SOUNDTRACK · 2026-07-26

Murder by Numbers のサウンドトラック — 90年代ロサンゼルスの探偵ドラマ、そのマスを一つずつ塗る音

Masakazu Sugimori(杉森雅和)

はじめに — 拾われたロボットと、少しくたびれたラウンジの音

1996年、テレビの探偵ドラマ『Murder Miss Terri』を降板させられた女優 Honor Mizrahi が、ゴミ捨て場で記憶を失ったロボット SCOUT を拾う。そこから二人は本物の殺人事件に巻き込まれていく。Komugi のレビューが扱ったこのノノグラム×アドベンチャー Murder by Numbers で最初に耳へ届くのは、エレクトリックピアノとブラシの効いたドラム、少しレトロなシンセの効いた——90年代の刑事ドラマのオープニングを模した、あの軽く洒落たラウンジの音だ。

書いたのは Masakazu Sugimori(杉森雅和)。『逆転裁判』第1作、『Viewtiful Joe』、『Ghost Trick』を手がけ、大阪を拠点とする作曲家である。開発元 Mediatonic にとっても本人にとっても、これは日本国外が主導した作品への初めての参加だった。サウンドトラックは2021年3月、Black Screen Records から全30曲(約72分)で公開されている。テンポは曲によって幅があるが、耳測りでだいたい中速——歩くより少し速い、事件を追う足取りのような脈が基調だ。

『Puzzle -』と名のついた5曲 — マスを塗る時間のために書かれた音

このサウンドトラックには、曲名の頭に『Puzzle -』と付いた曲が5つある。The Unbeatable Duo、The Digital Detective、On The Right Path、Got Your Back、Towards the Truth。これらは会話や演出用ではなく、ノノグラムを解いている最中だけ流れる、パズル専用のループだ。私はこの割り当てそのものに感心する。多くのゲームで探索曲がそのまま流用される場面に、Murder by Numbers はわざわざ『考える時間のための音』を別に用意している。

ノノグラムは、行と列の数字を手がかりにマスを塗るか×を置くか決めていく論理パズルだ。手が止まり、目が数字と盤面を往復し、また一マス塗る——その反復に、これらの曲はジャジーなベースラインと軽快なドラムで、切れ目のない推進力を敷く。耳測りでだいたい 110〜130 BPM のあたり、指がリズムに乗れるが急かされない速さ。そして重要なのは、2分半から3分近い尺が飽きずにループするよう、和声が少しずつ表情を変えていくことだ。長考しても曲が『同じところをぐるぐる』に聞こえない設計になっている。

パズルゲームの音楽が普通の BGM と決定的に違うのは、ここだと私は思う。プレイヤーがいつ解き終わるか作曲者には分からない。30秒の人もいれば5分の人もいる。だから曲は、どの長さで抜けても自然で、留まっても摩耗しない——その両立を引き受けねばならない。

テレビ番組の中にいる、という嘘 — Honor's Theme と『逆転裁判』の血筋

Murder by Numbers の世界は、キャンプ(過剰でお茶目)な90年代テレビ文化そのものだ。撮影スタジオ、きらびやかな授賞式、ドラァグクラブ。音楽はこの舞台設定を『あなたは今テレビドラマの中にいる』という嘘として成立させる装置になっている。とりわけ Honor's Theme は、劇中の探偵ドラマのテーマソングを装った一曲で、アルバム最後にはボーカル版(Honor's Theme (Vocal Ver.))も収録される。歌唱はスコットランドのシンガー Bright Light Bright Light(Rod Thomas)、作詞はゲームのデザイナー兼ライター Ed Fear。作曲者ではなく脚本家が詞を書いた点に、これが『番組の主題歌』という虚構の一部であることがよく表れている。

そして忘れてはならないのが血筋だ。Sugimori は『逆転裁判』第1作の作曲者であり、Murder by Numbers はビジュアルノベル部分の構造も尋問の呼吸も、あの法廷ドラマの遺伝子を引いている。証拠を『つきつける』瞬間に走る音の立ち上がり方、真相へ一歩踏み込むときの転調——プレイした人が思わず既視感を覚えるとしたら、それは偶然ではなく、同じ手が20年をまたいで同じ緊張の作法を書いているからだ。

パズルとのアナロジー — 盤面を塗る反復と、ループする和声

ノノグラムを解く体感は、直線的ではなく反復的だ。数字を読み、確定できるマスを塗り、また別の行へ目を移し、さっき塗った列と突き合わせる。前進と後退を細かく繰り返しながら、少しずつ絵が浮かぶ。私は、この『少しずつ確定していく』感触と、Sugimori のパズル曲が持つループ構造がよく響き合っていると思う。

良いパズル曲のループは、ただ同じ8小節を繰り返さない。ベースは同じ歩幅を保ちつつ、上物のコードや装飾が周回ごとに微妙に色を変える。プレイヤーの手が進んでいる感覚と、曲が少しずつ表情を変えて進んでいる感覚が、意識の下でそっと同期する。急かさず、しかし止まらせない。解けたときの解放は音楽ではなく効果音とジングルに任せ、思考の最中はひたすら滑らかな脈を保つ——この役割分担が、Murder by Numbers のパズルパートを心地よくしている核心だと私は聴く。

聴くべきトラック

まずは番組の顔である Honor's Theme。ラウンジ調の軽やかさと、どこか懐かしいテレビ主題歌の骨格が同居している。公式音源(Black Screen Records チャンネル)で。

そして本稿の主役、パズル専用ループの一つ Puzzle - On The Right Path。マスを塗る指のために書かれた推進力を、実際に耳で確かめてほしい。

劇中の主題歌がそのまま歌になる瞬間を聴きたければ、Honor's Theme (Vocal Version) ↗(歌: Bright Light Bright Light / 詞: Ed Fear)。アルバム全体は Black Screen Records の Bandcamp ↗ で。

おわりに — 自分が作るなら盗む点

私が Murder by Numbers から盗むなら、まず『考える時間のための専用曲』という発想そのものだ。探索・会話・戦闘に曲を割り当てる作曲家は多いが、『プレイヤーが黙って手を止めて考えている数分』を独立した音楽的状況として設計する視点は、パズル以外のジャンルでも効く。長く留まっても摩耗しないループ——同じ歩幅のベースに、周回ごとに色を変える上物という配合を、私は自分の曲でも試したい。

もう一つは、Honor's Theme のような『劇中劇の主題歌』を、作曲家ではなく脚本家に作詞させて虚構の一部に埋め込む手つき。音楽をただ流すのではなく、世界の設定を裏づける小道具として使う発想だ。作業の合間に Puzzle - Towards the Truth を流し、指がリズムに乗ったまま止まらない感覚を確かめてみてほしい。同じ杉森の血筋を辿るなら、当サイトの The Turing Test や、法廷の緊張を音で作る作法として『逆転裁判』本編にも耳を伸ばしてみるといい。

参考リンク

Black Screen Records: Murder By Numbers (Original Game Soundtrack) 公式ページ / トラックリスト・クレジット

Steam: Murder by Numbers Soundtrack & Artbook(公式 DLC)

Apple Music: Murder by Numbers (Original Game Soundtrack)

YouTube (Black Screen Records): Honor's Theme

Wikipedia: Murder by Numbers (作曲・ボーカル・作詞のクレジット、設定)

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