクターであり、そして何より『A Theory of Fun for Game Design』(2004)の著者として知られる人物である。日本語圏でも同書は2006年にオライリー・ジャパンから訳出されており(本人 CV)、「あの本の人」として名前だけは届いている。
だがパズルを主題とするこのサイトで彼を取り上げる理由は、MMO の歴史ではない。彼は「ゲームとパズルは何が違うのか」という問いを、20年以上にわたって公開の場で定義し直し続けている、きわめて珍しい書き手だからだ。2025年の記事で彼はこう書いている。「もしある問題に本質的に答えが一つしかないなら、我々はそれをたいていパズルと呼ぶ。二値的な構造には、不確実性があまり組み込まれていない」(本人ブログ, 2025)。
一読すると、パズルがゲームより単純なものに位置づけられているように見える。しかし彼の論法は、同じ刃をゲームの側にも向ける。本稿は作品紹介ではない。Raph Koster という人物の哲学・こだわり・失敗と乗り越え方・ジレンマ・影響源を、本人が公に書き残した文章だけを頼りに考察する。熱い番茶を淹れ、20年ぶんの発言を机に並べたところから始めたい。
「Practical Creativity」(GDC Festival of Gaming, YouTube)のサムネイルより
経歴 — 詩人として訓練された設計者
本人の CV と About ページによれば、Koster は1971年9月7日、ニューヨーク州ロングアイランド生まれ。母親が UNICEF に勤めていた関係でペルーに6年、バルバドスとハイチにも滞在し、高校はフロリダで過ごしている(About Raph)。1992年に Washington College で英語とスペイン語の学士、1995年にアラバマ大学で創作の MFA を取得。修士論文は詩集『Housebuilding』であり、在学中は文芸誌『Black Warrior Review』の詩部門アシスタントエディタも務めていた(CV)。彼はまず、詩人として訓練された人間である。
ゲームの側の経歴は1993年の『LegendMUD』に始まり、1995年に Origin Systems 入社、『Ultima Online』のデザイナー/クリエイティブリードからリードデザイナーへ。2000年に Sony Online Entertainment へ移り、『Star Wars Galaxies』のクリエイティブディレクター(ピーク時100人超のデザインチームを統括)、2003年から2006年まで同社のチーフ・クリエイティブ・オフィサー。2006年には自ら Metaplace 社を創業し、ユーザー生成ワールドのプラットフォームを運営した(ピークで7万以上のワールドが稼働)。2010年に Playdom/ディズニーへ売却、2013年退社。
2018年に Playable Worlds を創業し、2026年現在は同社 CEO 兼クリエイティブディレクターとして MMO『Stars Reach』を開発している。著書は『A Theory of Fun for Game Design』(2004、第2版2013)、詩集『Sunday Poems』(2015)、エッセイ集『Postmortems』(2018)。アルバム『After the Flood』を出す音楽家でもあり、自身のサイトには鉛筆画やペン画のギャラリーがある。設計者・理論家・詩人・音楽家・イラストレーターが同一人物に同居している、という前提は本稿を通じて効いてくる。
哲学 — 楽しさとは、予測が進むこと
彼の中心的主張は、20年間ほとんど動いていない。2004年に書かれた「An atomic theory of fun game design」で、彼はすでにこう宣言している。「私はそれを認知的な挑戦にまで還元した。楽しさとは、認知的なパズルを解くことで脳を働かせているときに得られる感覚だ、という考えである」(本人ブログ, 2004年執筆 / 2012年再掲)。同じ段落で彼は、勝利とは「パターンを特定し、そのパターンが説明しきれていない行動を正しく実行すること」だとも書いている。
2025年の「Game design is simple, actually」でも、語彙が更新されただけで骨格は同じだ。「『Theory of Fun』で私が基本的に主張したのは、デザイナーにとって有用な部分は『問題の習得』だということだった」。そして結論はこう置かれる。「要するに、楽しさとは基本的に、予測において前進することだ」(本人ブログ, 2025)。
見落としやすいのは、同じ記事に添えられた但し書きのほうだと私は思う。「楽しさは、活動の"後"に現れることがよくある」。これは、楽しさ=その瞬間の快さ、という素朴な等式を切断するための一文だ。難所を抜けたあとに来る「面白かった」を理論の中心に据えるなら、途中の苦さは欠陥ではなくなる。パズルの設計者にとって、これは相当に実務的な含意を持つ主張である。
こだわり — 解かれた瞬間、ゲームはパズルになる
