REVIEW · 2020-03-05
THE LONGING
レビューが感想ではなく途中経過になるとき——実時間400日を待つ作品の3,869件を読む
第一印象
私が読んだのは、2026-08-26 時点で Steam に積み上がった『THE LONGING』のレビュー群である。ストアページの総評表示は 3,869 件中 92% が好評、ラベルは「非常に好評」。直近30日は 41 件中 90% だ。集計サイト SteamDB では全言語およそ7,000件、好評率 89.4% と出ている。
素性を先に置く。地下深くで、眠る王が目覚めるのを400日待つ。操るのは影(Shade)と呼ばれる小さな生き物ひとつだ。開発は Studio Seufz、発行は Application Systems Heidelberg。配信開始は2020年3月5日。主要な作り手は Anselm Pyta で、制作には6年かかったと記録されている。
レビュー欄を開いて、まず目に入るのは数字の壊れ方だった。helpful 上位の positive に、プレイ時間 9,600 時間の票がある。9,600時間はちょうど400日だ。その数行下には 15.2 時間の票が並ぶ。どちらも作品を褒めている。そしてどちらも正しい。
この作品のタイマーは、ゲームを閉じているあいだも進む。だから Steam のプレイ時間は「遊んだ量」ではなく「窓を開けていた時間」しか測っていない。レビューという形式そのものが、この一点でゆらぐ。本稿はそのゆらぎを読む。
Steam ストアページ掲載のスクリーンショット(1枚目)
メカニクスの言語化
動詞は少ない。歩く、拾う、置く、読む。ほぼそれだけだ。しかも全部が遅い。Washington Post の批評家は、古い蝶番の扉が開くのに数分かかる、と書いている。
だが本当の主動詞は画面の外にある。待つ、である。400日のタイマーは実時間で進み、プレイヤーが何をしていても、何もしていなくても減っていく。動詞を減らす設計は 減算設計の系譜 でも扱ったが、この作品は減らした先をゲームの外に置いた。
例外がひとつある。影の住処にいるあいだだけ、時間は速く進む。本を読む、絵を描く、眠る、楽器を鳴らす。掲示板の書き込みによれば、キノコを3つ食べると気を失って1時間飛ぶという。洞窟の外を歩いているあいだは、時間は通常の速さのままだ。
つまり作者は、核となる制約に自分で抜け道を用意した。ここが評価の分岐点になる。positive の一票は、この作品を「逆向きのクリッカー」と呼んでいた。数字を増やしていくのではなく、減るのを待つゲームだ、という意味である。
Steam ストアページ掲載のスクリーンショット(4枚目)
ゲームデザインの工夫
実時間だけを通貨にすると、困ったことがひとつ起きる。パソコンの時計をずらせば、通貨は偽造できてしまう。
作者の答えは徹底していた。発売当初、この一人用のゲームは起動にインターネット接続を要求した。時刻をサーバーと照合するためである。掲示板で作者は、いまのところ不正を検知できる安全な方法はこれしかない、と説明していた。
検知に引っかかると、影は「時間の牢」に落とされる。出るには悔悛のボタンを400回押さなければならない。400という数は、もちろん400日の写しだ。罰の形まで作品の主題に合わせてある。私はここに設計者の一貫性を見る。
ただしこの仕掛けは誤作動した。時計を触っていないのに牢へ送られた、という訴えが helpful 上位の negative に複数並んでいる。作者は自分の環境では再現できないと書き、時刻サーバーか、待機中の最小化かと推測していた。オンライン必須の条件は2024年6月の更新で外されている。
Steam ストアページ掲載のスクリーンショット(7枚目)
テンポと尺
レビュー群でいちばん割れているのは、難しさではない。尺だ。そして尺の見積もりが、書き手によって10倍以上ちがう。
日本語レビューには「実は約4か月で終わる」と書く票と、「実際は30日程度でクリアできる」と書く票が並んでいる。掲示板には、本気でやれば20日で最後のエンディングに届くという書き込みもあった。全部が同じ作品の話で、しかもどれも嘘ではない。エンディングは複数あり、400日待たない道が用意されているからだ。
