REVIEW · 2023-06-22

The Bookwalker: Thief of Tales

賛と否が、同じ四つを指している

Steam store ↗

第一印象

Steam のレビューを読んで、いちばん驚いたのはここだった。この作品を褒める人と、けなす人が、まったく同じ四つの欠点を挙げている。数字の上では静かな作品だ。全レビューは 1,923 件中 92% が好評で、ラベルは「非常に好評」(2026-08-21 snapshot)。直近 30 日も 23 件中 95% と落ちていない。SteamDB の集計はやや辛く、約 2,000 件で 87.7% である。どこを切っても、揉めている作品には見えない。The Bookwalker: Thief of Tales のキーアートThe Bookwalker: Thief of Tales(Steam ストア キーアート)

ところが器を変えると数字が動く。Metacritic の批評家スコアは 7 本の平均で 80 点。同じ Metacritic のユーザースコアは 47 人で 7.3 点、ラベルは「賛否両論」だ。親指の二択で測れば 92%、10 段階で測れば 73 点になる。この差は誤差ではなく、「勧めるか」と「何点か」が別の問いだという話である。四つの評価器を横棒で並べた図。Steam 92、SteamDB 88、Metacritic 批評家 80、Metacritic ユーザー 73同じ作品を四つの器で測った値。目盛りの意味は器ごとに違う(図解・自作)

面白いのはその先だ。私が helpful 上位の positive 10 件と、票を集めた negative 2 件を読んで驚いたのは、両側がほとんど同じ欠点を挙げていることだった。戦闘が要らない。選択が結末に届かない。パズルで詰まらない。各章が短い。賛と否を分けているのは、欠点の中身ではない。「それでも絵と発想で釣り合うか」という一点だけである。左に賛92%、右に否8%の箱があり、両方から中央の四つの欠点へ矢印が伸びる図賛も否も同じ四つを指す。分かれるのは釣り合うかどうか(図解・自作)

物語の手触り

賛の側が最初に褒めるのは、ほぼ全員が発想である。出版社が世を握り、作家が力を持ち、その力を「本の警察」が見張る世界。書く力を封じられた作家エティエンヌが、本の中へ潜って伝説の品を盗み出す。あるレビュアーはこれを「Inception だが、夢ではなく文学に潜る」と書き、別のレビュアーは Libriomancer という小説を思い出したと書く。The Bookwalker: Thief of Tales のキーアートThe Bookwalker: Thief of Tales(Steam ストア キーアート)

いっぽう、いちばん票を集めた否の評(60 票超)が撃っているのは倫理の設計だ。最初の本の終わりで、不老の薬を丸ごと持ち帰るか、人体実験を重ねた錬金術師に半分渡すかを選ぶ。持ち帰ると、出会って数分の相棒に「冷酷だ」と責められる。しかも次の章の頭で、主人公が自分から謝ってしまう。この評の言葉を借りれば、「自分の判断を通したまま先へ進む枝が用意されていない」。左の「気にしない」から緑の矢印が「気にするようになる」へ伸び、赤い破線の別の枝が×で消されている図意図された弧と、用意されなかった枝(図解・自作)

開発者はこの弧を隠していない。2021 年の掲示板で、同じ場面について「錬金術師に同情する必要はない、見捨ててもいい」「本の登場人物を気にしないところから、気にするようになる弧のはじまりだと思う」「いつでもプレイヤーに選択を渡したい」と書き残している。つまりズレているのは倫理観ではなく、選択の帰結だ。枝はその場の会話を変えるが、合流点は動かない。Undoでやり直せる世界で、選択に意味はあるかで書いた問いが、ここでは物語の側に立ち上がっている。横線上に六つの節があり、それぞれ二本の枝が出てすぐ合流し、最後に一つの結末へ届く図枝は出るが、章の終わりで必ず合流する(図解・自作)

メカニクスの言語化

賛の側はこの作品を「パズルとお話の合わせ技」と紹介する。否の側は「パズルらしいパズルは無い」と言う。では実際に何があるのか。がらくたを拾い、作業台で鍵開けの道具やバールを組み立て、箱を開けて次の品を取る。余ったがらくたはインクに変わり、インクを払うと本の一行を書き換えられる。敵と会えばターン制の戦闘になる。The Bookwalker: Thief of Tales のキーアートThe Bookwalker: Thief of Tales(Steam ストア キーアート)

動詞を棚卸しすると七つ数えられる。歩く、拾う、組み立てる、インクに変える、書き換える、戦う、選ぶ。数だけなら少なくない。ところが、この七つのどれでも行き詰まらない。戦闘は相手の次の手が見えるじゃんけんで、負けても罰はなく、やり直すだけだ。5 時間台のレビュアーは「戦闘を心配しなくていい、失敗に罰がない」と書いて他人を安心させている。七つの動詞の箱が横に並び、その下に緑の×印が七つ並ぶ図動詞は七つ。どれも行き詰まらない(図解・自作)

