DESIGNER-STUDY · 2026-09-29
Josh Wardle の哲学 — 一日三分で、手を離す
Wordle / The Button / r/place / Parseword
「やってはいけないこと」を、全部やった人
Wordle の作者は、自分の成功を「やってはいけないことをやった結果」だと説明する。2022年の GDC 講演の題は、そのまま「Doing the Opposite of What You're Meant To(やるべきことの逆をやる)」だった(原典 ↗)。
「Config 2024: Opting for the opposite」より(YouTube: Figma)
Josh Wardle(ジョシュ・ウォードル)は、Wordle を作ったソフトウェアエンジニアである。一日一問、五文字の英単語を六回以内で当てる。あの緑と黄色の升目の作者だ(原典 ↗)。
なぜ今、この人を取り上げるのか。2026年3月、彼は新作 Parseword を出した。英国式の「クリプティック・クロスワード」を、初心者にも解けるようにするゲームだという(原典 ↗)。
私は熱々の番茶を淹れて、2022年から2026年までの本人発言を並べてみた。すると「一日三分」という小ささの裏に、はっきりした考え方が見えてきた。
ウェールズの農場から、Reddit の実験室へ
Wardle は南ウェールズの農場で育った。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイでメディアアートを学び、米オレゴン大学でデジタルアートの修士号を取っている(原典 ↗)。
2011年、彼は Reddit にアーティストとして入り、のちにプロダクトマネージャーになった。そこで作ったのが、2015年の「The Button」と2017年の「r/place」である(原典 ↗)。
r/place は、100万ピクセルの巨大なキャンバスだった。ただし一人が一マス塗ると、5〜20分は次を塗れない。約72時間、世界中の人がこの一マスを奪い合った(原典 ↗)。
本人はこれらを「社会実験」と呼ぶ。人がネットでどう関わるかを、遊びとして探るものだったという(原典 ↗)。そして「自分の背景はアートで、面白いものを作りたいだけ。ビジネスの側にはあまり興味がない」とも語っている(原典 ↗)。
何も欲しがらないものを、人は信じる
発言を横断すると、一番よく出てくる主張はこれだ。「人は、見るからに何も求めてこないものを欲しがっていると思う」(TechCrunch 2022)(原典 ↗)。
言葉を変えて、何度も同じことを言っている。「一日三分だけ。それだけのゲームが欲しかった。それ以上は何も求めない」(GDC 2022)(原典 ↗)。ログインもない。個人情報も集めない。広告も置かない(原典 ↗)。
一日一問という形も、その延長にある。「一日に一回しか遊べず、全員が同じ単語なら、急にゲームに社会的な面が生まれた」と彼は振り返る(原典 ↗)。「答えを人に言えば台無しになる」という制限が、逆に人をつなぐ(原典 ↗)。
彼はこれを「成長が目的なら、やってはいけないことをわざとやった」と表現した(TechCrunch 2022)(原典 ↗)。私はここに、引き留めないことで信頼を得る、という一貫した姿勢を読む。
知っている言葉だけで、答えにたどり着かせる
作品ごとに繰り返すこだわりは「知らないせいで負けさせない」ことだ。Wordle の答えの候補は、パートナーの Palak Shah さんと一緒に選び直された(原典 ↗)。
英語の五文字の単語は約1万3000語ある。その多くは「かなりインチキな」言葉だった。二人はそれを約2500語まで絞った、と本人は語る(原典 ↗)。聞いたこともない単語が並ぶと「プレイヤーは嫌な気持ちになる」からだ(TechCrunch 2022)(原典 ↗)。
面白いのは、その選別自体を小さなゲームにしたことだ。1万3000語を一語ずつ表示し、「知っている」「知らない」「聞いたことはある」に分けてもらう仕組みを作った、と報じられている(原典 ↗)。
狙いについて彼はこう言う。「Wordle の面白さは、言語について知っていることから、答えを引き出せるところにある」(原典 ↗)。推理の材料は、プレイヤーの頭の中にすでにある。そこから外れた単語は、公平さを壊すのだ。
(図解)文字を消しても、解いた道のりは読める。灰=不在、墨=位置違い、朱=正解
2013年の試作は「ゴミみたいな見た目」だった
Wordle には、2013年の試作版がある。本人いわく「マスターマインドを持ってきて、色の並びのかわりに単語を当てるようにした」ものだ(原典 ↗)。
ただ、この版は失敗した。辞書にある約1万3000語から、答えをランダムに選んでいたからだ。「聞いたこともない単語を当てるなら、ゲームはただのマスターマインドになる」と彼は認めている(原典 ↗)。
Android アプリとして作ろうともしたが、GDC では「見た目はゴミみたいだった」「自分は Android のコードを書くのがひどく下手だった」と振り返った。そして彼は、このゲームへの興味を失った(原典 ↗)。
乗り越え方は、技術ではなく「誰のために作るか」を決め直すことだった。2021年、言葉遊びが好きなパートナーのために作り直したと語る(原典 ↗)。無限に遊べる形をやめ、一日一問にしたのもこの時だ(原典 ↗)。
広めたい。でも、広めさせたくない
彼が語ったジレンマの一つは「共有ボタン」だ。ゲームが「シェアさせよう」という思惑を持つことが、とても居心地悪かったという。「なぜ自分が、人にシェアを勧めているんだ?」(GDC 2022)(原典 ↗)。
答えはプレイヤーの側から来た。ニュージーランドの初期プレイヤーが、絵文字で升目を打ち込んで結果を共有し始めたのだ(原典 ↗)。彼はそれを取り入れた。リンクを付けると「ダサく見える」とも言っている(原典 ↗)。升目は、答えを明かさずに解いた道のりだけを見せる。
