DESIGNER-STUDY · 2026-09-08

Thomas Grip の哲学 — パズルを「障害物」から「私がやった」へ書き換える

Penumbra / Amnesia: The Dark Descent / SOMA / Ontos

ホラーの人が、パズルについて7回書いた

16年前の今日、2010年9月8日に『Amnesia: The Dark Descent』が発売された。作ったのはスウェーデンの Frictional Games、中心にいるのが Thomas Grip(トーマス・グリップ)である。世間の分類ではホラーゲームの人だ。

だが私が今日この人を選んだのは、ホラーだからではない。この人は自分のブログで、パズルについて7回の連載を書いている。パズル専門の作り手より長く、パズルについて書き続けてきた人物なのだ。

しかも去年の12月、新作『Ontos』が発表された。本人は告知記事で「Ontos は従来の意味でのホラーゲームではない」と書いている(Xbox Wire 2025年12月11日 ↗)。16年分の言葉がどこへ向かったのかを読むには、ちょうどいい時期だ。Frictional Games の新作『Ontos』のリベール映像のサムネイル『Ontos』のリベール映像より(YouTube チャンネル frictionalgames「ONTOS – Reveal Trailer」)

先に結論を書く。この人の哲学は「パズルをなくす」ではない。「パズルの目的を、プレイヤーを試すことから、プレイヤーに『私がやった』と言わせることへ書き換える」だ。

16歳の関数電卓から、2007年1月1日の会社設立まで

Thomas Grip はスウェーデンのゲーム作家で、Frictional Games の共同創業者、そしてクリエイティブ・ディレクターである。日本では『Amnesia』と『SOMA』の会社として知られている。

会社の紹介文によれば、ゲームを作り始めたのは16歳、1997年のことだ。最初は関数電卓の TI-83、そこから QBasic、Pascal、C へ移った。動機はあっさり書かれている。「私は単に、作るのが好きだったから、これらのゲームを作っていた」(Frictional Games 2013年11月 ↗)。

会社の設立は2007年1月1日、Jens Nilsson との二人でスウェーデンのヘルシンボリに作った。作品は『Penumbra』3作(2007–2008)、『Amnesia: The Dark Descent』(2010)、『SOMA』(2015)、『Amnesia: Rebirth』(2020)、『Amnesia: The Bunker』(2023)、そして『Ontos』が続く。

この人の特徴は、作るだけで終わらないことだ。設計の考えを長文で公開し続けてきた。だから以下の引用はほとんど、本人の署名記事から取れる。

「面白さ」を目標から外す

2010年1月、彼は「面白さに注目すると失敗する」という題の記事を書いた。主張は一行で足りる。「デザイナーは、自分がどんな体験を届けたいかだけに完全に集中し、それができるだけ効果的に伝わるようにすべきだと私は思う」(Frictional Games 2010年1月6日 ↗)。

面白さは目標ではなく、うまくいったときの結果の一つでしかない、という立場だ。ここからパズルの扱いも自動的に決まる。2013年の記事では「パズルは、自分が作りたい体験に合っていなければならない」と書く(Frictional Games 2013年2月21日 ↗)。良し悪しを難しさや巧妙さで測っていない。

同じ記事で、彼はパズルの効用も認めている。「パズルはプレイヤーに目標を与える」。捨てるべきものとは考えていないのだ。むしろ「目標は、自分が賢いとプレイヤーに思わせることではない」と書いて、作り手の自慢を評価から外している。

この考え方は手順にもなった。2014年に公開した「4-Layers」は、どの場面にも Gameplay、Narrative Goal、Narrative Background、Mental Modeling の4層を通す作業手順だ(Frictional Games 2014年4月29日 ↗)。物語と操作を切り離さないための表と読める。Thomas Grip が4層の手法を解説した講演動画のサムネイル本人が4層の手法を解説した講演より(YouTube チャンネル FooCafe「Game design with 4 layers approach - Thomas Grip」)

「私がやった」と言える記憶と、木の棒一本

繰り返し出てくる言葉が二つある。一つは causal history、彼の言う「因果の履歴」だ。「要するに、プレイヤーが自分が引き起こしたと感じる行動の総和のことだ。『私が~した』として思い出される過去の行動のことである」(Frictional Games 2013年3月17日 ↗)。

だから設計の指示も具体的になる。「パズルの語り直しは、プレイヤーが行動している密度が高いべきで、受け身で見ているだけのものではない」。解けたかどうかを見ていない。後で人に話すとき、一人称の動作がいくつ入るかを見ている。私はこれを、かなり珍しい評価軸だと思う。