negative 側の不満は、ほぼここに集まる。最初の50日でやることが尽きて、あとは放置だけになる。内容の薄さを遅さで埋めている。探索もパズルも早々に片づいてしまう。歩く遅さだけで無理だ、という短い票もあった。
同じ遅さを、positive はまったく別の言葉で書く。作業をしながら遊べる。仕事中の無口な同僚。内向きの人のためのたまごっち。苔が伸びる、蜘蛛が巣を張る、それだけで様子を見に行く理由になる。変化の速さを落とすと、小さな変化が読めるようになる。私はこれを観察解像度と呼んでいる。退屈をどう扱うかという話は 退屈を埋める盤面 でも書いた。負担と呼ぶか解像度と呼ぶかは、作品の側ではなく、その人の生活の側で決まる。
Steam ストアページ掲載のスクリーンショット(10枚目)
参照したレビュー群
本記事は 2026-08-26 時点の Steam ストアページのユーザーレビュー群と、公式情報・集計サイト・批評媒体・公式掲示板を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、繰り返し出てくる主張を再構成している。
・Steam: :THE LONGING:(3,869 件中 92% が好評・「非常に好評」/直近30日は 41 件中 90%/定価 14.99 ドル)
・helpful 順の positive 上位10件、negative 上位9件、新着順10件、および日本語レビューの上位10件を読了
・全言語の集計は SteamDB(約7,000件・好評率 89.4%)、批評家とユーザーの内訳は Metacritic(批評家79点・8本/ユーザー7.8・52件) に拠る
・専門媒体は Washington Post の Christopher Byrd によるレビュー を読んだ。時間の加速・時計の検知・オンライン必須の経緯は Steam の公式掲示板 の各スレッドと 更新履歴 で確認した。制作体制・配信履歴・受賞は Wikipedia の記事 による
・画像について。本文中の5枚はいずれも Steam ストアページ掲載の公式スクリーンショットで、URL の実在は appdetails API で確認している。ただし今回の実行環境からは画像CDNに到達できず内容を目視できなかったため、キャプションは作品名と素材種別、ストア掲載順だけの汎用表記に留めた。自作の図解は使っていない
結論
批評家の側にも同じことが起きている。Washington Post の Christopher Byrd は、残り387日、実時間で7日目という位置からこの作品を評した。締切のほうが作品より短いのだ。Metacritic は批評家8本で79点、不評は0本だが賛否両論が3本ある。ユーザースコアは52件で7.8だった。
レビューという形式は、ふつう「読み終えた本の感想」である。この作品ではそれが成立しない。だからレビュー欄は推薦文の集積ではなく、日誌の集積になった。直近の票にも「いまキノコを育てて奥へ行こうとしている」と現在進行形で書くものがある。プレイ時間の数字は 1.9 時間から 9,600 時間まで散らばり、中央帯はおよそ20〜30時間に集まるが、この作品ではその数字が何を意味するのかがそもそも定まらない。
Steam の92%に対して、私は7.8を付ける。加点は、ひとつの思いつきを最後まで手放さなかったことだ。歩く速さも、罰の回数も、通信の要求も、全部が「実時間だけが通貨」という一点から出ている。減点は二つ。400日のあいだに置かれた出来事の密度が前半に寄りすぎていること。そして通貨を守る仕掛けが、無実の人を牢に入れたことである。
誰に向くか。ゲームを閉じても続いているものを、月単位で気にしていられる人に向く。向かないのは、座って進めた分だけ進んでほしい人だ。時間を値段として扱った作品なら Minit もあるが、あちらが払わせるのはゲームの中の60秒で、こちらが払わせるのは自分の生活の側の400日である。同じ「時間」でも、財布が違う。
Steam ストアページ掲載のスクリーンショット(13枚目)
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