SOUNDTRACK · 2026-08-09

Monument Valley のサウンドトラック — 伴奏であって、道案内ではない

Stafford Bawler, Obfusc, Grigori

はじめに — 最初の一音が、色になる

無言の王女イダが、白い等角投影のモニュメントの上に立っている。プレイヤーがすることは、視点を回して「つながって見える」場所を作り、そこを道に変えることだけだ。Komugi のレビューが扱ったこの錯視パズルで、最初に耳へ届くのは拍のない持続音——輪郭のやわらかいパッドに、遠くの鐘のような一粒が落ちる音だ。テンポは、だいたい小節すら数える気が起きないほど遅い。BPM で測る癖のある私でも、ここでは手が止まる。

作曲は Stafford Bawler、Obfusc(Joseph X. Burke)、Grigori。2014年7月にリリースされた公式サウンドトラックの3人だ。Bawler は Colin McRae DiRT や Forza を経た音の設計者で、Monument Valley の仕事で 2014 年の Develop Award(Audio)を受けている。音色は、鐘・シンセパッド・かすかな弦を中心に、輪郭を意図的にぼかしてある。イダが歩く白い建築と同じで、余白のほうが多い。

『Monument Valley』のゲームプレイスクリーンショット『Monument Valley』(Steam公式スクリーンショットより)

伴奏であって、道案内ではない

ustwo のテックディレクター Peter Pashley は、この作品の音楽哲学をこう説明している。『私たちは、道案内(guide)ではなく伴奏(accompaniment)として働く音楽が欲しかった』。20時間のゲームなら耳に残る反復フレーズも効くが、Monument Valley は2時間ほどで終わる。だからこそ『押しつけると力を失う』——意図された minimalism なのだ、と。ここが私には効いた。多くのパズルゲームは「正解に近づいた」ことを音で報せたがる。この作品は、それをほとんど手放している。

その代わりに音は、材質と操作に貼りついている。サウンドデザインは Bawler と Dev Morgan が Tazman-Audio の Fabric ツールで組み、大理石の巨大な板が擦れて滑る音のような、建築そのものの手触りを作った。柱を回すハンドルを引くと、機構が動く音の裏で一粒の和音がこぼれる。無音の王女の代わりに、建物が声を出しているのだ。パズルの操作が、そのまま楽器の一打になっている。

アンビエントの血筋 — 何を混ぜて、この温度になったか

この音がどこから来たかを辿ると、面白い配合が見える。開発陣が挙げる下地は、Brian Eno、そして——私が Machinarium で愛した——Tomáš Dvořák。さらに The Irresistible Force、初期 Aphex Twin、Tangerine Dream、Ry Cooder。アンビエントの静けさに、ダブや民族音楽の遠い残響を一滴。派手なシンセリードは注がない。だから聴後感が、砂漠の夕暮れのように乾いて澄んでいる。

隠れたリンクは、絵と音の『相似』だ。Monument Valley の建築は現実には存在しない——エッシャー的な、視点でしか成立しない幾何だ。音もまた、明確な調性の中心を持たず、和音がゆっくり漂って「どこにも着地しない」まま次の面へ進む。着地しない音楽と、着地しないはずの階段。両者が同じ論理でできている。だから絵を回すと音が回り、音を聴くと絵が回る。

パズルとのアナロジー — 回転の待ち時間に、持続音が入る

私がこの音楽で一番感心したのは、テンポの設計だ。Monument Valley を解くリズムは、細かい試行錯誤ではない。柱をつまんで、ゆっくり回して、『あ、つながった』と気づく——長い一呼吸の連続だ。そこに刻むビートを置いてしまうと、プレイヤー自身の呼吸とぶつかる。だから音楽は拍を捨て、持続音で「待ち時間」を満たす。回している最中の、判断が宙づりになる数秒。あの空白に、輪郭のない和音がちょうど収まる。

言い換えれば、この作品の音楽は解答の速度を測らない。速く解いても遅く解いても、同じ持続音が同じ温度で流れている。パズルが『時間を競争にしない』設計だからこそ、音楽も時間を測らない。ゲームデザインと音楽が、同じ「急がなくていい」という一言を、別々の言語で言っている。

聴くべきトラック

まずは公式の一曲を。Obfusc による『Amateur Cartography』はサウンドトラックの一曲目で、この作品の乾いた透明さがそのまま入っている。下は権利元(The Orchard 経由)による公式音源だ。

アルバム全体は開発元の公式チャンネルで通して聴ける: ustwo games 公式 SoundCloud: Monument Valley (Original Soundtrack) ↗。曲順のまま流すと、『伴奏に徹する』設計が一番よくわかる。

おわりに — 私が作るなら、盗む一点

自分が曲を作るなら、ここを盗む。『解けたことを音で祝わない勇気』だ。効果音で正解を報せるのは簡単で、しかも気持ちいい。でも Monument Valley は、その快感を建物の軋みと一粒の和音に置き換えた。プレイヤーの達成感を音楽が代弁しすぎないから、達成感は本人のものとして残る。伴奏に一歩引くことで、主役をプレイヤーに返す——この距離の取り方は、パズルに限らず効く。

聴き直すなら、作業のBGMではなく、夜、部屋を暗くして通しで。着地しない和音の連なりが、いつのまにか一枚の風景になる。同じアンビエントの血筋なら、Machinarium の Floex(Tomáš Dvořák)や、静けさで語る Gorogoa も隣に置きたい。黒コーヒーが冷めるころには、たぶんもう一度、最初の一音に戻りたくなっている。

参考リンク

Steam: Monument Valley — Original Soundtrack

ustwo games 公式 SoundCloud: Monument Valley (Original Soundtrack)

Apple Music: Monument Valley (Original Soundtrack) — Stafford Bawler, Obfusc & Grigori(クレジット)

The Sound Architect: サウンドデザイナー Stafford Bawler インタビュー

Kotaku UK: The Making of Monument Valley(Peter Pashley の音楽哲学)

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