SOUNDTRACK · 2026-08-17
Return to Monkey Island のサウンドトラック — スカルが鳴らす音符が地図をひらく
Michael Land, Peter McConnell, Clint Bajakian
はじめに — 酒場の一音で、30年が繋がる
Komugi のレビューが扱った本作は、Ron Gilbert が1990年代に途切れさせた海賊コメディを、当人が30年ぶりに完結させたポイント&クリックアドベンチャーだ。起動して最初に耳に入るのは、聞き覚えのある Scumm Bar の旋律——ただし少しくすんだ質感で、記憶の中の音とわずかにずれている。テンポはだいたい語りの速さ、急がず垂れ流されるでもない、会話劇にちょうど合う歩幅だ。
この音楽を書いたのは Michael Land・Peter McConnell・Clint Bajakian の3名。2023年に Walt Disney Records からデジタルリリースされた公式サウンドトラック(25曲・約70分)のクレジットで裏取りできる。Steam のゲーム自体には専用 OST DLC はないが、Apple Music・Spotify の配信クレジットと khinsider のトラックリストが、この体制と曲順を一致して示している。
パズル固有の設計 — 30年前に発明された『鳴り止まない』仕掛け
アドベンチャーゲームのパズルは、部屋を何度も出入りし、会話を何度も選び直し、持ち物を何度も組み合わせ直す『やり直し』の連続でできている。ここで音楽が単純なループだと、出入りのたびに曲が頭に戻って耳が疲れる。LucasArts はこの問題を1990年代初頭、iMuse という仕組みで解決した——開発者は Michael Land と Peter McConnell、まさに今作の作曲家本人たちだ。特許は1994年、SCUMM version 5 への統合は1991年。McConnell 自身の言葉を借りれば、これは『ピット・オーケストラのように、決められた合図(キューポイント)が来るまで曲の一節を長めに、あるいは短めに弾き続ける』システムだ。
『モンキーアイランド2』で Woodtick の建物に出入りすると、同じ主題が編成を変えて鳴り、出るときは唐突に切れずに一つの節として着地する——あの体験を可能にしたのがこの技術だ。今作でその発明者本人たちが同じ島に戻ってきたということは、この『部屋を渡り歩く』というジャンル固有のリトライ構造に、キュー設計のプロがまた向き合ったということでもある。曲作りをする側への教訓はここにある:ループを『同じものの繰り返し』ではなく『いつ切れてもいい断片の集合』として書くと、プレイヤーの行き来が音楽の呼吸そのものになる。
体験との隠れたリンク — スカルが鳴らす音符が、地図の答えになる
もっと具体的な例が、劇中のある地図パズルにある。プレイヤーはスカル(骸骨の頭)を叩いて音を出し、正しい音を鳴らすことで隠された地図を開く。音響を担当した Elise Kates と Andy Martin が語ったインタビュー(A Sound Effect 誌)によれば、『どの音でスカルを鳴らすべきか』は作曲チームが先に決めていた。Kates はその決定を受けて、スカルの『歌』を引き立てるための下敷きの質感を作った——編み籠(wicker basket)を録音し、無料ツール Paul Stretch で伸ばして作った、闇の魔術めいた響きだ。
つまりこの場面では、音楽が雰囲気(ムード)ではなく答え(アンサー)そのものになっている。パズルゲームの曲は普通、正解を『気持ちよく飾る』側に立つが、ここでは音が正誤判定の材料に組み込まれている。私はこれを、曲作りをする人間として特に面白いと思う——旋律を『情報を運ぶパズルの部品』として書く発想は、リズムゲームでは当たり前でも、アドベンチャーの一場面に紛れ込ませると誰も身構えずに受け取ってしまう。
パズルとのアナロジー — 会話のテンポと、動機(モチーフ)の在庫
このゲームを解くテンポは、無言で盤面を睨む思考ではなく、会話の選択肢を出し尽くし、持ち物を総当たりで組み合わせる『総当たりの会話劇』だ。正解に辿り着くまでの試行は、静かな長考ではなく、話しかけ直し・持ち替え直しの反復として体感される。iMuse 的な作曲もまったく同じ形をしている——一曲を最初から最後まで書くのではなく、いつ繋いでも自然に聞こえる短い動機(モチーフ)を在庫として用意し、状況に応じて組み替える。
プレイヤーが持ち物という『部品』を試行錯誤で組み合わせるように、この音楽は動機という『部品』を試行錯誤で組み合わせて鳴っている。両者は同じ設計思想——正解の組み合わせは一つでも、そこへ至る組み替えの経路は複数あってよい、という思想——を、片方はゲームプレイで、片方は楽曲構造で実践している。私はこの対応関係に気づいたとき、思わず膝を打った。
聴くべきトラック
まずは冒頭で鳴る「Monkey Island Theme」。おなじみの旋律が、少し湿った質感の編成で戻ってくる、このアルバムの入り口だ。全曲は Walt Disney Records が2023年にリリースした公式アルバムとしてまとまっており、YouTube Music の公式アルバムページで通しで聴ける: Return to Monkey Island (Original Video Game Soundtrack) ↗。
同アルバムには、スカルの謎に絡む闇めいた「Terror Suite」や「Terror Underwater」、船上の緊張を鳴らす「LeShip at Arms」なども収録されている。冒頭のテーマだけでなく、こうした場面ごとの一曲も上のリンクから辿って聴いてみてほしい。
おわりに — 盗むなら、音楽に答えを持たせる胆力
自分が曲を作るなら、このゲームから盗みたいのは旋律そのものではない。『音楽をムードの装飾に留めず、判定の一部として鳴らす』という胆力だ。スカルの音符のように、聴く人が気づかないうちに正解へ手を貸している曲を書けたら、それはただ美しいだけの曲より長く覚えられると思う。
次に本作を開くときは、部屋の出入りで旋律がどこで繋がり目を隠しているかに耳を澄ませてほしい。あの繋がりの滑らかさは、30年分のキュー設計の蓄積だ。黒コーヒーのおかわりを淹れながら、私はまた BPM を数え損ねる。
参考リンク
・Walt Disney Records: Return to Monkey Island 公式サウンドトラック発売告知(作曲者クレジット)
・Spotify: Return to Monkey Island (Original Video Game Soundtrack)
・HandWiki: iMUSE — Michael Land・Peter McConnell による開発史
・YouTube Music: Return to Monkey Island (Original Video Game Soundtrack) 公式アルバム
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
パズルのサウンドトラック第72回 / 全111回
次に読む
関連レビュー
Lacuna – A Sci-Fi Noir Adventure
暗殺、ハッキング、爆破事件。太陽系を戦争に陥れかねない事件を追う、ピクセルアートのサイエンスフィクション探偵ゲーム。DigiTales Interactive の作品。
Lost in Play
言葉をひとことも使わずに進む、手描きのポイント&クリック冒険。きょうだいの Toto と Gal が、想像でふくらんだ15の場面を抜けて家を目指す。道具を拾って組み合わせ、場面ごとに姿を変える小さなミニゲームを解いていく、Happy Juice Games の一作。
Else Heart.Break()
街のあらゆる物の中身を開いて書き換えられる道具を手に、電子の街 Dorisburg をうろつくスウェーデン産のアドベンチャー。コーヒーメーカーも扉もバスも作中の言語で書かれたソースコードを持っていて、プレイヤーはそれを直接編集できる。Erik Svedäng を中心に作られた 2015 年の一作。




