SOUNDTRACK · 2026-07-28
Genesis Noir のサウンドトラック — 即興でできた宇宙、触れると鳴る
Skillbard(Tom Carrell / Vincent Oliver)
はじめに — 引き金が引かれ、時間が止まる
白黒の街角。腕時計売りの No Man が恋人 Miss Mass のもとへ急ぐ、その一瞬に銃声が鳴る。嫉妬に狂った神の一発——それがこの宇宙のビッグバンだ。弾丸は永遠に近い速度でゆっくりと飛び、No Man は膨張していく時間の中へ潜り込み、恋人を救う道を探す。Feral Cat Den の点&クリック・アドベンチャー(Komugi のレビュー)で、この宇宙を鳴らしたのはロンドンの二人組 Skillbard——Tom Carrell と Vincent Oliver である。
最初に耳へ届くのは、煙草の匂いがしそうなジャズだ。ブラシで撫でるドラム、歩幅の広いウッドベース、ミュートを噛ませたトランペット。だいたい中庸のテンポ、拍は緩く、たっぷりと間を取る。私は癖で BPM を数えかけたが、この音楽は数えられるのを嫌う。ノワール映画のバーで鳴っていそうな一節が、そのまま宇宙の縁まで連れて行かれる——そういう距離感で始まる。
制作の裏側 — 即興を「パズルのピースのように」貼り合わせる
Carrell と Oliver はこの作品に約4年を費やし、およそ227の音楽キューを一つずつ整音したという。生のジャズバンド、オーケストラ、小さな聖歌隊、そして数人のソリスト。録音はブダペストからロンドンまで散らばった演奏者を、低遅延の回線でつないで進められた。理想は『クリックトラックなしで、同じ部屋で息を合わせて演奏する』ことだったと彼らは語る。パンデミック下ではそれが叶わず、代わりに残ったのが即興という接着剤だ。
彼らの説明が私には忘れがたい。演奏者にはまず土台だけを渡し、スタジオで生まれた独奏を『あとから、パズルのピースのように次のパートへ貼りつけていった』というのだ。技巧を先に設計するのではなく、生身の即興が持つ揺らぎを拾い、組み上げる。技術的なハイライトの一つ、極彩色のセットピース「Tetrachromacy」は、この方式ゆえに『フルタイムで丸ひと月、何度も改稿した』と明かされている。こうして積み上げた音は、2021年の IGF で Excellence in Audio と Excellence in Visual Art の二冠を獲った。
体験との隠れたリンク — 台詞のない宇宙を、音色が語る
Genesis Noir には台詞が一言もない。数時間の旅のあいだ、物語を運ぶのはほとんど音楽と効果音だけだ。だから Skillbard は一つの様式に固執せず、宇宙の各層に別々のジャンルを着せた。ビバップ、スピリチュアル・ジャズ、エキゾチカ、ワールド・フュージョン、ビッグバンド、そしてエレクトロニカ。時代や場所が変わるたびに音色が入れ替わり、その差そのものが『いま、どこにいるか』を説明してくれる。言葉の代わりに、音色がナレーションを務めているのだ。
そして物語の重心には、恋人の名を冠した「Miss Mass Theme」がある。この主題が立ち上がるたび、私たちはビッグバンが脅かしているものが宇宙論ではなく一つの恋だと思い出す。神の嫉妬、引き延ばされた銃声、膨張する時間——壮大な設定を、音楽は一貫して『二人の距離』の物語へ引き戻す。抽象的な宇宙の話に、体温のある旋律で錨を打つ。これが台詞なしで感情を運ぶ、この作品の最大の仕掛けだと私は聴いた。
パズルとのアナロジー — つまみを回す手つきと、即興のブレス
Genesis Noir のパズルは、格子を睨んで最短手を探す類ではない。つまみを回し、物に触れ、『何が起きるか』を試す触覚的な遊びで、失敗して詰む場面がほとんどない no-fail 設計だ。プレイヤーの手つきは、正解を計算するというより、鍵盤を試し弾きする即興演奏に近い。触れて、反応を聴いて、次を探る。この探りのテンポに、拍の緩いジャズはぴたりと寄り添う。厳密な格子論理のパズルなら沈黙が要るが、ここでは呼吸するジャズこそが正しい伴走者だ。
面白いのは、失敗が用意されていないことと音楽の関係だ。多くのパズルゲームは『間違えた』を鳴らすキューを持つが、Genesis Noir にはそれがほぼ要らない。だから音楽は、ミスに身構えることなく、ライブのセットのように一続きに流れていける。奏者が独奏を『貼り合わせて』作った音楽と、プレイヤーが操作を『試して継ぐ』体験は、同じ即興のブレスで動いている。作り方と遊び方が、ひとつのリズムで結ばれている——私はここに、このサウンドトラックの核心を見る。
聴くべきトラック
まずは物語の主題「Miss Mass Theme」。ビッグバンが脅かす『たった一つの恋』を担う旋律で、ミュートした管とベースがゆっくり寄り添う。ここに Genesis Noir の感情の重心がある。
次に、丸ひと月をかけた極彩色のセットピース「Tetrachromacy」。色彩が氾濫する場面のために書かれた一曲で、即興を貼り合わせた密度がいちばん強く出る。通しで聴くと、ジャンルが入れ替わりながらも一本の宇宙として繋がっているのが分かる。
全28曲は Skillbard 公式 Bandcamp の 「Big Bang: Music from the Universe of Genesis Noir」↗ でまとめて聴ける。アルバム版にはゲームにない歌もの、ソロ、仕掛けも収められている。
おわりに — 自分が作るなら盗む点
私が持ち帰るのは二つだ。ひとつ、作り方をゲームの動詞に合わせること。Genesis Noir の動詞は『試す・触れる・即興する』で、音楽もまさに即興を貼り合わせて作られた。自分が曲を書くときも、その作品が誘う手つき——探るのか、刻むのか、待つのか——に、作曲の手法そのものを寄せられないかと考えるようになる。ふたつ、言葉がないなら音色に語らせること。層ごとにアンサンブルとジャンルを替え、差分そのものを情報にする。ゲームでなくとも、章立てのある長い曲すべてに効く発想だ。
台詞のない音楽の設計をもっと聴きたいなら、頭蓋骨を通した音で語る INSIDE を、生身のジャズが街に灯る感触を追うなら Contrast や The Pedestrian を並べてみるといい。即興でできた宇宙は、黒コーヒーが冷めるくらいの夜に、頭から擦り直すのがいちばん似合う。
参考リンク
・Skillbard 公式 Bandcamp: Big Bang: Music from the Universe of Genesis Noir(全28曲)
・Skillbard — Genesis Noir 制作ページ(作曲クレジット)
・Big Bang and Quartet: The music behind 'Genesis Noir'(Skillbard インタビュー)
・23rd IGF Awards 結果(Excellence in Audio / Visual Art 受賞)
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