SOUNDTRACK · 2026-08-08
Grim Fandango Remastered のサウンドトラック — 死者の国で鳴るビッグバンドの一拍目
Peter McConnell
はじめに — 死者の国に、まず金管が立ち上がる
黒コーヒーを一口置いて、最初のトラックに針を落とす。Manny Calavera が薄暗い旅行代理店のデスクに座り、死者の四年間の旅の切符を売っている——このゲームのレビューが扱った世界に、まず届くのはミュートされたトランペットと、爪弾かれるウッドベースの一拍だ。テンポはだいたい中庸のスウィング、体感で110前後のビッグバンド。角のあるキックではなく、シンバルのブラシとベースの歩みが時間を刻む。
作曲は Peter McConnell。1998年のオリジナル版から、2015年に Double Fine が出した Remastered まで一貫して彼の手による。骨格はフィルム・ノワールのジャズだが、そこにメキシコの死者の日(ディア・デ・ロス・ムエルトス)の民俗音楽——マリアッチの金管、素朴なギターの分散和音——が差し込まれ、終盤の『世界の果て』では管弦楽へと開いていく。ジャズとフォルクローレと交響楽が、同じ一枚の中で違う部屋の照明のように切り替わる。
『Grim Fandango Remastered』(Steam公式スクリーンショットより)
iMUSE — 曲がゲームと同じ時間を生きる仕組み
ここが、曲を作る人間としていちばん持ち帰りたい一点だ。Grim Fandango の音楽は、McConnell が LucasArts 時代に Michael Land と共同開発した iMUSE(Interactive Music Streaming Engine)というシステムの上で鳴っている。MIDI のデータをリアルタイムで操作し、プレイヤーが部屋を移り、状況が変わるたびに、音楽を『次の小節の頭』や『フレーズの切れ目』といった音楽的に自然な点で乗り換えさせる。ハードカットで曲をぶつ切りにしない——ここが肝だ。
制作のとき McConnell は、Tim Schafer にゲーム内のあらゆる環境について語ってもらい、それを録音して、部屋をクリックするとその場面の話が聞ける大きな iMUSE のインタラクティブ・チャートを作ったという。音楽が『進行度』ではなく『場所と状況』に紐づいている、という設計思想がここに透けて見える。McConnell 自身は、生のジャズを実際に録音できたことをこのスコアの誇りとして繰り返し語っている。
2015年の Remastered では、その骨格を保ったまま音そのものを刷新した。Sony のチームが約45分ぶんの生ジャズを録り直し、サンフランシスコの Pyramind が別の約45分の古いサンプルを差し替え、メルボルン交響楽団が約30分の管弦楽パートを(Brett Kelly 指揮で)録音した。三つのチームが三つの質感を担い、それでも一本のスコアとして繋がっている。
パズルとのアナロジー — 行き詰まりの時間に、音楽が急かさない
ポイント&クリックのアドベンチャーを解く時間は、独特のリズムを持っている。歩き回り、あちこち調べ、手詰まりになり、さっき通った部屋へ戻る。前に進む一本道ではなく、同じ場所を何度も往復するループだ。ふつうこのループにイベント連動の短いキューを当てると、戻るたびに同じ数小節が鳴って、音楽はすぐ耳障りな『催促』に変わる。
iMUSE の答えは、音楽を進行ではなく場所に結ぶことだった。だから私が Rubacava のカジノで長考しても、スコアはビッグバンドのまま、長く反復の少ないフレーズで回り続ける。解けずに同じ部屋へ戻っても、音は『まだそこにいるのか』と急かさない。ただその場所の照明として、テンポを保って待っている。パズルの停滞と音楽の停滞は、まったく別物にできる——iMUSE はそれを、拍の頭で静かに乗り換えることで実現している。私はここに、解く速度と音楽の速度をわざと切り離す設計の見本を見る。
聴くべきトラック
まずは公式の裏側から。Double Fine 公式チャンネルが公開している『The Resurrection of Sound』は、McConnell 自身が Remastered のスコアをどう蘇らせたかを語る短い映像だ。生ジャズと交響楽の録音現場が、言葉より雄弁に響きを説明してくれる。
曲そのものを通しで味わうなら、公式のサウンドトラックで。Grim Fandango Remastered (Original Soundtrack) — Spotify 公式アルバム ↗ か、Steam の公式サウンドトラック DLC ↗ が確実だ。冒頭のノワール・ジャズから、マリアッチ、そして終幕の管弦楽まで、部屋ごとに切り替わる照明のような流れをそのまま追える。
おわりに — 私が作るなら、ここを盗む
私が自分の曲でこのスコアから盗むのは、たった一つ。『音楽を進行ではなく場所に結び、乗り換えは拍の頭で静かに』という原則だ。イベントごとに短いキューを鳴らすのは簡単だが、それは往復の多いゲームでは必ず催促になる。長く反復の少ないフレーズを場所に敷き、切り替えを音楽的な切れ目に預ける——iMUSE が四半世紀前に示したこの作法は、今のインタラクティブ音楽でもまだ十分に新しい。
聴き直すなら、深夜に照明を落として、Rubacava のジャズだけを流してみてほしい。ゲームを知らなくても、煙草の煙のようなブラシのリズムが、勝手に一本の物語を描き始める。同じ LucasArts の血を引く Thimbleweed Park や、死者の日の色を別の角度から扱う作品へ足を伸ばすと、この一枚の立ち位置がもっとよく見えてくるはずだ。
BPM で世界を測る癖のある私にとって、Grim Fandango は珍しく『拍を数えるのをやめさせる』一枚だ。時間が四年の旅として流れていく——その速度に、音楽がちゃんと寄り添っている。
参考リンク
・Steam: Grim Fandango Remastered (本編)
・Steam: Grim Fandango Remastered — 公式サウンドトラック DLC
・Double Fine 公式: Grim Fandango Remastered Soundtrack out now
・Double Fine 公式 YouTube: The Resurrection of Sound(Peter McConnell)
・VentureBeat: Grim Fandango's composer on the invention and remastering of his classic score
・FACT Magazine: Grim Fandango composer Peter McConnell interviewed
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