DESIGNER-STUDY · 2026-07-21
Michael Brough の哲学 — 盤を縮めて、選択だけを残す
868-HACK・Imbroglio・Cinco Paus と「Broughlike」の設計思想
はじめに
自分の名前がそのままジャンルの呼び名になったデザイナーは、そう多くない。Michael Brough(マイケル・ブラフ)——極端に小さな格子の上で、ローグライクの一要素だけを深く掘り下げる彼の作風は、いつしか「Broughlike(ブラフライク)」と呼ばれるようになった(Wikipedia)。『868-HACK』は6×6、『Imbroglio』は4×4、『Cinco Paus』は5×5。盤はどんどん縮んでいく。それでも遊びは痩せるどころか、むしろ濃くなる。
私(Kizuki)がこの人を取り上げたいのは、その縮小が単なる奇癖ではなく、明確に言語化された設計思想に支えられているからだ。本稿は作品攻略ではなく、Michael Brough という設計者そのもの——哲学・こだわり・失敗と乗り越え方・ジレンマ・影響源——を、本人が語ったインタビューを引きながら考察する。引用は英語の原文をそのまま示し、原典に飛べるようにした。彼の発言は10年以上一貫していて、読み返すほど筋が通っている。
経歴 — 数学者から、ローグライクの職人へ
Michael Brough は1985年、ニュージーランドのオークランド生まれ。オークランド大学で数学の修士号を取得している(Wikipedia)。日本ではほぼ無名だが、インディー界隈では2010年代前半から「独特なローグライク作家」として知られてきた。『Zaga-33』『Corrypt』『868-HACK』『Imbroglio』『Cinco Paus』などを、多くはたった一人で作り上げている。
彼はゲームをジャンルの中で理解するタイプの作家で、その関心はローグライクに集中している。IGF では『VESPER.5』『Corrypt』などが Nuovo 賞のファイナリストに、『868-HACK』『Imbroglio』が Excellence in Design 部門のファイナリストに選ばれてきた(Wikipedia)。派手さはない。だが「削られた盤の上で、選択の一つひとつが効いてくる」設計の精度は、多くのデザイナーに影響を与えた。
哲学 — 大きくするより、近づいて見る
Brough の思想の中心には、「盤を大きくすることは進歩ではない」という確信がある。彼は原典 Rogue の80×20という大きな盤が、プレイヤーを長い廊下を走らせるだけで「選択をしていない」状態に追いやると指摘し、チェス(8×8)や囲碁(19×19)を引き合いに出して「囲碁より大きな可能性空間が必要になることは決してない(You should never need a larger possibility space than Go)」と語っている(PRACTICE 2013 講演、Wikipedia が本人講演から引用)。
『Imbroglio』を語ったインタビューでは、この確信がさらにはっきりする。「大きな空間は探索するには楽しいが、どの瞬間も、自分が関わっているのは目の前の周囲だけだ(While bigger spaces are fun to explore, at any given moment, you're only interacting with your immediate surroundings)」——だから残りの地図を切り捨て、一部屋にズームインすれば、その相互作用の細部にもっと集中できる、と(Gamasutra/Game Developer, 2016)。
興味深いのは、彼が小ささを「制約」ではなく「自由」として語ることだ。「こんなに小さく作り始めて、それでもどれだけの空間が残っているかに気づくのは、かなり自由な感覚だ(It feels quite freeing to start making something so small and then realise how much space you still have)」。そして「チェスは8×8で何世紀も人を魅了してきた。なのにビデオゲームでは、近づいて見るのではなく、できるからという理由でただ大きく大きくしてきた」と続ける(Gamasutra/Game Developer, 2016)。私はこれを、彼の設計全体を貫く第一原理だと読んでいる。
こだわり — 一つのメカニクスを、削って光らせる
盤の縮小と対になるのが、「一つのアイデアを掃除して核心に至る」というこだわりだ。『Cinco Paus』を語る彼はこう言う。「アイデアを掃除してその核心に到達することから、私は多くを得ている(I get a lot out of cleaning up ideas to get at the heart of them)」。ローグライクには「アイテム識別、より良い装備の収集、経験値、階層の深化、新しい呪文の習得…こうした進行のアーク(arc)がいくつも重なっていて、散らかっている」——彼はそれを一つずつ数え上げ、「これらのうち、本当に必要なのはいくつだろう?(how many of these do we really need?)」と問う(Game Developer, 2018)。
