SOUNDTRACK · 2026-08-04
Telling Lies のサウンドトラック — 順不同で流れる、片側だけの音楽
Nainita Desai
はじめに — 片側だけの会話に流れる、生音
深夜のノートパソコン。検索窓に一語を打ち込むと、他人の顔がこちらを見て、話し始める。返事は聞こえない。会話の片側だけが、断片で、時系列を無視して手元に届く。Sam Barlow が Her Story の次に放ったこの『映像データベース推理』(Komugi のレビュー)で音楽を書いたのは、BAFTA Breakthrough Brit に選ばれた作曲家 Nainita Desai だ。まず耳に入るのは、電子音の冷たさではなく、ピアノとハープの生々しい響きである。
スコアはロンドン・コンテンポラリー・オーケストラによる完全なアコースティック。弦、木管、ピアノ、ハープ。テンポはだいたい歩くより遅く、拍を数える気も起きないほど間が広い。Desai は普段エレクトロニクスと生音を混ぜるが、この作品では『有機的な音の純度と生々しさだけで、あの親密さを出したかった』と語っている。私が針で測ろうとしても、ここにあるのは BPM ではなく、誰かの私生活を覗いてしまった時のあの息の詰まる静けさだ。
パズル固有 — 検索する沈黙、順不同で成立する音
このゲームの『解く』は、キーワードを打ち、無関係な順で再生される映像を並べ替え、真相を組み立てる作業だ。だから音楽は、映像がどの順で来ても崩れてはいけない。Desai は『スコアはモジュラーで、どんな順番でも流れるブロックから組み上げた』と明かす。各ブロックには三つのレイヤーがあり、『基礎はたいていピアノとハープだけ、強度を上げたい時に三層すべてを重ねる』。順不同の物語に、順不同で耐える音の設計だ。
そして沈黙。片側しか聞こえない会話の下で、Desai は音を極端に減らした。『台詞が非常に多いから、音楽で過剰に塗りつぶさないよう気をつけた……演技の細かなニュアンスを、音楽で殺したくなかった』。パズルゲームで無音は"手抜き"ではなく設計だ、と私はいつも思う。ここでは静けさそのものが、プレイヤーに『聞き耳を立てろ』と命じる UI になっている。
登場人物のテーマにはネタバレを避けるため暗号名が付けられた——Order、Control、Intimacy。中心人物 Order のテーマは『絡み合う弦のラインと、滑るようなグリッサンドで、彼の掴みどころのない暗さを表す』もの。そして掘り進めると『別の一面が露わになり、音楽の中に隠されたループがほどけていく』。手がかりが増えるほど音が別の顔を見せる——これは推理そのものの体験を、旋律に翻訳したものだ。
隠れたリンク — 弓でこする"スクラブ"と、7/4 のタイトル曲
一番痺れた符合はここだ。タイトル曲でオーケストラは『スペクトラル・スクラビング』——弓を弦の駒(ブリッジ)にこすりつけ、空気のように漂いつつザラついた質感を出す奏法——を使っている。プレイヤーはこのゲームで、映像のタイムラインを指で前後にこすって(スクラブして)手がかりを探す。奏者が弓でこする動作と、プレイヤーが映像をこする動作。同じ『擦る』が、操作と音の両側に潜んでいる。偶然だとしても、私は偶然だと思いたくない。
タイトル曲は Desai が最後に書いた一曲で、7/4 で始まる。『子どもの頃にインド古典音楽を学んだから、変則的なリズムや拍子にすごく惹かれる』という彼女は、この非対称拍と鋭角的な弦で『不穏で、謎めいた混沌』を作った。『鋭いスタッカートの弦が交差し、跳ね返り合って、ゲームの中で自分の居場所を奪い合う登場人物たちを描く』。7/4 という割り切れない拍は、割り切れない証言をふるいにかけるプレイヤーの作業に、そのまま重なる。
面白いのは、Desai が映像を一切見ないまま各テーマを書いたことだ。撮影がまだだったので、Barlow が渡したのは人物の詳細なメモだけ。ある人物像について彼はこう伝えたという——『喜びのないセックスみたいに考えてくれ』。Desai は『ああ、何を書けばいいか分かった』と即座に理解した。映像より先に人物の内面があり、音がそれを先取りする。プレイヤーが後から映像で確かめる構造と、鏡合わせになっている。
パズルとのアナロジー — 断片を並べ替える指と、順不同のスコア
私が思うに、Telling Lies を解くテンポは『打つ・待つ・戻す』の反復だ。一語を打ち込み、無関係な順で吐き出される断片を眺め、指でスクラブして時間を巻き戻し、頭の中で正しい順に並べ直す。これは線形の物語を読む速度ではなく、非線形にたぐり寄せる速度である。
Desai のモジュラー・スコアは、まさにその速度に寄り添う。どのブロックがどの順で鳴っても破綻しないから、プレイヤーがどんな順路で真相にたどり着いても、音は常に『その瞬間の理解の深さ』に合った顔を見せる。隠れたループがほどける瞬間は、正しいキーワードを引き当てた時のあの小さな『繋がった』に、ぴったり同期する。旋律の構造が、思考の構造を後ろから支えている——これがこの作品の一番静かな発明だと私は思う。
聴くべきトラック
まずは Dawn ↗。夜が明ける頃の、脆く漂う弦。Nainita Desai の公式チャンネルにある音源(Provided to YouTube by TuneCore / ℗ 2019 Annapurna)で、スペクトラル・スクラビングの『空気のようでザラつく』質感がよく聞こえる。
もう一曲、深夜の緊張なら Midnight ↗。1分に満たない小品だが、ピアノとハープだけの『基礎レイヤー』がどれほど間を持たせられるか、ここに凝縮されている。
おわりに — 私が盗むなら
私が自分の曲で盗むなら、暗号名で管理された『順不同で成立するモジュール』と、その中に仕込んだ隠れたループだ。物語がどう分岐しても壊れず、プレイヤーの理解が深まった瞬間にだけ別の顔を見せる仕掛け。線形の映画音楽ではまず要らない発想が、非線形パズルでは背骨になる。
もう一つは、沈黙を怖がらないこと。台詞やメカニクスが主役の場面では、音は一歩下がって『聞き耳』を演出する側に回っていい。Telling Lies を聴き直すなら、深夜に、ヘッドフォンで、片側だけの声を思い出しながら。順不同で流れても成立するこの静けさは、Return of the Obra Dinn や Immortality のような『断片から真相を組む』作品の音を考えるときにも、必ず立ち返る一枚になる。
参考リンク
・Nainita Desai 公式サイト: Telling Lies
・Apple Music: Telling Lies (Original Soundtrack) EP — 2019 Annapurna
・公式音源 YouTube: Telling Lies - Dawn (Nainita Desai)
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