ESSAY · 2026-10-02
正しいのに、美しくない盤面 —— カント「目的なき合目的性」×『Hexcells Infinite』
「遊びの正体」しっかり枠。自動生成の盤面は、どれも答えが一つに決まる。なのに手作りの36面とは温度が違う。カントの『判断力批判』に、その差の名前があった
生成器が出す盤面は、全部正しい。なのに一枚も美しくない
今週、デイリー用の盤面生成器がようやく動いた。出てくる盤は全部、推測なしで答えが一つに決まる。テストで300枚回して、解けない盤はゼロだった。
仕組みは単純だ。先に答えの盤を作り、そこへ数字のヒントを足していく。答えがまだ二通り以上ありえるなら、もう一つ足す。一つに決まったら止める。夜中に回しておくと、朝には正しい盤が積み上がっている。
なのに、一枚も残したいと思えない。図面ノートに写してみても、ページが死んでいる。ウイスキーを一口やって、もう一枚眺めて、やっぱりノートを閉じた。
正しさは保証されている。足りないのは別の何かだ。私たちが「美しい盤面」と呼ぶものには、正しさの上に何が乗っているのか。
今夜はそれを、カントに聞きに行く。1790年の『判断力批判』だ。パズルのために書かれた本ではない。でも「美しいとは何か」を、ここまで地道に分解した本もあまりない。
カントの美しさは「何かのためっぽいのに、何のためでもない」
カントの言葉でいちばん有名なのが「目的なき合目的性」だ。漢字が並んで身構えるけど、中身は案外ふつうの感覚だと思う。
私なりに言い直すと、こうなる。「よくできている。何かのためにちょうどよく作られた感じがする。でも、何のためかは言えない」。美しいと感じるのは、この状態のときだ。
カントはわかりやすい例を出している(以下は私の要約)。古いお墓から出てくる石の道具には、柄をはめるための穴が開いている。形を見れば、何かの役に立つように作られたとわかる。それでも私たちは、それを「美しい」とは言わない。
道具だと思った時点で、形を目的の側から見てしまうからだ。逆に、チューリップは美しい。整っているのに、その整い方を何かの用途に結びつけて見ていないからだ。
カントが挙げる「自由な美しさ」の例も面白い。花、たくさんの鳥、壁紙の葉っぱ模様、主題のない即興の音楽。どれも「何を表しているか」を考えずに楽しめるものばかりだ。パズルの盤面は、この並びにかなり近いところにいると思う。
もう一つ、この連載にとって大事な話がある。美しいものを前にしたとき、私たちの中では、思い描く力とわかろうとする力が「自由な遊び」の状態にある、とカントは書く。結論を出すためではない。二つの力がかみ合うこと自体を楽しんでいる。
遊びの正体を探す連載で、美しさの真ん中に「遊び」という言葉が出てきた。これはさすがに素通りできない。
『Hexcells Infinite』には、温度の違う二種類の盤面がある
照らし合わせるのは『Hexcells Infinite』(Matthew Brown、2014)。六角形のマスに隠れた青いセルを、数字の手がかりだけで確定していく論理パズルだ。作者の手作りの36面に加えて、ランダムに盤を作る生成モードがある。
マスの数字は、まわりに青がいくつあるかを示す。列の端の数字は、その列に並ぶ青の数だ。さらに数字に記号が付くと、青が「つながっているか」「離れているか」まで教えてくれる。推測はいらない。全部、理屈で詰められる。
この作品が面白いのは、同じルール・同じ見た目の盤が、二つの作り方で並んでいることだ。違うのは作り方だけ。だから比べやすい。
遊んだ人の感想を読むと、手作り面と生成面は「温度が違う」という声が多い(このサイトのレビューでも触れた)。生成面もちゃんと解ける。でも、手触りがよそよそしい。
カントの石の道具で考えると、この差に名前がつく。生成器はふつう、完成した答えから出発して、盤が一つに決まるまでヒントを足していく。つまり、どのヒントにも「曖昧さを一つ消すため」という目的がはっきりある。
プレイヤーにも、それが透けて見える。この数字は、あそこを決めるために置かれた。手がかりが道具に見えてしまうのだ。
