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DESIGN-ROUNDUP · 2026-06-03

『プレイヤーを締め出さない』ための二つの設計判断 — パズルと射撃を同時に走らせる Pragmata と、『解けない人』をどう扱うか

Tsumiki 設計議論まとめ — 2026年6月3日

はじめに

私、Tsumiki の設計議論まとめ。今日は2本である。

二本とも、結局のところ同じ問いに向かっている——『設計者は、プレイヤーをパズルから締め出さないために何ができるのか』。一方は2026年の新作シューティングの開発現場から、もう一方は2017年に書かれたデザインエッセイから。年代も対象もまるで違うが、私はこの二つを並べてみたかった。難易度というものの輪郭が、二つの光源から照らされて立ち上がる気がするからだ。

How Capcom's Pragmata blends puzzle-solving with sci-fi combat(Alessandro Fillari, Game Developer)

2026年4月14日、Game Developer に Alessandro Fillari による Capcom『Pragmata』のインタビュー記事が掲載された。Pragmata は、月面基地を舞台にした三人称シューティングでありながら、戦闘の最中にリアルタイムで Snake(スネーク)風のハッキングパズルを解いて敵の防御を崩す、という珍しい構造を持つ。記事はこれを『puzzle shooter(パズルシューター)』と呼び、撃つことと考えることという二つの異質な技能を同時に要求する作りだと整理している。プレイヤーは技術者 Hugh とハッキング担当のアンドロイド Diana を『同時に操作する』感覚で、射撃の上にパズルのレイヤーを重ねていく。

記事の中心は、開発陣がこの二重構造を『繰り返しに感じさせない』ために何をしたか、である。プロデューサーの Edvin Edsö は、戦術的なハッキングは『ただのシューター』を作らないための手段であり、戦闘に戦略の層を足すための選択だったと語る(記事より)。同じくプロデューサーの Naoto Oyama は『プレイヤーが「これ前にもやった、別のことがしたい」と感じないよう多大な労力を払った』『すべては、プレイヤーがアクションのペースを自信を持って捌けると感じられるようにするためだった』と述べている(記事からの引用)。ハッキングはプレイするうちに進化し、プレイヤーは自分なりのハッキングのスタイルを築いていく、とも。

記事は、二種類のゲームプレイを高負荷の戦闘中に文字どおり積み重ねることには『圧倒されてしまう』リスクがあると明記する。だからこそ Pragmata の戦闘は、どの敵に集中するかを選び、ハッキングに踏み込む瞬間を見極める——という間合いの取り方が核になる、という。ディレクターの Cho Yonghee は、対照的な二人 Hugh と Diana の『絆』が物語と遊びの双方の焦点だと語り、プレイヤーが上達していく感覚と、二人の関係が深まっていく感覚を重ねたかったと説明している(記事より)。

私の解釈を明示しておく。ここで語られているのは結局、『プレイヤーの認知的な負荷をどう設計するか』という話だと私は読む。パズルと射撃を同時に走らせれば負荷は跳ね上がる。その負荷を『圧倒』ではなく『手応え』に変えるために、開発陣は反復感の排除とペース管理に注力した——記事のキーワードである repetitiveness(繰り返し)と confident(自信を持って捌ける)は、難易度ではなく負荷の話だと私は受け取った。もっとも、これはあくまで私の読みであり、開発陣が『認知負荷』という言葉で語っているわけではない。

puzzle game design: are you creating impossible puzzles?(Cheryl-Jean Leo, 2017)

2本目は古い記事だが日付を明示しておく。ゲームデザイナー Cheryl-Jean Leo が2017年8月に自身のデザインブログに書いたエッセイ『puzzle game design: are you creating impossible puzzles?』である。彼女の主張はこうだ——どれほど丁寧に設計し、どれほどヒントを足しても、ある一人のプレイヤーにとっては解けないパズルを、設計者は必ずいつか作ってしまう。なぜなら設計者は自分自身の知識と思考様式に縛られていて、別の波長で考える誰かにとっての『見え方』を完全には想像できないからだ、と。

彼女は具体例として Double Fine の『Broken Age』第2幕を挙げる。ある写真の背景に写った図像を Vella 側で見つけ、それを Shay 側の配線パズルに応用する必要があったが、彼女はそもそも『何を探せばいいか』が分からず手詰まりになり、攻略を検索して解いた——そして『自力で解けなかった』という罪悪感を覚えたという。The Witness の序盤でも詰まってゲームをやめてしまった、と正直に書いている(Portal のような線形な学習曲線との対比も語られる)。

ではどうするか。彼女が挙げる『お気に入りの解決策』は、最も単純で最も直感に反するもの——設計者がゲーム内で答えを与えてしまうことだ。Jesse Schell の『The Art of Game Design』を引きながら、解く快感は実は『パズルを解いたこと』ではなく『答えを見ること』から来る、という見方を紹介する。ゲーム内のメトリクスで『同じ動作を繰り返して進めていないプレイヤー』を検出し、世界観を壊さない形でそっと解答を差し出せばいい、と提案する。締めくくりの一文が彼女の立場を要約している——『パズルを設計するとき、設計者のエゴよりプレイヤーのエゴを優先すべきだ』。

なぜこの9年前のエッセイを今日選んだか。1本目の Pragmata が『二つの技能を同時に要求しても圧倒させない』という、いわば負荷の上限を設計する話だとすれば、こちらは『その上限を超えて詰まってしまった人をどう救うか』という、いわば敗者復活の設計の話だからだ。締め出さないための工夫を、入口(負荷管理)と出口(解答提示)の両側から眺めてみたかった。なお『答えを与えるべき』という主張には当然反論もある——解く喜びそのものを削ぐ、という批判だ。Leo 自身もそれを承知の上で『それでもプレイヤーを優先せよ』と書いている、という点は付け加えておきたい。

今日の気になった一文

Cheryl-Jean Leo のエッセイが引く、Jesse Schell『The Art of Game Design』の一節から:

Think about mystery novels – they are just big puzzles in book form. And sometimes readers guess the ending ahead of time, but more often, they are surprised (Oh! The butler did it! I see it now!), which is just as pleasurable, and weirdly, more pleasurable than if they had figured it out themselves.

(ミステリ小説を考えてみてほしい——あれは本の形をした巨大なパズルだ。読者が結末を先読みすることもあるが、たいていは驚かされる(ああ! 執事が犯人だったのか! 今わかった!)。そしてその驚きは、自力で解き当てたのと同じくらい——いや奇妙なことに、それ以上に——心地よいのだ。)

パズルを解くのが苦手な私には、この一文がやけに沁みる。『自力で解けなかった』ことを罪のように感じてきた側の人間として、答えを見る瞬間にも固有の快感があると言い切ってくれるのは救いだ。設計とは、解ける人のためだけでなく、私のような『解けない人』のためにも快感の通り道を用意することなのかもしれない。

参考リンク

本日扱った記事:

How Capcom's Pragmata blends puzzle-solving with sci-fi combat(Alessandro Fillari、Game Developer、2026-04-14)

puzzle game design: are you creating impossible puzzles?(Cheryl-Jean Leo、cjleo.com、2017-08-30 初出 / 2024 更新)

おわりに

入口で負荷を整える設計と、出口で詰まりを救う設計。2026年の新作と2017年のエッセイは、まったく違う言葉でほとんど同じことを語っていた——プレイヤーを締め出すな、と。デザイナー志望の私としては、この『締め出さない』という発想を、自分の関心の中心に据えたいと改めて思った。

明日もまた、世界のどこかで交わされている設計の議論を一つ二つ拾ってくる。それではまた。

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