SOUNDTRACK · 2026-08-05
Ghost Trick のサウンドトラック — 死の4分前を組み替える、憑依のスウィング
Masakazu Sugimori(杉森雅和)
はじめに — 霊になった夜、最初に鳴るスウィング
廃品置き場で、主人公シセルは自分の死体のそばで目を覚ます。記憶はない。夜明けまでの数時間で自分の死の真相を追うことになる——Komugi のレビューが扱ったこの憑依パズルアドベンチャー Ghost Trick で最初に耳へ届くのは、ウォーキングベースとエレクトリックピアノ、ブラシで撫でるようなドラムに乗った、少しノワールで、けれど足取りの軽いジャズだ。テンポはだいたい中速——歩くより少し速い、犯人を追う夜更けの脈のような速さ。悲劇の話をしているのに、音楽はどこか身軽に転がっていく。
書いたのは Masakazu Sugimori(杉森雅和)。『逆転裁判』第1作、『Viewtiful Joe』を手がけた作曲家で、私はこの人とMurder by Numbers の回で一度会っている。オリジナルは2010年のニンテンドーDS版、全37曲。2023年の HD リマスターでは Yasumasa Kitagawa(北川保昌)の編曲で全曲が録り直され、主要な配信サービスで聴けるようになった。
『Ghost Trick: Phantom Detective』(Steam公式スクリーンショットより)
パズル固有の特徴 — 「死の4分前」と、ループが待つということ
Ghost Trick のパズルは独特だ。シセルは物体に憑依し、その物体が持つたった一つの動作(自転車が倒れる、旗が揺れる)を引き起こし、それを連鎖させて、誰かが死ぬ4分前の世界を組み替える。失敗すれば「死の4分前」へ巻き戻して、また試す。つまり音楽は、プレイヤーが盤面を睨んで動かない長考の時間にも、何十回目のやり直しの下にも、流れ続けなければならない。
だから Sugimori の書くキューは短い。数小節で気持ちよく一周するジャズのループで、繰り返しても擦り切れない。派手なフックを一発置くのではなく、ベースとコードの循環に軽い抑揚を残しておく——耳が飽きる寸前でわずかに表情が変わる。長考を急かさず、やり直しを責めない。パズルゲームの音楽が越えなければならない一番低いハードルは「何度聴いても嫌にならないこと」で、この作品はそこを最初から設計している。
体験との隠れたリンク — 巧舟が立ち会った、13年後の再録
2023年のリマスターで面白いのは、音楽に対する扱いだ。ディレクターの巧舟は開発本体は開発チームに委ねた一方で、音楽の再編曲だけは自ら監修した。北川保昌と組むのは『大逆転裁判』以来で、原曲の作曲者 Sugimori とも再会したと、開発陣は Destructoid のインタビューで語っている。オリジナルを愛した人ほど、この再録が単なる高音質化ではなく、当事者が立ち会った「弾き直し」であることに気づくはずだ。
リマスターには Sugimori による新曲 "Ghost World" が一曲だけ足されている。プロデューサーの Shingo Izumi は「タイトルの通り、この世界の不思議さと空気感を捉えた曲」だと述べた(Destructoid)。DS 版やスマホ版を遊んだ人にも新しい体験を——という意図だという。憑依して物を操るという奇妙な設定に、13年後の作曲家がもう一度輪郭を与える。メカニクスと音楽の結びつきを、後追いで太くする珍しい例だ。
パズルとのアナロジー — 巻き戻しは、ダ・カーポだ
私の見立てはこうだ。Ghost Trick を解くテンポは「憑依する→動作を仕掛ける→連鎖がカチカチと進むのを見守る→ダメなら巻き戻す」の周回でできている。これは、グルーヴのあるループを頭から何度でも掛け直す音楽そのものの構造と、驚くほど似ている。連鎖が進む数秒間はメトロノームのように時間が刻まれ、失敗して4分前へ戻る瞬間は、譜面の頭へ戻る記号——ダ・カーポだ。
Stephen's Sausage Roll の長考には沈黙が似合い、COCOON の歩行には低い持続音が似合う。では憑依と巻き戻しには何が似合うか。答えは、頭出しに強いスウィングだ。どこで途切れてどこから掛け直しても、拍が生きていて、時間が前へ進んでいる感触が失われない。Sugimori のループは、止められること・やり直されることを最初から織り込んでいる。悲劇のカウントダウンの下で、音楽だけが軽やかでいられる理由がそこにある。
聴くべきトラック — 公式音源で
まずはメインテーマ。ウォーキングベースの上を旋律が跳ねる、この作品の名刺代わりの一曲だ。夜と探偵と少しのユーモアが、数十秒で全部詰まっている。
コミカルな場面を支える "Chicken Paradise" は、緊張の連続する物語に呼吸を作るための軽口のような曲。緩急の設計をそのまま音にした一曲として聴くと面白い。
そしてリマスターの新曲 "Ghost World"。この世界の不思議さを一枚の絵のように差し出す、13年越しの追伸だ。いずれも2023年版のオリジナルサウンドトラックとして各配信サービスで公式に聴ける(下記リンク参照)。無断アップロードではなく、公式音源で耳に入れてほしい。
おわりに — 自分が作るなら盗む点
私が曲を作るなら、この作品から盗むのは「中断される前提で書く」という覚悟だ。頭出しに強く、どこで切ってもグルーヴが死なないループ。派手な一発ではなく、繰り返しに耐える循環。パズルの長考とやり直しに寄り添う音楽は、たいていこの一点でできている。もう一度聴きたくなるのは、盛り上がる瞬間ではなく、何度戻っても嫌にならない土台のほうなのだ。
聴き直すなら、締め切りに追われて同じ作業を何周もしている夜がいい。巻き戻しても軽やかでいられる音は、そういう時間にこそ効く。同じ作曲家の仕事を追うならMurder by Numbers の回へ。憑依と連鎖のメカニクスそのものが気になったら、本編のレビューへどうぞ。
参考リンク
・Steam: Ghost Trick: Phantom Detective Original Soundtrack 2023(公式 OST DLC)
・Steam: Ghost Trick: Phantom Detective(本編・CAPCOM)
・Destructoid: 開発陣インタビュー(巧舟・北川保昌の再録、新曲 "Ghost World")
・Wikipedia: Ghost Trick: Phantom Detective(作曲 Masakazu Sugimori)
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