彼が繰り返し戻ってくる主題が、ゲームとパズルの境界である。2023年、NYT の「Connections」を論じた記事で彼はこう書いた。「ゲームとパズルの主な違いは、パズルには本当の解が一つ、つまり挑戦を通り抜ける最適な道が一つある、という点だ」。ただし彼は直後に自分でその線を溶かす。「つまり実のところ、パズルとゲームは種類の違いではなく程度の違いを指す語だということになる」(本人ブログ, 2023)。同じ記事で彼は、『A Theory of Fun』では「ゲームを"パズルの連なり"と呼んだ」と自ら振り返っている。
この程度差の見方から、彼の最も鮮烈な定式が出てくる。「かつてゲームだと思っていたものが、実はパズルだったと判明することはよくある。数学者はそれを"ゲームを解いた"と呼ぶ」(本人ブログ, 2025)。三目並べも、コネクトフォーも、解かれたあとはパズルの側へ落ちる。つまり彼にとってパズルとゲームは対立物ではなく、同じ物体の"解かれる前"と"解かれたあと"なのだ。だからこそ、彼の深さの指標は一貫している。「要するに、ゲームに不確実性・非決定性・曖昧さが多いほど、そのゲームは深くなる」(同)。
もう一つのこだわりは、自分の理論の効能を過大に約束しないことだ。2004年の「原子」チェックリストの結びで、彼はこう釘を刺している。「これは楽しさのアルゴリズムか? 違う。だが楽しさの"不在"を点検するには有用な道具だ。すべての条件を満たしていない系を特定できるという意味で」(本人ブログ, 2004年執筆)。作る処方箋ではなく、欠けを見つける診断具。2006年に彼が四層モデル(メカニクス→統計的コンテンツ→比喩・表現→物語)を書いたときも、譲らなかったのは一点だけだった。「私にとって還元不可能に感じられるのは、もちろんコアメカニクスだ。それがこの媒体をゲームたらしめており、他の何かではなくしている」(本人ブログ, 2006)。
失敗と、その乗り越え方
彼は自分の失敗を、一人称で引き受ける癖がある。2015年、『Star Wars Galaxies』についての長大な検証記事の結びで、彼はこう書いた。「その意味で、SWG は失敗しなかった。私が SWG に対して失敗したのだ」(本人ブログ, 2015)。原因として彼が挙げるのは、他人ではなく自分の判断だ。「これは私の落ち度だ。全員にビジョンを十分に伝えられなかった」「私は後任を本当には育てなかった」。悪名高い NGE(New Game Enhancements)についても、彼は「善意の誤り」という節を立ててこう擁護している。「彼らはゲームをもっと面白くしたかったのだ。ホロクロンのドロップも、NGE も、CU も含めて」。
そしてこの挫折が『A Theory of Fun』を生んだと、本人が明言している。「それは私を、ただの"楽しさ"——自分が失敗したと感じていたもの——を探究する方へ駆り立てた」(同)。だが同じ文の続きが重要だ。「それは私をずっと実務的にさせ、また"ただ管理する"ことに消極的にさせた。それは実際 Metaplace をひどく傷つけた。私は生の実装に時間を使いすぎたのだ」。失敗から引き出した教訓が、次の失敗の原因になった——という自己記述を、これほど平坦な口調で書ける設計者は多くない。その Metaplace の消費者向けサービスは2009年12月に閉鎖され、彼は理由をこう記した。「理由? まあ、単に牽引力が得られなかった」(本人ブログ, 2009)。
『Ultima Online』についても訂正は具体的だ。2018年、GDC のポストモーテムを受けた記事で彼は、PK(プレイヤーキル)対策をゲームデザインで解こうとした判断について書いている。「私はそれについて間違っていた。運営コストが割に合わなくなるのは、我々が抱えていたよりも少なくとも一桁多いプレイヤー数からだと判明した」。さらに「ビジネス面では、PK は疑いなく失敗だった。Trammel を入れたとき、人口はおよそ倍になり、解約率は大きく下がった」(本人ブログ, 2018)。2000年の時点でも彼はすでに「UO における私の最大の失望の一つは、善人が勝つ方法をついに見つけられなかったことだ」と書いていた(UO ポストモーテム, 2000年執筆)。
一点、事実確認として書き添えておく。ネット上には「コンバット・アップグレードを推したことを後悔している」で始まる文が Koster の発言として流通している。だがこれは彼の2011年の記事本文ではなく、その記事の"コメント欄"に読者(ハンドル名 Jebadiah)が書き込んだものである(コメント欄, 2011年6月24日)。引用の出所を確かめる習慣がなければ、私も危うく騙されるところだった。
ジレンマ — 深さは報われるのか
2000年、UO を離れる時期に書かれたポストモーテムには、「考えを変えたこと」という節がある。その筆頭がこれだ。「私はかつて、より豊かで、より挑戦的なゲームは報われると思っていた。今はもうそうだとは思わない」。彼はさらに踏み込む。「大半の人は単なる娯楽を——対処しやすいものを求めている。自分自身に問いを突きつけてこないものを」(UO ポストモーテム, 2000年執筆)。