もう一つのこだわりは「全部を一人で作る」ことだ。『868-HACK』のサウンドは彼自身の声を加工して作られている。彼は言う。「すべてを一人でやることで得られる、singular な焦点がある(there's a singular focus you get from everything being done by one person)」。ただし彼はこれを絶対のルールとはせず、音や文章で他者と組んだこともあると正直に付け加えている(Gamasutra/Game Developer, 2013)。
『Imbroglio』の開発では、この削ぎ落としが具体的な数へと結晶する。4×4の盤、4隅に対応する4種の敵、4体倒すごとにレベルアップ、4段階の成長——「4×4のタイルがそれぞれ4×4体の撃破でレベルアップする、そこから盤を完成させるには4^4=256体の敵が必要になる」と彼は計算してみせる(Gamasutra/Game Developer, 2016)。数学者の手つきが、そのまま設計に出ていると私は感じる。
失敗と乗り越え方 — 大きすぎる野心で、何度も躓いた
Brough は自分の失敗を隠さない。『868-HACK』は、彼が「ほぼ永遠に(basically forever)」ローグライクを作ろうとしては、大きすぎる野心に躓いてきた末の産物だと語られている。7日間のローグライク制作チャレンジで『Zaga-33』を完成させた経験が、「本質だけに削ぎ落とす」ことを教えてくれた——そしてハードディスクには、大きすぎて未完成のままの4本のローグライクが残っている、と(Gamasutra/Game Developer, 2013)。この「4本の未完成」という告白は、彼の小ささへの信仰が挫折から来ていることを示している。
彼は設計の出発点についても正直だ。いつも明確なアイデアから始めるが、それは「必ずしもそのままではうまくいかない(turns out to not exactly work)」——「そこに到達するには、いつも実験が必要になる(it always takes experimentation to actually get there)」と語る(Gamasutra/Game Developer, 2013)。乗り越え方は一貫している。大きな一発ではなく、たくさん作って早く出し、反応から学ぶ。「巨大な夢のゲームを作ろうとするより、そのほうが早く上達できる」と彼は勧める(Gamasutra/Game Developer, 2013)。
デザイン上のジレンマ — 作家性と商業性、そして暴力への居心地の悪さ
2013年、彼の経済状況をめぐってインディー界隈で議論が起きた。もっと磨き込んで、もっと商業的にすればいいのに——という声に対し、Brough は反発する。「磨かれたゲームができれば MONEY HAPPENS(お金が入ってくる)と信じている人がいるが、そんなものは当てにできない(Some people seem to believe once you have a polished game MONEY HAPPENS, but no, you can't count on it)」(Gamasutra/Game Developer, 2013)。彼はまた「アウトサイダー・アーティスト」というレッテルも拒む。「それは appropriation(横取り)のように感じる。私はもうアウトサイダーではない」——今なお本当に無名で苦闘している人たちに対して不公平だ、と(Gamasutra/Game Developer, 2013)。
もう一つ、彼が公に語る葛藤は暴力だ。『Cinco Paus』を語る彼は、自作が「殺し」を中心に据えていることへの居心地の悪さを認める。「私は殺しのあるゲームを作っているが、それが十分に居心地悪いので、殺すこと自体を主目的にしないようにしている(I make these games with killing, but I'm uncomfortable enough with this that I...try to avoid making killing things the main goal)」(Game Developer, 2018)。
ただし彼は、この葛藤を安易に解消しない。非暴力的な生態系をモデル化しようと「より複雑な道」を試みると「散らかって、たいていどこにも行き着かない」から、便宜として単純化した対立(自分 対 敵)を使う——その便利さが居心地の悪さを上回るが、消しはしない、と正直に述べる。そのうえで仲間の開発者たちに「こうしたデフォルトを問い続け、挑戦し続けよう(keep asking... challenging these defaults)」と呼びかける(Game Developer, 2018)。悩みを解決済みとして語らないところに、私は誠実さを感じる。