もう一つは「詰まらせない」への執念だ。2010年9月、彼は木の棒一本について記事を書いている。『Amnesia』の滑車に挟まった棒で、抜かないとハッチが開かない。「テストのたびに、必ず一人以上、このパズルで詰まるテスターがいた」(Frictional Games 2010年9月1日 ↗)。『Amnesia: The Dark Descent』公式トレーラーのサムネイル『Amnesia: The Dark Descent』の公式トレーラーより(YouTube チャンネル frictionalgames「Amnesia: The Dark Descent - Trailer」)

対策の列挙が読みどころだ。説明文の追加、テクスチャの変更、光と粒子の追加、モデルの拡大、そして別解の実装。棒一本にそれだけやっている。記事の最後はこうだ。「最後に、すべてのパズルの名において願う。このパズルが完璧に調整され、諸君の誰も詰まらないことを」。冗談めかしているが、執念の方が先に見える。

自作のパズルを、名指しで失敗と呼ぶ

2009年10月、彼は『Penumbra』のパズルを一つずつ採点する記事を書いた。褒めているものもある。目に見えないインクのパズルについては「パズルの要素と強いホラー演出が組み合わさったところが、私はとても好きだ」(Frictional Games 2009年10月19日 ↗)。

だが失敗側の書き方が容赦ない。爆発する薬品のパズルは「これは設計が悪かったせいで、多くの人が正しい結びつけができず、詰まってしまった」。終盤の Tuurngait Trials については「あの区画は成功とは到底言えなかった」と書く。自作をここまではっきり落とす作り手は多くない。

物理演算への期待も、本人が取り下げている。2009年8月の記事は、物理は冒険ゲームの「約束の地」ではないという題だ。理由は実務的で、「物理は、動くゲームにするために、実に多くの制限と特例を足すことを要求する」(Frictional Games 2009年8月26日 ↗)。『Penumbra』のトロッコは何時間も安定化に費やしても脱線した。「今思えば、ただアニメーションにしておく方がずっと楽だった」。

会社ごと沈みかけた話も、本人の署名で残っている。『Amnesia』開発中に契約を打ち切り、資金がほぼ尽き、給料が一か月分しか残らず従業員を解雇した(The Escapist 2011年7月12日 ↗)。戦闘も切った。「戦闘は最後の手段としてだけ使わせるつもりだったが、この種の遊びは実現が極端に難しかった」。同じ記事の一行が私には効く。「時間を注いだという理由だけで、明白な欠陥を見落としてしまうのは、実に簡単なことだ」。

助けるべきか、突き放すべきか

この人が一番長く悩んでいるのは、親切さの分量だ。2009年10月のヒント機構の回では、まずヒントの効用を認める。詰まる確率を下げられる、と。そのうえでこう書く。「しかし他の仕組みと同じで、ヒントは簡単に手取り足取りに変わり、体験を悪くしうる」(Frictional Games 2009年10月5日 ↗)。

試行錯誤にはもっと厳しい。2010年4月の記事の題は「なぜ試行錯誤はゲームを滅ぼすのか」だ。代案も書いている。「ゲームを『攻略されるもの』と考える代わりに、体験だと考えるべきだ。プレイヤーが『プレイする』のではなく『生きる』何かとして」(Frictional Games 2010年4月11日 ↗)。

この葛藤が最もはっきり形になったのが『SOMA』のセーフモードだろう。敵に襲われなくなるモードで、発売から2年後の2017年11月に追加された。理由は本人の言葉で残っている。哲学的なSFの物語を体験したいのに怪物のせいで遊べない、と言う人が出てきたから対応を考え始めた、という趣旨だ。そして「発売時にも似たものを出すことを実は検討したが、ゲームの核となる意図がぼやけすぎると感じてやめた」とも書いている(Frictional Games 2017年11月30日 ↗)。『SOMA』セーフモードの公式トレーラーのサムネイル『SOMA』セーフモードの公式トレーラーより(YouTube チャンネル frictionalgames「SOMA Safe Mode Launch Trailer」)

私が気になるのは、パズルへの評価が数年で揺れていることだ。2011年に『LIMBO』を論じたときは「生きた世界を作りたいなら、パズルはかなりの邪魔になりうる」と書いた(Frictional Games 2011年10月11日 ↗)。ところが2013年2月には、パズルを捨てるのではなく改良せよという立場で書いている。並べると転向のように見えるが、私は悩みが続いている証拠だと読む。