ただし彼はそこで降りない。同じ文脈で、いわゆる「良い人たち」だけを楽しませる路線について、彼はこう書いている。「それはより良いビジネスかもしれないし、金を持ってくるには十分かもしれない。だが、この分野が身を置くに値すると私に感じさせるには足りない」(同)。商業性と作家性のあいだで、彼は妥協点ではなく居心地の悪さのほうを選んでいる、と読める。
もう一つのジレンマは、設計者の意図とプレイヤーの自由のあいだにある。UO で倫理的な振る舞いを促そうとしたときの説明が明快だ。「我々はプレイヤーに、過去の Ultima の精神において倫理的に行動するよう挑戦させたかった。ただしそれを、"攻略"されるクエストの束にはしたくなかった」(同)。仕組みで縛れば意図は達成されるが、達成した瞬間に意味が抜ける——彼が繰り返し立ち止まるのはこの地点である。
そして2018年、彼はこの葛藤を UO の外へ延長した。プレイヤー自身にトラブルを処理させる分散的な道を追求しきれなかったことについて、「あの開発の道筋——問題を分散的に扱う方法を見つけること——がもっと追求されていれば、今日の我々のインターネットはこれほどひどくはなかったかもしれない」(本人ブログ, 2018)。18年前に「豊かで難しいものは報われない」と書いた人物が、18年後には、報われなかったその道の請求書を社会の側で受け取っている、と書いている。私はこの二つの発言を並べて読むのがやめられない。
影響源 — 本人が名を挙げたもの
2000年の VaultNetwork によるインタビューで、彼は「ゲームデザインの役に立つと思うものをたくさん読む」と前置きし、具体的な書名を並べている。Scott McCloud『Understanding Comics』『Reinventing Comics』(「プレイヤーが環境と、オンラインなら他のプレイヤーとどう関わるかを本当によく説明してくれる」)、Chris Crawford『The Art of Computer Game Design』、Edward Tufte、Douglas Hofstadter『Gödel, Escher, Bach』(「何年も前に読んで気に入り、多くの設計アイデアをくれた」)、Amy Jo Kim『Community Building on the Web』、Jared Diamond『Guns, Germs, and Steel』、Julian Dibbell『My Tiny Life』、Janet Murray『Hamlet on the Holodeck』、Howard Rheingold。加えて彼は、メーリングリスト MUD-Dev を「私のサイトの文章の多くはそこから来ている」と挙げている(VaultNetwork インタビュー, 2000)。
より意外なのは、2006年の Project Horseshoe 基調講演で語られた文学的な出自のほうだ。「私が創作の学位を取っていたころ、永遠の遺憾ながら、主にモダニズム文学を研究していた。私はモダニズムが本当に嫌いで、だからこそ大量に受講した。教授たちと議論するために」。そして彼はその訓練をそのまま設計論に転用する。「だから私は、マインスイーパは実は印象派のゲームだと言うのだ。あなたはそれを実際に見ることは決してなく、その周囲と、それがどう小突かれ揺さぶられたかを見る」。同じ講演には Woolf、Stein、Picasso、Mondrian、John Cage『4分33秒』、そして Lorca の「duende」(「非現実が現実へ侵犯する、あの捉えがたい瞬間」)が並ぶ(Project Horseshoe 講演記録, 2006)。
先達への態度も彼は明言している。「Randy Farmer や John Taylor、Richard Bartle と座って話すたび、私は彼らの中では若造だ」(Celia Pearce によるインタビュー, Game Studies 2005)。『A Theory of Fun』を書くにあたっての読書については、「ノンフィクションのポップ心理学の本をたくさん読んでいて、それが私をポップ心理学の外へ、実際の論文——とくに認知心理学と認知科学、それに少しの進化心理学——へ導いていった。当然、フロー理論のようなものもあった」と語っている(Game Thinking ポッドキャスト第303回, 2019)。同じ回で彼が現役として名を挙げるのは Dan Cook、Zach Gage、Michael Brough——当サイトでも記事にしている面々である。
なお、『A Theory of Fun』の「漫画+本文」という形式が McCloud に由来する、という説明をよく見かけるが、本人がそう書いた文章を私は見つけられなかった。むしろ本人は、2003年の講演スライドを漫画にした理由を「箇条書きにだんだん飽きてきたから」と説明している(本人ブログ, 2006)。憶測で系譜をつなぐのはやめておく。
Kizuki の読み
