SOUNDTRACK · 2026-07-24
The Turing Test のサウンドトラック — 人間か機械かを、ひとつの主題で問い続ける
Sam Houghton & Yakobo
はじめに — 目覚めの一音が、すでに疑いの色をしている
最初に鳴るのは「Waking Up」だ。Komugi のレビューが扱ったこの一人称パズル、木星の衛星エウロパの氷の下で、主人公 Ava Turing が長い冷凍睡眠から目を覚ます場面にかかる。持続するシンセのパッドと、遠くのピアノ、そしてときどき混線したラジオのようなノイズが割り込む。テンポはだいたい歩くより遅く、60 BPM の体温にも届かない。華やかさは一切ない。
作曲は Sam Houghton と Yakobo、オーディオ・リードは David Orton。彼らが選んだのは、暗く、最小限で、不安をゆっくり醸す音だ。派手なメロディで場面を持ち上げにいかない。目覚めの一音からもう、『ここは何かがおかしい』という色がついている。私はこの立ち上がりの禁欲がとても好きだ。音を足す前に、まず引く勇気がある。
ひとつの主題を、部屋ごとに着替えさせる
このスコアの背骨は、たった一つの動機だ。ほとんど全曲に同じ主題が忍ばせてある。「Welcome to Europa」ではそれが、落胆と『これから何かを見つける』という高揚の両方を帯びて鳴る。ところが「Violating Authority」では同じ主題が歪められ、より不吉に響く。表題曲「The Turing Test」に至っては、傍受された通信のような割れたノイズが出たり入ったりして、旋律の身元を曖昧にする。主題は変わらない。まわりの光の当て方だけが変わる。
ここにこのゲームならではの結びつきがある。The Turing Test の前提は、『人間にしか解けない』とされたパズルだ。姿を消した乗員が、AI には横に飛ぶ発想がないと踏んで、基地そのものを一連の試験に組み替えた。プレイヤーはエネルギー操作ツール(EMT)で電力を移し替えながら、部屋ごとに『お前は人間か、機械か』を問われ続ける。ひとつの動機が部屋ごとに姿を変えて戻ってくる構造は、この一つの問いが部屋ごとに形を変えて戻ってくる体験と、そのまま重なっている。音楽が物語の主題を、旋律のレベルで反復しているのだ。
解いても音楽は褒めてくれない — その突き放しの設計
面白いのは、この音楽がプレイヤーの手応えに反応しないことだ。オーディオを丁寧に聴いたThe Sound Architect のレビューも、パズルの突破口が開いた瞬間に新しい層が差したり、調が明るく転じたりはしない、と指摘している。解けても、音楽は表情を変えない。並のゲームなら『できた!』に合わせて一音鳴らすところを、ここでは鳴らさない。
その代わりに効いているのが沈黙だ。同じレビューによれば、ループが一巡したあと、次の再生までにかなり長い間(ま)が置かれる。詰まって同じ部屋に長居しても、音楽が耳元でしつこく催促してこない。私はこの割り切りを支持する。音楽を『ご褒美』ではなく『空気』として固定し、反応の仕事は別の音に任せる、という判断だ。ただし諸刃でもある。行き詰まった時間が延びると、変わらない音は少し疲れる。長い無音は、その疲れをちょうど薄めるための余白として置かれている。
私はこれを、以前ここで書いた二本の裏返しとして聴いた。FRACT OSC は解くほどに音楽が生えてきたし、Outer Wilds は思考には沈黙を、発見には音を割り当てた。The Turing Test はどちらでもない。発見にすら音を与えず、音楽を一枚の動かない壁として置き、そのぶん沈黙で呼吸させている。
パズルとのアナロジー — 考える速度と、動かない音楽
パズルを解く時間の本体は、頭の中で仮説をこねる沈黙だ。The Turing Test の音楽は、その速い思考の下に、変わらないゆっくりした持続音を敷いている。だいたい 60 BPM 前後、脈より遅い。速い頭と遅い音のあいだにできる時差そのものが、あの居心地の悪さの正体だと私は思う。音楽は急かさず、しかし安心もさせない。ずっと同じ温度で、こちらを見ている。
そして、実際に拍を刻んでいるのは曲ではなく、君の指先にある EMT だ。エネルギーを吸い、別の場所へ放つ。その音は重く、ほんの少しライトセーバーの一振りに似ていると評されている。解法が組み上がっていくリズムは、BGM ではなく、この道具の吸って放つ音が担っている。天井から吊られた AI・TOM の声も、部屋ごとに残響を着替えながら割り込む——楽器がもう一つ増えるように。曲が動かないぶん、リズムと反応は完全にプレイヤーの操作音とナレーションへ委ねられている。私はこの役割分担を、設計として美しいと思う。
聴くべきトラック
まずは目覚めの一曲から。冷凍睡眠から起きる場面の温度がそのまま入っている。
次に表題曲。混線したノイズが主題の身元をぼかす、あの『人間か機械か』の音。そして反省的に沈んでいく一曲を最後に。いずれも配信元(DistroKid)経由でYouTubeに自動生成された公式のアートトラックだ。
おわりに — 私が盗むなら
私が自分の曲で盗むなら、二つだ。一つ、主題をいくつも書かず、たった一つの動機を場面ごとに歪めて使い回す倹約。旋律を増やすより、同じ旋律に当てる光を変えるほうが、物語の一貫性を音で支えられる。二つ、音楽を反応させない度胸。解けた瞬間に音で褒めたくなる誘惑をこらえ、音楽を動かない空気に固定して、反応は道具の音や声に預ける。そのぶん、長い沈黙で呼吸させる。
聴き直すなら、夜、部屋の灯りを一つだけ残して。派手さがない音楽は、静かな場所でこそ、あの混線ノイズの不穏がよく効く。機械が書いたような音楽つながりでは Portal 2 を、楽園を一本の持続音で支える発想では The Talos Principle を隣に置くと、『人間か機械か』というこの一枚が、より立体的に聴こえてくるはずだ。
参考リンク
・Steam: The Turing Test(Bulkhead Interactive / Square Enix Collective)
・Apple Music: The Turing Test (Original Game Soundtrack) — Sam Houghton & Yakobo
・配信元(DistroKid): Sam Houghton & Yakobo — The Turing Test OST
・The Sound Architect: The Turing Test Audio Review(作曲・音響の解説、Audio Lead: David Orton)
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