二つめのジレンマは、成功のあとに来た。彼には「ゲーム会社を経営する興味はまったくない」(原典 ↗)。一方で、他人がコピー作品で儲けるのを見て「文字どおり傷ついた。毎朝ひどい気分で目が覚めた」と語っている(原典 ↗)。
2022年1月、彼は Wordle を New York Times に売った。直後の心境は「今いちばん大きいのは喜びではなく、安堵だ」だった(TIME 2022)(原典 ↗)。儲けないゲームのために、弁護士を雇って差し止めを出したくはなかった、とも語る(原典 ↗)。
マスターマインドと、新聞のパズル欄
本人が認める影響源は、まずボードゲームの「マスターマインド」だ。先に見たとおり、Wordle は「マスターマインドを単語にしたもの」として始まった(原典 ↗)。
一日一問の形は、New York Times のゲームから来ている、と GDC で語られた(原典 ↗)。売却時の声明でも「NYT のゲームは Wordle の起源で大きな役割を果たした」と述べている(原典 ↗)。
「POPDuo: Will Shortz … Interviews Josh Wardle」より(YouTube: ChicagoToyAndGame)
ポッドキャスト「My Perfect Console」(2023)では、自分の理想のゲーム機に『The Witness』と New York Times のクロスワードを入れている(原典 ↗)。番組の概要からは選んだ理由まではわからないので、ここでは「選んだ」という事実だけを記しておく。
新作 Parseword の出発点は、クリプティック・クロスワードだ。本人は最初「どう始めればいいかわからなかった」と New Yorker に語ったと伝えられる(原典 ↗)。解けなかった自分の経験が、次の作品の種になっている。
Kizuki の読み — 足りなさで、人を集める
ここからは私の解釈である。Wardle の作品を並べると、どれも「足りなさ」で人を集めている。The Button はボタン一つ。r/place は数分に一マス。Wordle は一日一語だ。
普通の設計なら、足りなさは「もっと遊ばせる」ための仕掛けになる。だが彼の場合、足りなさは引き留めるためではない。同じ一問を、同じ日に、みんなで抱えるためにある。だから彼は、共有ボタンを押しつけることを嫌ったのだと私は読む。
つい指摘したくなる食い違いもある。2022年の GDC で彼は「人気やバズを狙って作ると、たいてい大失敗する」と言った(原典 ↗)。一方、2026年の Parseword は「今回は自分に降りかかるのではなく、自分の条件で出す」ものだという(原典 ↗)。私はこれを矛盾ではなく、同じ人が「手を離す場所」を選び直した、と読む。
どこから触れるか
まずは今日の Wordle を一問だけ解いてほしい。解き終えたら、升目を眺めてみる。文字のない色の並びに、自分の迷いが残っているはずだ。
次に Parseword を開くと、同じ人が「解けない側」に立って作ったことがわかる。私はまだ遊び込めていないので、中身の評価はしない。報道によれば、手がかりの言葉を選んで、アナグラムや反転を一つずつ試せる作りだという。
Will Shortz の哲学は、同じ新聞パズルの側から「フェアさ」を語っている。Zach Gage は知っている遊びを作り替える人だ。Jonathan Blow と The Witness も、Wardle が選んだ一本として並べて読むと面白い。
参考文献
本記事で参照した一次資料:
・GDC Vault「'Wordle': Doing the Opposite of What You're Meant To」(Josh Wardle 講演, 2022) — 講演概要 ↗
・Thumbsticks「Wardle on Wordle」(Daniel New, 2022-04-26) — マスターマインドとの関係、一日一問の社会性、言語から答えを引き出す面白さ ↗
・TIME「How Wordle's Creator Feels About Selling His Viral Game」(Karl Vick, 2022-02-01) — 売却後の「安堵」 ↗
・My Perfect Console with Simon Parkin「Josh Wardle, creator of Wordle」(2023-01-24) — 選んだゲーム一覧 ↗
・University of Oregon News(2022-02-04) — NYT への売却時の声明の引用 ↗
・NME「'Wordle' creator launches new puzzle game 'Parseword'」(Ali Shutler, 2026-03-11) ↗
・PuzzCulture「Meet Parseword」(2026-03-12) — Parseword の仕組み、New Yorker での発言の引用 ↗
・Wikipedia「Josh Wardle」 — 経歴の確認 ↗
・Wikipedia「r/place」 — 2017年版の仕様の確認 ↗
・YouTube: Figma「Config 2024: Opting for the opposite (Josh Wardle)」 — サムネイルのみ使用 ↗
・YouTube: ChicagoToyAndGame「POPDuo: Will Shortz … Interviews Josh Wardle」 — サムネイルのみ使用 ↗
※ New Yorker の記事本文は取得できなかったため、同誌での発言は Nieman Lab / PuzzCulture の引用を経由している。YouTube 動画は本文を視聴しておらず、発言の引用には使っていない。
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
デザイナーの哲学第68回 / 全70回

