SOUNDTRACK · 2026-08-18
Firmament のサウンドトラック — 錆びた惑星に満ちる、ひとつのシンセの記憶
Maclaine Diemer
はじめに — 腕輪の道具が最初に触れる音
割れた配管と凍りついた足場だけが残る採掘跡地に一人放り出され、腕輪型の道具『Adjunct』をソケットに差し込むと、クレーンが軋む音の裏で、加工されたシンセの持続音がゆっくり満ちてくる。Komugi のレビューが『暗号もメモも要らない、瞑想的な一人称世界』と書いたこの Cyan Worlds の新作で、音楽を書いたのは Maclaine Diemer。本業は『Guild Wars 2』の長年のリード作曲家で、2022年に Firmament のために Cyan へ加わった人だ。
彼自身の言葉を借りれば、このスコアは『インダストリアル・アンビエント』(あるいは『アンビエント・インダストリアル』)。だいたいの拍はゆっくりで、鳴っている音のほとんどはシンセ、しかし『二、三の例外』として、インドの弓奏楽器エスラジと、Fender IV(実際は Squier 製、と分かる人にしか関係ない話だが)が紛れ込む。金属と氷ばかりの世界に、たった数本の生の弦が混じる配分が、この惑星の『廃墟だが、まだ誰かの手が触れていた』という手触りを支えている。
支援者から作曲家へ — 隠れたリンク
Diemer が Firmament に最初に出会ったのは、作曲家としてではない。2018年に始まった Kickstarter の一支援者として、だ。彼は Myst を自分の『ゲームのラシュモア山』の一つに数えるほどの生粋のファンで、後にそのまま Cyan の作曲家として招かれることになった。ファンとして支援した作品に、後から書き手として関わる——この巡り合わせ自体が、Firmament の音楽の出発点になっている。
そのうえで彼が選んだのが、Myst と Riven を書いた Robyn Miller と『同じシンセ』だったという逸話は、私が以前 Obduction の記事で追った Miller 自身の作曲法とちょうど鏡合わせに響く。Miller は歩く映像に弾き当てて旋律を探ったが、Diemer は Miller が使っていた楽器そのものを手に取り、あの反復するピチカート・シンセの音色をそのまま呼び戻した。作風を模倣するのではなく、機材という『声帯』ごと引き継ぐ——ゲーム体験と音楽の隠れたリンクは、Firmament の場合、物語の中にではなく、スタジオの機材ラックの中にある。
腕輪ひとつの操作に合う質感 — パズル固有の設計
Firmament でプレイヤーができることは、突き詰めれば一つしかない。Adjunct をソケットに差し込み、クレーンや発電機を動かすこと。ストーリーが進むにつれてトルクや射程が増えていくが、増えるのは『できること』の強さであって種類ではない。舞台となる三つの realm——氷の採掘場 Curievale、硫黄鉱山と発電所の Juleston、温室 St. Andrew——はそれぞれ手触りが違うが、操作そのものはずっとシンプルなままだ。
この『一つの道具を、場所を変えて繰り返す』という構造に、ほぼ全編シンセで統一されたスコアはよく似合う。Obduction のように世界ごとに楽器編成を大きく着替えるのではなく、Firmament は同じ質感の持続音を保ったまま、混ざる倍音や残響の量だけを realm ごとに変えているように聴こえる——これは Cyan の音響設計の伝統(世界ごとに音を着替える)を、一つの道具を軸にした今作なりに引き継いだ形だと私は読む。単一のツールを繰り返し使うゲームには、音色を増やすより、同じ音色の『混ざり方』を変える方が効くのかもしれない。
アナロジー — ソケットに差し込む一瞬と、鳴り始める一音
私はどんな音楽もつい BPM で測ってしまう癖があるが、Firmament のスコアは『拍』よりも『満ちていく速さ』で捉えたほうがしっくりくる。Adjunct をソケットに差し込んでからクレーンが動き出すまでの、あの一拍の間——プレイヤーはそこで待つだけで、何かを操作するわけではない。シンセの持続音もちょうど同じ形をしていて、音量そのものより、倍音がじわりと重なって『満ちる』までの時間にすべてがある。
パズルを解くテンポと音楽のテンポのアナロジーで言えば、これは『瞬間の達成感』ではなく『満ちるまでの数秒』を主役に据えた音楽だ。差し込む、待つ、動く——この三拍子の繰り返しに、フェードインしていくドローンはよく馴染む。謎そのものは単純でも、機構が応答するまでの『間』を音楽が引き延ばして聴かせてくれるから、単調な繰り返し作業が儀式のように感じられる。
聴くべきトラック
まず一曲なら Ascent to Curievale ↗(公式レーベル「Emperia Records」の YouTube チャンネルより)。氷の採掘場に足を踏み入れる場面の一音で、シンセの持続音がじわりと満ちていく様子がよく分かる。
続けて聴くなら、硫黄鉱山の重い質感が出た Juleston ↗、そして塔をのぼる緊張が滲む The Spire ↗(いずれも同じ Emperia Records チャンネル)。アルバム全体を通して聴くなら、作曲者本人の Bandcamp(全21曲・公式) ↗ か、Steam の公式 OST DLC ↗ がまとまっている。
おわりに — 私が作るなら盗む点
私がこのスコアから盗むなら、『前の作曲家と同じ楽器を選び、そのまま音の記憶を引き継ぐ』というやり方そのものだ。スタイルを研究して寄せるのではなく、機材ごと同じものを手に取る。声真似ではなく、同じ声帯を使わせてもらうような手つきだ。続編でも外伝でもない新しい世界を書くときに、前作の『音の遺伝子』を一つだけ持ち込む——この配分の仕方を、いつか自分の曲でも試してみたい。
もう一つは、道具を一つに絞ったゲームには、音色を増やすより『同じ音の混ざり方』を変えるほうが効くという発見だ。聴き直すなら、ソケットに道具を差し込んだ直後の、あの一拍の『間』に耳を澄ませてほしい。Robyn Miller の Myst や Riven、そして同じ Cyan の Obduction まで遡って聴き比べると、一本のシンセの記憶がどう受け渡されてきたかが見えてくるはずだ。
参考リンク
・Maclaine Diemer 公式 Bandcamp: Firmament (Original Soundtrack)(全21曲)
・Steam: Firmament - Original Soundtrack(公式 OST DLC)
・YouTube: Emperia Records 公式チャンネル — Firmament (Original Soundtrack) by Maclaine Diemer(全21曲プレイリスト)
・Wikipedia: Firmament (video game)(リリース情報、Adjunct の仕様、三つの realm)
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
パズルのサウンドトラック第73回 / 全113回
次に読む
関連レビュー
Tetris Effect: Connected
落ちてくるブロックを積んで列を消す、あのテトリス。ルールはそのままに、30を超えるステージで音と光がプレイに合わせて動く。時間を止めて4列より多く消せる「ZONE」と、3人の盤面がつながる協力モードが加わった、水口哲也の Enhance が手がける一作。
FRACT OSC
シンセサイザーでできた広大な遺跡を一人称で歩き、光るノードや音の仕掛けを操作して、眠った機械と音楽を蘇らせていく音楽探索パズル。説明はほとんどなく、何が触れられるのかを自分の目で見極めることそのものが謎解きになる。IndieCade で音響デザイン賞を受けた Phosfiend Systems の2014年作。