影響源 — 数学、Rogue、そして会話
彼が明言する影響源の筆頭は、古典ローグライクだ。初期のインスピレーションとして『Castle of the Winds』を挙げ(Wikipedia)、『Cinco Paus』のアイテム未識別のアイデアは1980年代の Rogue に既にあったと指摘する。彼にとって Rogue は繰り返し立ち返る touchstone(試金石)であり、「ゲームには、習慣で機能を繰り返す傾向がある(there's this tendency in games to repeat features out of habit)」という批判の起点でもある(Game Developer, 2018)。
数学もまた、隠れた影響源というより公然たる基盤だ。彼は「数学には非常に美的な要素がある。それは芸術形式とも呼ばれる…私はこれらが対立するものだとは思わない(there's very much an aesthetic element to mathematics... I don't see these thing as being in conflict)」と語り、自らを「アーティスト」と名乗るようになったと明かす(Gamasutra/Game Developer, 2013)。チェスと囲碁への言及も、この数学的感性の延長にある。
見落とされがちだが、彼は「会話」からも設計の種を得ている。『Cinco Paus』の出発点は、別のデザイナー Zach Gage とのローグライクにおけるアイテム識別をめぐる会話だった、と本人が明言している(Game Developer, 2018)。孤独に一人で作る作家というイメージとは裏腹に、彼のアイデアは同時代の作り手たちとの対話の中で育っている。
Kizuki の読み
ここからは私(Kizuki)の解釈であり、本人がそう言ったわけではない。私は Michael Brough を「引き算を、謙虚さとしてではなく攻撃性として使う人」と読む。盤を縮めるのは、遠慮でも省エネでもない。むしろ「これは本当に必要か」と一つずつ機能を審問し、答えられないものを切り捨てていく——その刃は、慣習にも、自分の過去作にも、そしてローグライクというジャンルの前提そのものにも向けられている。『Imbroglio』を「矛盾している。小さな空間の中の長い成長のアーク。だがゲームとして成立するし、その perversity(ひねくれ)が心地よい緊張を生むといい」と語る彼の言葉には、削り込んだ末に残る奇形を愛でる姿勢がある(Gamasutra/Game Developer, 2016)。
そしてもう一つ。数学者としての彼は「正しい最小形」を求めるが、暴力への居心地の悪さを語る彼は、最小化が取りこぼすもの——単純化された対立の外にある、豊かで面倒な関係——を忘れていない。私が彼を面白いと思うのは、この二つが同居しているからだ。削って核心に至る職人であると同時に、その核心が何かを切り捨てていることに気づき続けている観察者。彼の小さな盤は、清潔さの表明であると同時に、切り捨てたものへの静かな後ろめたさの記録でもある——と、私は読む。
おわりに
Michael Brough に触れるなら、まず『868-HACK』から入るのがいい。6×6の盤の上で、資源を吸い上げるほど危険が増すという緊張が、彼の「近づいて見る」哲学を最も分かりやすく体感させてくれる。そこから4×4に極まった『Imbroglio』へ進むと、盤が縮むほど遊びが濃くなる逆説がはっきり分かる。ポルトガル語のみでリリースされ賛否を呼んだ『Cinco Paus』は、彼の「分からなさへの信頼」を味わう上級編だ。
関連する導線として、当サイトの Kizuki 記事では、彼が『Cinco Paus』の着想を得た会話の相手 Zach Gage、制約から人生や死を遊ばせる Jason Rohrer、単一メカニクスを磨く Zach Barth なども扱っている。小さな盤・少ないルールという主題でつながる作家たちだ。彼らを並べて読むと、「削る」という一語が、作家ごとにまるで違う思想を宿していることが見えてくる。
参考文献
本記事で参照した一次資料・出典:
・Gamasutra / Game Developer「The gorgeous math of Michael Brough's 868-HACK」(Leigh Alexander, 2013年9月)
・Wikipedia「Michael Brough (game designer)」(経歴、および PRACTICE 2013 講演「rogue(like)^n」からの引用)
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