ここからは私(Kizuki)の解釈であり、本人が述べたことではない。——Koster は「ゲームは解かれるとパズルになる」と書くが、彼自身の40年はその定理の反例を集めるようにして進んできた。PK 問題、ビジョンの継承、プラットフォームの牽引力。彼が公に語る失敗はどれも、唯一解があると信じて解きにいける類の問題ではない。答えが動き続ける問題である。にもかかわらず彼は毎回「私の失敗だ」と一人称で引き受け、10年後に訂正を書き足す。
私はこれを、詩人として訓練された人間の癖だと読む。詩の推敲には、作者以外の責任者がいない。理論の効能を「楽しさを作るアルゴリズムではなく、楽しさの不在を確かめる道具だ」とわざわざ限定するのも、同じ姿勢の裏返しに見える——作れるとは約束しないが、欠けているかどうかは自分の目で見て、名前を書く。「楽しさとは予測において前進すること」という2025年の定義は、だから私には、予測を外し続けた人が20年かけてたどり着いた自己弁護であり、同時にきわめて厳しい自己批評でもあるように読める。
おわりに — どこから読み始めるか
彼に触れるなら、順序は素直でよい。まず『A Theory of Fun for Game Design』(2004、第2版2013、邦訳あり)。次に、パズルを日常的に遊んでいる人にこそ効くのが、2023年の「Why NYT's Connections makes you feel bad」(本人ブログ)——毎朝解いているあれが、彼の理論のどこに置かれるのかが分かる。設計者としての彼を知りたければ2015年の SWG 検証記事、2018年の UO ポストモーテムへ。理論の最新形は2025年の「Game design is simple, actually」(本人ブログ)が短くまとまっている。GDC 2024 の講演「Revisiting Fun: 20 Years of A Theory of Fun」は GDC Vault で無料公開されている(GDC Vault)。
関連する書き手としては、当サイトでも扱った Daniel Cook、Zach Gage、Michael Brough——いずれも Koster 自身が名を挙げた同時代人だ。理論から実装へ降りたければ Frank Lantz、逆に「解けてしまうこと」の側から考えたければ Scott Kim の記事が隣にある。番茶をもう一杯淹れて、どこからでもどうぞ。
参考文献
本記事で参照した一次資料(すべて本文を確認したうえで引用している):
・Raph Koster “Game design is simple, actually” 本人ブログ 2025-11-03
・Raph Koster “Why NYT’s Connections makes you feel bad” 本人ブログ 2023-09-02
・Raph Koster “An atomic theory of fun game design”(2004年執筆・2012-01-24 再掲)
・Raph Koster “A bit on how I think games work” 本人ブログ 2006-03-05
・Raph Koster “Did Star Wars Galaxies Fail?” 本人ブログ 2015-04-27
・Raph Koster “SWG is shutting down” 本人ブログ 2011-06-24(引用の誤帰属確認のためコメント欄も参照)
・Raph Koster “A UO postmortem of sorts”(2000年6月執筆)
・Raph Koster “UO postmortem from GDC2018” 本人ブログ 2018-03-28
・Raph Koster “Metaplace.com closing” 本人ブログ 2009-12-21
・Raph Koster “A Theory of Fun milestone and postmortem” 本人ブログ 2006-03-06
・Raph Koster “Project Horseshoe: Influences” 講演記録 2006-11-10
・VaultNetwork “Designer Dragon” インタビュー(Jonric、2000年)
・Celia Pearce “A Conversation with Raph Koster” Game Studies vol.5 no.1(2005年10月/取材2004-03-22)
・Game Thinking podcast ep.303 “Raph Koster: The Nature of Gaming”(Amy Jo Kim、2019-12-30、全文書き起こしあり)
・GDC 2024 “Revisiting Fun: 20 Years of A Theory of Fun”(GDC Vault で無料公開)
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