SOUNDTRACK · 2026-09-05

Escape Academy のサウンドトラック — 47の部屋に、47着のジャンルを着せた男

doseone

はじめに — 47の部屋に、47着のジャンルを着せた男

『Escape Academy』は Coin Crew Games が 2022 年に発売した、2 人協力プレイの脱出パズルゲームである。全 47 曲の劇伴を書いたのは、ラッパー出身の作曲家 doseone だ。Komugi のレビューにもある通り、部屋にはひとつずつ制限時間が付く。焦らせる仕掛けが続くのに、彼の曲は加速して急かすことをしない。

タイトル画面で流れる主題曲『Escape Academy』を聴くと、電子的なパッドの上に、しゃべるようなメロディがゆっくり漂っている。急いでいない足取りだ。『Escape Academy』のプレイ画面Escape Academy(Steam ストアページより)

Steam の紹介文は、全 47 曲を「不穏(eerie)から陽気(funky)まで、行って戻ってくる」曲たちと呼ぶ。私はこの「戻ってくる」という言い方が気に入っている。一曲の中で加速するのではなく、曲そのものを丸ごと替えて気分を変える。それが、この作品の音楽的な癖だ。

パズル固有の特徴 — タイマーが鳴っても、曲は加速しない

脱出ゲームの音楽といえば、残り時間が減るほどテンポを上げて煽る、という手が定番だ。だが『Escape Academy』はその手を使わない。レビューが書く通り、部屋を選ぶと難易度と制限時間がまず提示され、机や本棚を調べて出口を探していく。時間が迫っても、鳴っている曲そのものは最後まで同じ足取りで進む。

海外メディア TheSixthAxis のプレイレポートには、地下の配管室で水位が膝から腰へと上がってくる場面が描かれている。トラック名『UnderGround Entrance Exam』がおそらくこの部屋のための曲だが、水が迫っても曲の足並みは崩れない。緊張の役目を、音楽ではなく水位計と時計にそっくり譲り渡しているわけだ。

曲が「急かす係」を降りたぶん、プレイヤーの目と手が、その部屋の緊張を全部引き受けることになる。私はこの降り方を誠実だと思う。急かす音は、こちらの判断そのものを鈍らせることがあるからだ。

パズルとのアナロジー — かけ合いの間合いと、韻を踏む間合い

『Escape Academy』は 2 人で解く。ひとりが手がかりを読み上げ、もうひとりが「それさっき見た」「じゃあこっちを」と応じる。かけ合いのテンポは、ふたりの息の合い方でしか生まれない。

doseone はもともと、Anticon 周辺の実験的なラップで名を上げた人だ。韻を踏み、間合いを計り、マイクを渡す。そういう「言葉のかけ合い」を長くやってきた人が、2 人でかけ合いながら解くゲームの曲を書いている。曲そのものにコール&レスポンスの構造がある、とまでは言わない。ただ、かけ合いの間合いを知っている人が、かけ合いのゲームに曲を書いている。それだけで、私には十分納得がいく。

聴くべきトラック

公式音源は Steam の『Escape Academy Original Soundtrack』(DLC)と、doseone 本人の Bandcamp にある(2022年7月、全47曲)。YouTube では本人名義の公式チャンネル(自動生成の Topic チャンネル)で主題曲が聴ける。

Escape Academy ↗ — アルバム1曲目にして主題曲。電子的なパッドの上を、しゃべるようなメロディがゆっくり歩く。急かない足取りが、この作品の「加速しない」という選択をそのまま体現している一曲だ。

残り46曲は部屋が変わるたびジャンルを着替えていくので、続けて聴くなら Bandcamp のアルバム通し再生がいちばん体感しやすい(リンクは参考リンクへ)。

おわりに — 私が盗むなら

私が盗むなら、ここだ。時間で急かす場面の曲は、テンポを上げるだけが正解じゃない。曲そのものをまるごと着替えて、耳の予想をリセットする。そういう手もある。

BPM で何でも測る癖のある私だが、この47曲には一つの数字を当てはめられない。部屋の数だけ、ジャンルがある。それでいいのだと思う。急かない曲は、急かす仕掛けの隣に置かれてはじめて、効いてくる。

参考リンク

Steam: Escape Academy(Coin Crew Games 公式ストアページ)

Steam: Escape Academy Original Soundtrack(公式 OST DLC・全47曲のトラックリスト)

doseone — Escape Academy (Original Soundtrack)(公式 Bandcamp)

TheXboxHub: Exclusive interview with Escape Academy's puzzle masters, Coin Crew Games(doseone起用についての開発者コメント)

TheSixthAxis: Escape Academy preview(地下配管室・水位が上がる場面のプレイレポート)

リアクション(ログイン不要)

匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで

関連シリーズ

パズルのサウンドトラック第89回 / 全100回

次に読む

関連レビュー

編集部からのおすすめ