SOUNDTRACK · 2026-08-20

Mini Metro のサウンドトラック — 路線図が鳴らす和音

Disasterpeace(Rich Vreeland)

はじめに

私の一日は、黒いコーヒーを一杯淹れることから始まる。Mini Metro を開くときの手順も、だいたい同じだ。まだ何も鳴っていない地図の上には、丸・三角・四角の駅が三つだけ置かれている。そこへ最初の線を一本引くと、低いシンセパッドがそっと差し込まれる。だいたいBPMで言えば、ゆっくり歩く速さより少し速く、心臓の鼓動よりはずっと遅い。ファンファーレはない。開発はニュージーランドの Dinosaur Polo Club、音楽・音響・実装を一人で担ったのは Rich Vreeland——活動名 Disasterpeace だ。

FEZ の八角形の宇宙を歌わせた同じ手が、ここでは路線図という別の器を選んでいる。音色の主成分はソフトシンセ Serum で作られた持続音と、細かく点滅するアルペジオの粒。乗客が増え、路線が伸びるごとに、この粒はただ賑やかになるのではなく、和声そのものを組み替えていく。それがこの記事の核心で、次の節でその仕組みを覗く。

線を引くと、和音が変わる——コードで書かれた音楽

Vreeland 自身が designingsound.org のインタビューで明かしているところによれば、Mini Metro の制作時間の大半は譜面を書く時間ではなく、コードを書く時間だった。当初は FMOD の導入を試みたが、最終的には Unity 用の再生プラグイン G-Audio に落ち着き、リズムの正確な間隔で音を鳴らす仕組みを自作した。トーンの多くはソフトシンセ Serum で、UI 音は正弦波を S-Layer に何百通りも通してから選び抜いたという。

肝は『Arpeggio module』と呼ばれる部分だ。各路線には、その時点ごとに固有の音とリズムが結びついている——路線を引く、車両を足す、トンネルを通す。そのたびに乗客の動きが『リズムに乗って広がる』ように設計され、『ゲーム側が音楽システムを聴いて反応する』状態を実現した、とVreelandは語る。つまり音は路線図の装飾ではなく、路線図の状態を映す鏡であり、しかもその鏡はプレイヤーの手の動きひとつで和声そのものを書き換える。

この設計は、パズルゲーム全般が抱える『同じ場面を何度もやり直す』問題への一つの答えにもなっている。路線を一本引き直すたびに、聴こえてくる曲は少しだけ違う顔をする。だから同じマップに何度失敗しても、鳴っている音は毎回わずかに更新される——ループに飽きさせない工夫が、譜面ではなくシステムの側に埋め込まれている。

都市が変われば、和声も変わる——サンパウロのボサノバ、ベルリンの電子音

Kill Screen の取材に対し、Vreeland は自分の仕事を『九割がコーディングだった』と振り返っている。目指したのは、プレイヤーが緊張せずに長く滞在できる『イマーシブな空間』だ。路線図が破綻へ近づくほどプレイヤーの手は忙しくなるが、音楽はそこで急かす側に回らない。むしろ余裕を作る側に立つ——これが Mini Metro のサウンドの最初の姿勢だと私は読む。

その余裕の中身は、都市ごとに違う顔を持っている。各都市は固有の和声進行(コア進行)を持ち、たとえばサンパウロはより遅いヴァイブで、ボサノバの影響を受けた質感が仕込まれ、ベルリンにはエレクトロニックな要素が編み込まれる。地形もダイヤグラムも違う都市を、Vreeland は音の質感でも書き分けていたわけだ。私はこれを、レベルデザインの仕事を和声にも分担させた例として読む。

つまり Mini Metro の音楽的な隠れたリンクは、メカニクスというより都市そのものにある。プレイヤーが東京の混雑を解いているとき、パリの穏やかさを解いているとき、鳴っている音の性格そのものが違う。パズルの難度曲線だけでなく、聴覚の記憶によっても『どの都市を解いたか』が刻まれる仕掛けだ。

解くテンポと、待つテンポ

線を一本引く行為そのものは一瞬で終わる。Mini Metro のパズルの本体は、その一瞬をいつ使うかという判断のほうにある。トンネルをいつ足すか、車両をどの路線に回すか、新しい駅をいつ諦めて見捨てるか——考える時間は路線を引く時間よりずっと長い。私は何でも BPM で測る癖があるが、この『考える速さ』と『アルペジオの速さ』は、驚くほど近い場所で並走している。

曲は私を急かさない。ただ、路線を引くたびに律儀に和音を差し替えて、今の路線図がどんな状態かを教えてくれる。だから Mini Metro の音は、思考のBGMというより、思考の結果を映す計器に近い。COCOON の低い持続音が歩行のテンポに寄り添うと以前書いたが、ここでは持続音ではなくアルペジオの密度そのものが、路線図の混雑度に寄り添っている。

そして崩壊が近づくと、密度は静かに増していく。これは恐怖を煽る音楽ではない。増えていく音の粒それ自体が、『そろそろ次の一手を』という促しになっている——催促ではなく、観測。パズルが解けているかどうかを、耳だけで薄く把握できる曲だ。

聴くべきトラック

Mini Metro のゲーム内音楽は本来生成的で、固定された『1曲』を持たない。Disasterpeace 自身がその手触りを聴ける形に書き出したのが、2016年公開の Bandcamp 限定盤『Mini Metro: RMX KIT』だ。公式音源はここに三曲、すべて Disasterpeace 自身の Bandcamp ページで公開されている。

・Keep the City Moving ↗ — 路線がまだ整然としている頃の質感。アルペジオが軽やかに歩く速さで並ぶ。

・One Week ↗ — 一週間分の乗客が積み重なった、少し息の詰まる密度。曲名そのものが、じわじわ迫る崩壊の時間を表している。

・Back to Work ↗ — 一度ゲームオーバーになり、また新しい地図に戻るときの手触り。短く、淡々としている。

おわりに——私が盗むなら

私が盗むなら、Vreeland の『九割はコーディング』という配分だ。良い曲を書いてから鳴らし方を考えるのではなく、鳴らし方の設計そのものを最初に据える。ループもの、リトライもののゲーム曲を書くときほど、この順番は効くはずだと思う。

もう一つ盗みたいのは、都市ごとに和声の性格を変える発想だ。私も曲を作るとき、一つの曲の中で場面ごとに音色を変えることはよくやるが、『レベルデザインの違い』を『キーの違い』に翻訳するという発想はなかった。次に何か作るなら、盤面が変わるたびにコード進行そのものを着替えさせてみたい。

解けない夜に流すなら、崩壊直前の密度が濃い場面より、この記事で挙げた『Keep the City Moving』のような、まだ余裕のある質感を選んでほしい。同じ Dinosaur Polo Club の Mini Motorways にも、Disasterpeace とは別の作家による、似た発想の生成音楽がある。路線図と道路網、どちらの余裕をより長く聴いていられるか、比べてみるのも一興だ。

参考リンク

・Bandcamp: Mini Metro: RMX KIT(Disasterpeace 公式・2016年12月23日)

・Disasterpeace 公式サイト: Music(Mini Metro のクレジット)

・Designing Sound: The Programmed Music of Mini Metro — Interview with Rich Vreeland (Disasterpeace)

・Kill Screen: Music of the Urban Commute — Designing Mini Metro's Soundtrack

・Steam: Mini Metro

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