SOUNDTRACK · 2026-08-07
Samorost 3 のサウンドトラック — 笛を吹くことが、旅になる
Tomáš Dvořák (Floex)
はじめに — 空から降ってくる笛
宇宙の小さなノームが、崖の上にひとり座っている。そこへ、空から一本の笛が落ちてくる。Samorost 3 は、この一音から始まる物語だ。拾った笛を口に当てると、遠かった世界の音が急に耳のそばまで寄ってくる。最初に流れる『Samorost 3 Main Theme』は、クラリネットの温かい主旋律に、チェロと合唱の残響、遠くで鳴る民族的な打楽器が層を成す、映画の冒頭のような一曲だ。テンポはだいたい 70 前後だろうか。拍を数えるより、息を数えたくなる遅さで、空気がゆっくり膨らんでいく。
作曲は Tomáš Dvořák。Floex 名義で知られるプラハのクラリネット奏者で、Samorost 2 や Machinarium から Amanita Design と歩んできた人だ。9つの惑星をクリックで巡るこのPuzzlebyrinth のレビュー作品に、彼は 27 曲・約 88 分の音の宇宙を用意した。2016 年 3 月 24 日、ゲームと同時にサウンドトラックも公開されている。
『Samorost 3』(Steam公式スクリーンショットより)
笛はメカニクスだ — 「音を出す」が動詞になる
普通のポイント&クリックでは、音楽は背景の壁紙に近い。クリックという動詞の後ろで、ただ鳴っている。ところが Samorost 3 では、拾った笛を吹くこと自体がゲームの操作になっている。笛を通すと世界の小さな音が大きく聞こえ、隠れた旋律が拾え、吹きかければ生き物や仕掛けが静まったり動き出したりする。つまり『音を出す』ことが、謎を解くための動詞そのものなのだ。
この構造は、Outer Wilds の Signalscope が『楽器の音を探索の道具にした』のと同じ発想だと私は思う。音楽が UI の外にある BGM ではなく、プレイヤーの手の中にある。Amanita の設計は、楽曲の断片をそのままメカニクスに埋め込むことで、聴くことと解くことの境目を溶かしてしまった。台詞がひとつもないこのゲームで、笛は言葉の代わりであり、同時にコントローラーでもある。
生楽器という決断 — 自然の複雑さを音に写す
Floex の音は、打ち込みの均一さを避ける。チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、二胡までを Tomáš Jamník が弾き、Bára Kratochvílová と Miloš Dvořáček の声が加わり、棒付きキャンディを弦に見立ててかき鳴らすような『見つけた音』まで混ざる。マスタリングは Matouš Godík。Amanita 創設者 Jakub Dvorský は「生楽器のほうが温かく、細部に富み、純粋な電子音より力強い。私たちは自然の複雑さが好きなんだ」と語っている。背景に実写のテクスチャを重ねる彼らの絵作りと、音の作り方は相似形だ。
Dvorský はゲーム設計そのものを音楽アルバムに喩える。「レコードを買って最初は頭から通して聴く。あとで戻ってきて、また頭から、あるいはお気に入りの数曲だけを聴く。良いゲームもそう遊べるべきだ」と。だからこの OST は、ループで不安を煽るキューの集合ではなく、通して聴ける通作の楽曲群になっている。IGF 2014 では Excellence in Audio のファイナリスト、PC Gamer はその年のベストゲーム音楽に挙げ、「魅惑的で予測不能。ある瞬間は劇伴のように部屋を満たし、次の瞬間には土の匂いのする、ボヘミアンで遊び心のある音に転ぶ」と評した。
パズルとのアナロジー — 失敗のない旅の、失敗のない音
Samorost 3 は失敗のないゲームだ。マウスだけで進み、詰まればヒントブックが開く、約 5 時間の旅。解くテンポは、緊張して手を止めるのではなく、あちこちを触って観察するうちに答えがほどけていく散策型だ。この解き味に、通作のアルバム的スコアは驚くほど合う。追い立てる短いループがないから、行き詰まっても音楽が私を責めない。ただ空気が膨らんだまま、そこにいてくれる。
私はいつも音楽を BPM で測る癖があるが、この作品では BPM がほとんど意味を失う。拍で刻むより、呼吸で伸び縮みする。パズルが『時間切れ』を持たないのと同じように、音楽も締め切りを持たない。解けない時間さえ、聴くに値する時間に変えてしまう——それが失敗のないゲームに宿る、音楽の優しさだと思う。
聴くべきトラック
まずは Amanita Design 公式チャンネルが公開しているサウンドトラック全編を。冒頭の『Samorost 3 Main Theme』のクラリネットから、通して一枚のアルバムとして流れていく。
主題を単曲で味わいたいなら Samorost 3 Main Theme (Floex) ↗。制作の裏側に触れたいなら、Floex 自身が語る英語版メイキング The creative process behind Samorost 3 soundtrack ↗ がいい。生楽器と『見つけた音』がどう組み上がったかが見える。
おわりに — 私が盗むなら
私が曲を作るなら、ここを盗む。『プレイヤーが音楽を鳴らす楽器を、そのまま操作の道具にする』という一点だ。BGM を流すのではなく、音を出す行為に意味を持たせる。笛でも、鐘でも、足音でもいい。鳴らすことが世界に触れることになった瞬間、音楽は聴かれるものから使われるものに変わる。Signalscope も、この笛も、その一線を越えている。
聴き直すなら、夜、机の明かりだけを点けて、一枚のレコードとして頭から通したい。手を動かさず、ただ空気が膨らむのを待つ時間に合う。同じ Floex の Machinarium、Amanita の Botanicula、そして音を道具にした Outer Wilds を続けて並べると、『音楽をプレイする』という発想の系譜が見えてくるはずだ。
参考リンク
・Steam: Samorost 3 (Amanita Design)
・Floex — Samorost 3 Soundtrack (InnerFX / Bandcamp)
・Amanita Design 公式 YouTube チャンネル
・Floex 公式サイト — Samorost 3 soundtrack
・Game Developer: How Samorost 3's stunning soundtrack came together
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