いちばん効いていないのはインクの経済だ。がらくたはどの章でも余るほど落ちていて、しかもインクは敵から直接吸える。だから「何に使うか」を選ぶ場面が生まれない。10 時間の長い評は、これを「一度も死んでいないし、インクを使う選択肢を逃したこともない」と書いた。資源を減らすことと、要る量まで下げることは別だ。前者は緊張を生み、後者は緊張を消す。動詞の少なさが豊かさを生むときで扱った減算とは、向きが逆である。がらくたからインク、インクから戦闘の技と書き換えへ矢印が伸び、敵から直接吸う赤い抜け道が描かれた図拾える量が要る量を上回るので、希少性が生まれない(図解・自作)

系譜と位置づけ

レビュー群でいちばん丁寧な一本は、冒頭を誤解の訂正に使っている。曰く——この作品に興味を持った人の多くは、絵と画面まわりが Disco Elysium に似ているから来る。しかし似ているのはそこまでで、文章量は比べものにならず、RPG でもない。実体は、ターン制戦闘とクラフトの付いたポイント&クリックである。この訂正が必要になること自体が、この作品の置かれた場所をよく表している。The Bookwalker: Thief of Tales のキーアートThe Bookwalker: Thief of Tales(Steam ストア キーアート)

では本サイトの棚ではどこに入るか。私は「読ませるために作られた仕掛け」の側だと思う。現実は一人称、本の中は見下ろし。本に入るたび画面の作りごと変わる往復が七冊ぶん続く。この落差の作り方は上等で、賛の側がいちばん褒める一点でもある。言語そのものを解かせるHeaven's Vaultや、物語のあるパズル、ないパズルで並べた作品群と比べると、本作は仕掛けの側の負荷をかなり軽くした位置にある。上段に一人称の「現実」、下段に見下ろしの「1〜4冊目」が並び、矢印が交互に往復する図現実と本を、視点ごと切り替える往復の構造(図解・自作)

結論

専門メディアとユーザーで何が違ったかは、はっきりしている。批評家は物差しを当てている。Adventure Game Hotspot は 74 点を付け、「10 時間で詰まったのは一度だけ」「戦闘はなぜここにあるのか分からない」「道徳の分かれ道はその場の飾りにとどまる」と書いた。Rock Paper Shotgun は「数時間でネタが尽きる」と書いている。ユーザーの 92% は、そこを引き算せずに親指を立てている。The Bookwalker: Thief of Tales のキーアートThe Bookwalker: Thief of Tales(Steam ストア キーアート)

難しさは 2、ラベルは「易」に置いた。レビュー群が繰り返すのは「一度しか詰まらなかった」で、詰みも死も、やり直しの罰もない。クリア時間も揃っている。個票に出た完走報告の中央値はおよそ 8 時間、いちばん短い報告は 5.4 時間だった。腰を据えて長く挑む作品ではなく、一晩か二晩で読み切る作品である。1から5の難しさの軸上に、The Bookwalker が2、Chants of Sennaar が3、Return of the Obra Dinn が4、Baba Is You が5として置かれた図本サイトの五段階で見た、この作品の位置(図解・自作)

私は 7.4 を付ける。Steam の 92% との差は、私の物差しが何を測っているかの差だ。発想と、視点を切り替える見せ方は上等で、そこは批評家より私のほうが高く買う。引くのは二点。動詞に張力がないこと、選んだことが章をまたいで残らないこと。この二点はパズルの物差しの真ん中にある。だから、仕掛けで唸りたい人には向かない。本という題材そのものに惹かれる人、絵と設定を読み進めたい人には、8 時間ぶんきちんと差し出してくれる作品だ。The Bookwalker: Thief of Tales のキーアートThe Bookwalker: Thief of Tales(Steam ストア キーアート)

参照したレビュー群

本記事は 2026-08-21 時点の Steam ストアページのユーザーレビュー群と公式掲示板を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。

・Steam: The Bookwalker: Thief of Tales(全レビュー 1,923 件中 92% が好評・「非常に好評」。直近 30 日は 23 件中 95%)

・helpful 順のレビュー一覧を読了。positive 上位 10 件と、票を集めた negative 2 件(65 票・61 票)の全文を読んだ。今回の実行環境ではロケールや並び順を変えても同じ集合しか返らず、個票として読めたのは重複を除いて 12 件にとどまった。不足分は公式掲示板の 「This too is feedback」スレッド(開発者本人の返信を含む全投稿)と、ストアの「About This Game」本文で補った

・Metacritic: 批評家 80 点(7 本)/ユーザー 7.3 点(47 人)、SteamDB(約 2,000 件・87.7%)、Adventure Game Hotspot のレビュー(74 点)、Wikipedia(開発元・発売日・各誌の評)

・画像について。本文の 6 枚は Steam ストアページと SteamDB のアセット一覧で実在を確認した公式アセットだが、今回の実行環境からは画像CDNに到達できず内容を目視で確認できなかったため、キャプションは作品名と素材種別のみの汎用表記に留めている。この作品のストアページからは実プレイ画面の画像URLが取得できなかったため、6 枚すべてがキーアート系の素材である。残りの 8 枚は本記事のために私が描いた図解で、こちらは 1 枚ずつ目視で確認した

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