SOUNDTRACK · 2026-06-07
The Talos Principle のサウンドトラック — 楽園は一本の持続音でできている
Damjan Mravunac
はじめに — 神の声と、測れないテンポ
目覚めると、ギリシャ風の廃墟に朝の光が落ちている。頭上から Elohim の声が降り、足元には草と石畳。そこに流れているのは、聖歌風のコーラスとシンセパッド、弦の持続音が溶け合った音だ。私は何でも BPM で測る癖があるのだが、この音楽には針が振れない。拍がないのではなく、拍を主張しない。だいたい1分聴いても小節線が一度も見えない、そういう遅さだ。Komugi のレビューが「目覚めた最初の朝」と書いたあの空気は、半分以上この音が作っている。
書いたのは Damjan Mravunac。Croteam のオーディオを長年ひとりで背負ってきたクロアチアの作曲家で、本業(?)は Serious Sam シリーズの爆走オーケストラ・ロックだ。あの「敵が百体突っ込んでくる音楽」と、この「誰もいない楽園の音楽」が同じ手から出てきた。この落差自体が、もう設計の話として面白い。
一本の「基本トラック」 — 14時間ループに耐える設計
Mravunac 本人が The Sound Architect のインタビューで語っている。Talos は彼にとって、強いリズムと覚えやすいメロディを意識的に避けた初めての仕事だったと。理由は明快で、平均プレイ時間が14時間を超えるゲームでは、曲が長時間ループされ続けるからだ。耳に残る曲ほど、二周目で疲れはじめ、十周目で憎まれる。
彼の答えは二層構造だった。まず、ドローンに近い性格の、まったく耳を引かない長い一本の「基本トラック」を常時流しておく。その上に、プレイヤーの行動に応じて、短く生き生きした小品をクロスフェードで出し入れする。これで「同じ曲を繰り返し聴いている」感覚が消え、雰囲気だけが連続する——本人いわく、ループ再生と比べて反復感が消え、空気が大きく変わったという。COCOON はリアルタイム生成で、Outer Wilds は沈黙で同じ問題を解いたが、Talos の解はもっと手作業的で、その分だれでも盗める。
実際にプレイしながら耳を澄ますと、この継ぎ目はほとんど聞こえない。パズル部屋に入る、レーザーを繋ぎはじめる、解けて扉が開く——そのたびに音の密度が少しだけ変わるのに、曲が「変わった」とは感じない。土台が一本つながったままだからだ。
パズルとのアナロジー — ルーパーの上で考える
Talos のパズルの核心は、後半に手に入る録音装置だ。過去の自分の行動を録音し、再生しながら、もうひとりの自分と協力する。スイッチを押す自分を録って、その間に扉を抜ける。これ、私たちが曲作りでやっていることと完全に同じ構造だ。ルーパーにギターのフレーズを録り、それが鳴っている上に次のフレーズを重ねる。Talos のプレイヤーは、知らないうちに多重録音の思考法を訓練されている。
そしてこの音楽が拍を主張しない理由も、ここに繋がっていると思う。録音パズルの長考は、数十秒の「段取り」を頭の中で組み立てる時間だ。もし背後で 120 BPM のビートが時を刻んでいたら、思考は急かされ、録音のタイミングは音楽のグリッドに引っ張られる。持続音はテンポを持たないから、プレイヤーのテンポを支配しない。考える人間の頭の中の速度が、そのままこの音楽の速度になる。
聴くべきトラック
まずは「Virgo Serena」。1分31秒の短いトラックに、この楽園の正体——美しさと作り物めいた静けさ——が全部入っている。
アルバム全体は Mravunac 本人の Bandcamp ↗ で聴ける。基本トラックの思想が分かるのは「A Land Of Great Beauty」や「The Worlds Of My Garden Are Many」あたりの長く穏やかな曲。終盤の「The Forbidden Tower」だけは例外的に低く唸る——登ってはいけない塔の音だ。ストリーミング派には YouTube Music の公式アルバム ↗ もある。
おわりに — 盗むなら「土台と装飾を分けて書く」
私が自分の曲作りに持ち帰るのは、あの二層構造だ。一曲を一曲として完結させるのではなく、耳を引かない長い土台と、出来事に反応して出入りする短い装飾を、最初から別のトラックとして書く。長く聴かれる音楽——ゲームでも、作業用でも、店舗のためでも——を作るとき、「いちばん良いメロディを我慢する」勇気が武器になることを、Talos は14時間かけて証明している。
聴き直すなら、終盤、塔を登るかどうか迷っているときに。Elohim の制止と聖歌の美しさが、同じ音源から出ていることに気づく瞬間がある。続編の Talos 2 では Mravunac は Lorelei とはまた別のやり方でオーケストラを導入していて、この「我慢」がどう解禁されたかを聴き比べるのも面白い。黒コーヒーはたぶん、二杯目が要る。
参考リンク
・The Sound Architect: Damjan Mravunac インタビュー(基本トラックの設計について)
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