SOUNDTRACK · 2026-07-25
Creaks のサウンドトラック — 何度でも生まれ直す『生きた』音楽
Joe Acheson(Hidden Orchestra)
はじめに — 薄暗い階段を、低い持続音が降りていく
赤い服の少年が薄暗い邸宅の階段を降り始めると、まず耳に届くのは輪郭のやわらかい低音だ。Komugi のレビューが扱ったこの手描きのパズル・プラットフォーマーで、Joe Acheson が書いた音楽は最初、テンポを数えさせない。だいたい歩幅ひとつぶんの間隔でピアノが一音落ち、ツィターの弦がかすかに震え、シンセのパッドがその余韻を受け止める。拍の角が丁寧に削られていて、下りていく足取りと同じ速度で世界がほどけていく。
作曲は Brighton を拠点にするスコットランド出身の音楽家 Joe Acheson、彼の Hidden Orchestra 名義の仕事だ。ピアノ、ベース、ツィター、アナログシンセ、フルート、ハルモニウム――ほとんどの楽器を彼自身が演奏し、そこに Jack McNeill のバスクラリネット、Rebecca Knight のチェロ、Poppy Ackroyd のヴァイオリンが重なる。邸宅を降りるほど時代をさかのぼるように音色が入れ替わり、素朴な手作り楽器から、鐘と合唱とオルガンのアンビエントなバロック、ピアノと弦の古典、アナログシンセの電子世界、そしてバスクラリネットが唸る地底のノワールへと沈んでいく。
『生きた』サウンドトラック — 同じ部屋に、同じ音はない
この音楽の核心は、ほとんどが録音の再生ではなく、その場で組み上がる生成音楽だということだ。Acheson は約 5 年をかけ、ゲーム内に 100 曲以上を用意した。市販の OST に収められた 21 曲は、その膨大な素材を『固定版』へ書き起こしたものにすぎない。制作記(PlayStation Blog)で彼が語っていたのは、注意深く制御したランダム性で、いくつもの案の中から毎回ちがう選択をさせる、という設計だった。
パズルゲームはリトライの芸術だ。プレイヤーは同じ部屋を何度も出入りし、同じ数秒を繰り返す。普通のループ BGM なら、この反復はやがて耳を鈍らせ、音楽は壁紙になる。Acheson の解はループでも無音でもなく、その第三の道――『二度と同じには鳴らない』ことだった。だから部屋に戻り直しても、音楽は前回の続きではなく、少し別の顔で立ち上がる。失敗の反復が、音の側では反復にならない。これはパズルというジャンルが構造的に抱える『繰り返し疲れ』への、真正面からの音楽的回答だと私は思う。
隠れたリンク — 台詞のない邸宅で、音楽が唯一の返事をする
『Creaks』には台詞も、インベントリも、画面上の説明文もない。ライトを当てて機械仕掛けの怪物を家具に変え、その家具を足場にして降りていく――規則はこれだけだ。だからこそ、『いま自分の一手は正しかったのか』を伝える役目が、まるごと音楽に託されている。PC Gamer の Rachel Watts は、この音楽を『パズルの内蔵ガイド』と呼んだ。手順が正しい方向へ進むと、そっとピアノの粒が撒かれたり、リズムの層が一枚加わったりして、あなたの背中を軽く押す。
面白いのは、新しい旋律が入ってきた瞬間に、自分ではまだ気づいていないのに『もう解けている』と分かってしまうことがある、と彼女が書いている点だ。音楽が答え合わせより一拍早く到着する。解き終えて部屋を渡り切る頃には、スコアはいくつもの楽器で分厚く積み上がっている。UI が黙っているぶん、フィードバックは音色の増減として身体に届く。メカニクスの寡黙さと、音楽の饒舌さが、きれいに裏表になっている設計だ。
パズルとのアナロジー — 考える速度に、音楽が歩幅を合わせる
私はいつも音楽を BPM で測る癖があるが、『Creaks』の音楽は数字で捕まえにくい。それはこの音楽が、メトロノームではなく思考の速度に同期しているからだと思う。プレイヤーがじっと盤面を眺めて長考するあいだ、音は薄く、遅く、ほとんど無拍で漂う。一手が決まり、道が見え始めると、そこに拍が芽生え、楽器が増え、テンポの体感がじわりと上がる。解く行為そのものが、無拍から有拍への移行として鳴る。
固定 BGM が『時間』で進むのに対し、この生成スコアは『理解』で進む。曲の展開が、プレイヤーの腑に落ちる瞬間と結ばれている。だから同じ部屋でも、早く閃いた人と、長く迷った人とでは、流れる音楽の形がちがう。楽譜が一つに定まらないのは欠陥ではなく、『あなたがどう考えたか』を記録する余白なのだ――と、二杯目のコーヒーを淹れながら私は思う。
聴くべきトラック
まずは制作の裏側から。Amanita Design 公式チャンネルのメイキング映像で、Acheson 自身が『生きたサウンドトラック』の設計思想を語っている。生成音楽が実際にどう鳴り分かれるのかが分かる。
固定版でじっくり浸るなら、Hidden Orchestra 公式の Bandcamp が確実だ。冒頭の「Entrance」「Attic」で邸宅の入口の空気を、後半の「Final Battle」で電子とノワールが極まる瞬間を。配信で流したい人は Spotify の公式アルバムからどうぞ。
・Bandcamp(公式): Creaks (Original Soundtrack) — Hidden Orchestra
おわりに — 私が盗むなら
私が自分の曲で盗むなら、『反復を反復として鳴らさない』という一点だ。ループ素材でも、分岐する短いフレーズを数種類用意し、戻ってくるたびに別の一つを鳴らすだけで、同じ場面が『二度目』の顔をしなくなる。無音か、無限ループか、の二択に見えていたところに、Acheson は『毎回わずかに生まれ直す』という三つ目の椅子を置いてみせた。
もう一つ持ち帰りたいのは、フィードバックを歌詞や効果音ではなく『楽器が一枚増える』ことで返す発想だ。何かがうまくいった合図を、音量ではなく音色の厚みで伝えると、聴き手は褒められたと気づかないまま前へ進める。同じ Amanita 一家の音を追うなら、Tomáš Dvořák が手がけたMachinarium のサウンドトラックも、静けさと饒舌の按配という意味で隣に置いて聴いてほしい。次に『Creaks』を起動したら、解く手より先に、耳で階段を降りてみるといい。
参考リンク
・Steam: Creaks(Amanita Design)
・Bandcamp(公式): Creaks (Original Soundtrack) — Hidden Orchestra
・PlayStation.Blog: Composing the self-generating soundtrack for Creaks(Joe Acheson 制作記)
・PC Gamer: The excellent music of Creaks is like a built-in guide to its puzzles(Rachel Watts)
・YouTube(Amanita Design 公式): The Music of Creaks (making-of)
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