SOUNDTRACK · 2026-08-01
Into the Breach のサウンドトラック — 最後のメカが着地した瞬間に鳴る
Ben Prunty
はじめに — 静かな戦略ゲーム、ではなかった
Into the Breach の音楽は、タイトル画面から思ったより前に出てくる。低く唸るシンセの床の上に、ミュートしたエレキギターの刻みが乗り、チェロとハープがその隙間を縫う。終末を描いた作品なのに、湿っぽくない。だいたい 100〜110 BPM くらいだろうか——耳測りだが、行進というより『これから何かを立て直す』テンポだ。黒コーヒーを淹れ終わる前に、もう手が動きたくなる。
作曲は Ben Prunty。FTL の音で知られる人だ。彼はこの仕事を「自分の快適圏のかなり外だった」と PC Gamer の自コラムで書いている。実際、完成した音は FTL のメランコリックなシンセとは別物で、弦とギターがぶつかり合う、もっと体温の高い音楽になっている。私はこの『体温』がどこから来たのかを追いたい。Komugi のレビューが『これは戦略ではなくパズルだ』と書いたこの 8×8 に、なぜ熱い音が合うのか。
『戦略ゲームの音楽は静かであるべき』を捨てた日
Prunty はまず定番を疑うところから入った。終末もの=ハリウッド流のもの悲しいフォーク、という刷り込みを捨てる。次に『ターン制戦略の音楽は静かで控えめであるべき』という前提でロー ファイの環境音やチェロ入りのアンビエントを試したが、チームの誰も——本人も——気に入らなかった。ホラーゲームみたいになってしまった、と彼は正直に書いている。
転機は、共同デザイナーの Justin が一本の動画を渡したことだった。二人のチェリストが Hans Zimmer の『Inception』を弾き倒す、あの猛烈にエネルギッシュな演奏だ。Prunty はそれを「それまで自分が作ってきた全ての正反対だった」と言う。チームは『戦略ゲームの音楽は静かであるべき』という考えを丸ごと捨て、その熱量を最初のトレーラー曲に注ぎ込んだ。ここで音の方向が決まった。
決め手はギターだった。当時 Prunty は独学でギターを始めたばかりで、Fender の Stratocaster を手にしていた。得意になりつつあったミュート奏法のリズムギターを、書きかけの曲に重ねてみたら——曲が一気にまとまった。三本のギターをディレイで重ねたそのリフは、以後サウンドトラック全体の『背骨』になり、あちこちに顔を出す。終末の音を、大編成の弦楽ではなく指先の刻みで鳴らした。私はここに一番しびれた。
無音を撃ち込む — 音楽が『鳴り出す』瞬間の設計
この作品でいちばんパズル的なのは、実は『どこで音楽が鳴らないか』だ。Prunty は、良い曲を書くことと同じくらい『実装』——どこで鳴らし、どう始め、どう止め、無音をどれだけ挟むか——が効くと言う。当初はメニュー曲と戦闘曲を切れ目なく流していたが、常時鳴る音楽はプレイヤーを疲れさせると気づいた。
そこで彼は一つの仕掛けを入れた。プレイヤーが Start Mission を押すと、メニュー曲はフェードアウトするが、すぐには何も始まらない。メカを盤面に配置しているあいだ、聞こえるのは環境音だけだ。ミッションは始まっているのに、音楽がない——その空白が緊張を生む。そして配置を終え、三体のメカが空から降ってきて、最後の一体が地面を叩いた瞬間、音楽が立ち上がる。溜めた沈黙が、そこで解放される。
これはパズルゲームの『開始/リトライ キュー』設計そのものだ。Into the Breach は完全情報の詰将棋で、盤面を睨む時間が長い。もし戦闘曲が Start の瞬間から鳴っていたら、その長考のあいだずっと音楽が空回りする。音楽を『着地』に同期させたことで、沈黙は考える時間の器になり、着地音は決意のトリガーになった。鳴らさない勇気が、鳴った時の一発を強くしている。
パズルとのアナロジー — 8×8を睨む静けさと、着地の一撃
私はいつも解くテンポと音楽のテンポを重ねて考える。Into the Breach は 8×8 のマス目で、次に敵がどこを殴るかを全部見せられた状態から手を組み立てる、静かな完全情報パズルだ。プレイヤーの脳内は、実はとても静か——手を戻し、また戻し、最善手を探る反復の時間だ。ここに常時 BGM を流すのは、ピアノの練習中にメトロノームを爆音で回すようなもので、思考のテンポを壊す。
だからこの音楽の構造は正しい。長考のあいだは環境音の沈黙、決断して駒が着地した瞬間に、ギターとチェロが一気に走り出す。静→動の落差が、そのまま『考える→指す』というパズルの呼吸に一致している。しかも鳴り出す音楽は静かでなく、むしろ攻めている。完全情報で乱数がないぶん、感情の起伏は音楽が肩代わりする——盤面は冷徹でも、耳は熱い。この配分が、冷たいパズルに体温を通わせている。
聴くべきトラック — まず背骨のリフから
公式音源は Ben Prunty 自身の Bandcamp で全曲試聴できる。Into the Breach Soundtrack — Ben Prunty 公式 Bandcamp ↗。まずはアルバムのタイトル曲「Into the Breach」から。例の三本重ねギターと弦の熱量が、いちばん濃く出ている一曲だ。
次に「Open a Breach」。戦闘の立ち上がりを担う曲で、あの『最後のメカが着地した瞬間に鳴り出す』設計を思い浮かべながら聴くと、なぜ頭から前のめりなのかが腑に落ちる。Open a Breach — Ben Prunty(公式トピックチャンネル)↗。配信派は Ben Prunty — YouTube 公式トピックチャンネル ↗ から辿れる。2022年の Advanced Edition では曲も追加されている。
おわりに — 私が盗むなら『鳴らさない設計』
自分が曲を作るなら、盗むのは曲そのものより『鳴り出すタイミング』だ。Into the Breach が教えてくれるのは、緊張は音でなく無音で作れる、ということ。一番効かせたいフレーズの前に、意図的な沈黙を数秒置く。プレイヤーの動作——ここではメカの着地——に頭出しを同期させる。それだけで同じ曲が二倍鳴る。ループ素材を書くときも、私は『どこで切るか』を先に決めるようになった。
聴き直すなら、何か決断を迫られている作業の前がいい。メールの送信ボタンを押す直前、みたいな場面だ。あの『着地の一撃』が背中を押してくれる。終末の音楽なのに、不思議と前向きなのだ。関連作としては、同じ Prunty の FTL——あちらは逆に、静かなシンセで喪失を描く。二枚を続けて聴くと、同じ作曲家が『静けさ』を正反対の向きに使い分けているのが分かって面白い。黒コーヒーのおかわりを淹れる価値はある。
参考リンク
・Ben Prunty 公式 Bandcamp: Into the Breach Soundtrack
・Ben Prunty 公式 Bandcamp: Into the Breach Advanced Edition Soundtrack
・Ben Prunty 公式サイト: Into the Breach Soundtrack
・PC Gamer: How I made Into the Breach's soundtrack(Ben Prunty 自筆コラム, 2018)
・NME: Into the Breach and the unlikely sound of the end of the earth(インタビュー)
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