出発点は『バイオハザード』だった

影響源については、本人がかなりはっきり答えている。原点は『バイオハザード』だ。「こんなゲームが作れるとは、私は本当に知らなかった。アクションと探索とパズルの混ざり方が、私には完全に新しかった」(PC Gamer 2017年1月22日 ↗)。

言い方はさらに強くなる。「あれは、私がやってきたほぼ全てにとって導きの光だった」。同じ取材では「この15年、私は基本的に『バイオハザード』の一人称版をやってきた」とも語っている(2017年の発言)。ホラーの人と見られている人物の自己申告が、実は探索とパズルの混合物だという点は押さえておきたい。

同時代の作品も読み込んでいる。『LIMBO』については長い批評を書き、繰り返しへの不満をこう記した。ゲームのある部分をやり直すたびに「その仮想世界に居るという感覚」から遠ざかり、「アルゴリズムを解明する作業」に近づいていった、という趣旨だ。『LIMBO』側の設計者については当サイトにも記事がある(ジェッペ・カールセンの哲学)。二人を読み比べると、同じ問題に別の答えを出していることが分かる。

Kizuki の読み — この人を私はどう読むか

ここからは私の解釈である。私はこの人を「パズルを嫌ったホラー作家」ではなく、「パズルの合格条件を書き換えた人」と読む。

文章を年代順に並べると、消えていく評価軸がある。難しさ、巧妙さ、解いた人の賢さ、そして作り手の賢さ。残るのは一つだけだ。後で語り直したとき、一人称の動作がいくつ残るか。causal history という言葉は、その測り方に本人が付けた名前だと私は読む。

そしてこの基準は、ホラーだから採用されたのではないと思う。順番は逆だ。恐怖は、プレイヤーが自分の行動から目を離せなくなる、いちばん安上がりな装置である。彼は届けたい体験のために手段を選び、その手段がたまたまホラーだった。木の棒一本を何度も直した記録の方が、看板のホラーより本人の中心に近い — これが私の読みだ。

どこから触ると、この人が分かりやすいか

遊ぶなら『Amnesia: The Dark Descent』(2010)から。滑車の棒を抜く場面で、あの調整の記録を思い出してみるといい。次に『SOMA』(2015)。怖さが理由で敬遠していたなら、いまはセーフモードがある。

読むなら、ブログを年代順に3本でいい。2009年10月の「Penumbra puzzles」で自作の採点を、2010年4月の「Why Trial and Error will Doom Games」で立場の宣言を、2013年3月の「Puzzles and Causal Histories」で結論を見る。順に読むと、考えが動いていく様子まで見える。

近い人を続けて読むなら、『LIMBO』『INSIDE』『COCOON』のジェッペ・カールセンと、物語の容れ物を捨てたSam Barlowを勧める。三人とも「プレイヤーに何を思い出させるか」で設計している人たちだ。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Frictional Games 本人ブログ「Puzzles in horror games Part 3: Why physics puzzles is not the "promised land" of adventure games」2009-08-26

同「Puzzles in horror games Part 6: On "brain boosters" and hint systems」2009-10-05

同「Puzzles in horror games Part 7: Penumbra puzzles」2009-10-19

同「When focusing on fun fails」2010-01-06

同「Why Trial and Error will Doom Games」2010-04-11

同「Puzzle Tweaking – Tale of a Wooden Stick」2010-09-01

同「Thoughts on Limbo」2011-10-11

同「Puzzles, what are they good for?」2013-02-21

同「Puzzles and Causal Histories」2013-03-17

同「4-Layers, A Narrative Design Approach」2014-04-29

同「What is SOMA's Safe Mode?」2017-11-30

同「Thomas Grip: Co-founder, creative director」2013年11月(本人の経歴紹介)

The Escapist 本人寄稿「The Terrifying Tale of Amnesia」2011-07-12

Frictional Games 旧ブログ「Amnesia - One year later」2011-09-09

PC Gamer(Mat Paget)本人インタビュー 2017-01-22

Xbox Wire 本人寄稿「Introducing Ontos」2025-12-11

FooCafe「Game design with 4 layers approach - Thomas Grip」(本人講演)

リアクション(ログイン不要)

匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで

関連シリーズ

デザイナーの哲学第56回 / 全63回

次に読む

編集部からのおすすめ