手作り面は違う。いいステージでは、ヒントが必要以上のことをしている。ある数字が、離れた列の答えと響き合う。終盤、隅に置かれた一つの数字が、最初からこのために待っていたように効いてくる。役には立っている。でも「そのためだけ」には見えない。
ここで一つ気づいたことがある。生成面が冷たいのは、目的がないからではない。むしろ目的がありすぎるからだ。どのマスも「必要だから」で説明がつく。説明がつきすぎる盤には、思い描く力が遊ぶ余白が残らない。
生成器は、わかろうとする力には満点の盤を出す。でも思い描く力のほうは、することがない。カントの言う遊びは、二つの力が両方動いていないと始まらない。
きっちり揃えた盤は、三日で飽きる
じゃあ、説明のつかない「整い」を足せばいいのか。手っ取り早いのは左右対称だ。私も試した。生成した盤を対称に整えると、一瞬だけきれいに見える。
本当に一瞬だけだった。カントはここにも先回りしている(これも要約)。数学のようにきっちりした規則正しさは、長く眺めても楽しみが続かない。むしろ退屈を生む。
カントは、スマトラを旅した人の話を引いている。野生の森の中で見た、整然と並んだ胡椒畑は魅力的だった。でもそれは、周りが森だったからだ。一日じゅう整った畑の中にいたら、きっと森のほうへ戻りたくなる。
対称の盤は、この胡椒畑だ。最初の一枚は気持ちいい。三日続くと、答えの形が先に読めてしまう。規則が見えた瞬間、その規則もまた「目的」になる。
実際、自分で三日続けて解いてみた。三日目には、左半分を埋めた時点で右半分が読めた。残りの半分は、解くというより写す作業だった。
ホイジンガ講読①で、遊びは秩序を作ると読んだ。カントを足すと、その秩序は「読み切れない」ところまで含めて秩序なのだとわかる。整っているのに、整い方の理由が最後まで言い切れない。だから遊びが続く。
持ち帰り —— ヒントに「必要だから」以外の理由を一つ持たせる
設計に使うなら、こうなる。盤の中に、答えを一つに決めるためではない理由で置いたヒントを一つだけ入れる。そして、その理由は言わない。
たとえば、最後の一手に効く数字を、最初から目に入る場所に置いておく。解いている間は飾りに見えて、終わる直前に意味が裏返る。生成器は、これを狙って作れない。ヒントが必要かどうかしか見ていないからだ。
だから私は、生成器を捨てない。300枚の正しい盤を作らせて、そこから人の手で崩す。必要なヒントを一つ抜き、代わりに「響き合う」ヒントを置き直す。手間は倍になる。でも、残したいと思える盤は、たぶんそこからしか出てこない。
置き直すときは、その数字が二回働くようにする。一回目は道の途中で、二回目は最後に。一回しか働かない数字は、また道具に戻ってしまう。
正しいだけの盤なら、毎日出す意味はない。ここだけは譲らない。
私の立場は、七割カント寄りだ。ただ、カントがいちばん美しいとしたのは、花のような自然のものだった。人が作るパズルは、どうしても目的を持って生まれる。目的を持って生まれたものが、その目的を最後まで隠しきれるのか。そこはまだ疑っている。
カイヨワ講読④では、順位表の横に「負けの置き場所」を置こうと書いた。今夜の結論も少し似ている。盤の中に、役目のわからない場所を一つ残しておく。
あなたに聞きたい。これまで解いた中で「美しい」と思った盤面は、どこが美しかったですか。最後の一手ですか、形ですか。それとも、なぜか説明できない何かですか。コメントで教えてほしい。
次回のしっかり枠はB講読型に戻ります。カイヨワ講読⑤「現代社会への再湧出」を読みます。
画像について: 今回は Steam の画像サーバーに接続できず、スクリーンショットの中身を自分の目で確かめられなかった。確かめていない画像は載せない方針なので、ゲーム画像は入れていない。
参考文献: イマヌエル・カント『判断力批判(上)』(篠田英雄 訳、岩波文庫)。
イマヌエル・カント『判断力批判(上)』(篠田英雄 訳、岩波文庫)※書影はAmazonアソシエイト・リンクです。Amazonのアソシエイトとして、Puzzlebyrinthは適格販売により収入を得ています。
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