ESSAY · 2026-06-28
再帰をパズルにする — Patrick's Parabox と Recursed の入れ子文法
盤面の中にもう一つの盤面を畳み込む、第三の設計軸
はじめに
思考系パズルの動詞を数え上げていくと、たいていは『押す』『歩く』『回す』といった、盤面の上で完結する操作に行き着く。減算設計の系譜で書いたとおり、少ない動詞ほど深いというのが私の基本的な立場だ。ところが、その動詞の数え方そのものを揺さぶる系統がある。盤面の一部に入り込むと、そこにまた同じ盤面が現れる——再帰を主動詞に据えたパズルだ。本稿では Recursed、Patrick's Parabox、Cocoon を軸に、入れ子という文法がどう成立し、なぜこれほど難しくなるのかを、インディーゲーム制作者の視点から整理したい。
再帰は、プログラミングを少しでも書いた人間にはおなじみの概念だが、パズルの動詞としては扱いが難しい。箱の中に箱があり、その箱の中にまた同じ箱がある。この入れ子をプレイヤーが操作できる形に翻訳したとき、初めて再帰はパズルになる。メタパズルの系譜で触れた『ルールが動く』系統とも、Sokoban から続く減算の系統とも違う、第三の軸がここにある。私はこれを入れ子の文法と呼んでいる。
Recursed が翻訳したもの — 部屋を箱に畳む
2016年9月30日、Portponky が公開した Recursed は、再帰をそのまま遊びにした初期の到達点だ。プレイヤーは宝箱に飛び込むと、その箱の中の部屋へ入る。箱を持ち上げて別の場所へ運び、また飛び込むと、運んだ部屋がそこに展開される。コンピュータサイエンスでいう変数のスコープと関数呼び出しを、ジャンプアクションの語彙へ翻訳しているのだ。箱に入るたびに、その部屋は新しく実体化される——同じ箱でも、入り直せば中身は初期状態に戻る。
この『入り直すと初期化される』という挙動が、Recursed の難しさの核だ。プレイヤーは部屋の状態を一度持ち出してから、箱を再び開いて作り直すことで、同じ部屋を複数同時に存在させられる。さらに本作には壺(jar)という仕組みがあり、いま居る部屋への帰り道をオブジェクトとして持ち運べる。これはプログラミングの継続(continuation)にほぼ対応している。動詞は『歩く』『跳ぶ』『持つ』だけなのに、状態空間は入れ子の深さの分だけ指数を超えて膨らむ。
私が Recursed に感心するのは、再帰という抽象概念を、説明文なしに手触りで教えてしまう点だ。最初の数面で、プレイヤーは『箱に入ると部屋が増える』という事実をただ体験する。学習曲線の刻み方で論じた垂直の壁を、本作は概念そのものの理解として積み上げている。倉庫番の押す動詞が物理だったのに対し、Recursed の動詞は構造だ。盤面を読むのではなく、盤面の入れ子構造を読む。観察解像度の対象が、空間から構造へ移っている。
Patrick's Parabox — 箱を箱に押し込む文法
2022年3月29日、Patrick Traynor が一人で完成させた Patrick's Parabox は、再帰を倉庫番の押す動詞の上に載せ直した作品だ。プレイヤーにできるのは相変わらず『押す』だけ。けれど押す対象の箱の中に、また盤面が広がっている。箱を別の箱の中へ押し込めるし、ある箱を自分自身の中へ押し込むことすらできる。Sokoban の最小集合に、入れ子という一段だけを足したのだと考えると、その設計の純度がよくわかる。
Recursed が再帰を縦のアクションとして見せたのに対し、Patrick's Parabox はそれを横の押し引きへ落とし込んだ。だからこそ本作は、再帰の難しさを倉庫番の語彙のまま味わわせてくれる。箱を箱に入れると、外から押した力が中の盤面にも伝播する。自分の中に自分が入っている自己参照の箱を扱う後半の面では、一手が何重もの入れ子に同時に作用し、頭の中で展開しきれなくなる。これは減算設計が生む組み合わせ爆発の、最も純粋な拡張形だ。
設計者として注目したいのは、Traynor が再帰の各性質を一面ずつ丁寧に分解して教えていることだ。入れ子、自己参照、無限後退、反転。どれも一度に提示せず、章立てで切り分けている。再帰という一見とっつきにくい概念を、押すという既知の動詞の副作用として段階的に開示する。再帰シリーズのハブでも触れたが、Parabox はこのジャンルの教科書的な整理を与えてくれる。
Cocoon と Maquette — 世界を持ち運ぶ再帰
2023年9月29日、Limbo と Inside のゲームデザイナー Jeppe Carlsen 率いる Geometric Interactive が発表した Cocoon は、再帰を物語と空間の体験に変えた。プレイヤーは背中に球体を背負い、その球の中の世界へ潜る。ある世界はまるごと別の球の中にあり、球を持ち運ぶことで世界そのものを入れ子に組み替えていく。Recursed や Parabox が構造の操作だったのに対し、Cocoon は再帰を『世界を持ち歩く』という身体的な感覚へ翻訳した。
2021年3月2日に Graceful Decay が公開した Maquette は、別の角度から再帰を見せる。中央の台座に置いた小さな模型が、外の広い世界として一対一で再現される。手元の小さな立方体が、外では渡れる橋の大きさになる。Cocoon が入れ子を潜るのに対し、Maquette は入れ子を内と外で同時に見せる。再帰の自己相似——どの縮尺でも同じ構造が現れる性質——を、空間のスケールとして提示しているのだ。
この二作が示すのは、再帰が抽象的な論理だけの道具ではないということだ。世界を背負う、模型を覗く。どちらも入れ子を身体の感覚に変換している。観察を遊びにする系譜とは方向が違うが、入れ子の深さを目で追わせるという点では地続きだ。再帰は冷たい数学の概念に見えて、うまく翻訳すれば情緒も運べる。Cocoon の静かな到達感は、その証明だと思う。
再帰の難しさはどこまで深いか — undecidable という底
再帰パズルの難しさは、倉庫番の組み合わせ爆発とは質が違う。2020年、Erik Demaine、Justin Kopinsky、Jayson Lynch は『Recursed is not Recursive』という論文で、Recursed の一般的な面が解けるかどうかは計算理論的に決定不能(undecidable)であることを証明した。Post の対応問題からの帰着で、しかも実際にプレイ可能な15×20の部屋として構成できるという。パズルの難しさが、単に手が多いという話を超えて、原理的に底が抜けている。
これは設計の比喩としても示唆的だ。倉庫番の難しさは指数的だが有限で、十分な時間があれば総当たりで解ける。けれど壺(継続)を備えた Recursed は、その有限性すら保証されない領域に踏み込む。私はここに、再帰という動詞の固有の性格を見る。動詞を増やすのでも、ルールを動かすのでもなく、構造に深さという無限軸を一本通す。メタパズルがルールの可動性を増やしたのに対し、再帰は盤面の奥行きを増やす方向の発明だった。
もちろん、実際のゲームが面白いのは底が抜けているからではない。Recursed も Parabox も、解ける面を注意深く選び、プレイヤーが入れ子を二、三段までしか同時に追わなくていいように設計されている。無限の可能性を持つ動詞を、人間が読める深さに留める——この抑制こそが再帰パズルの設計の本体だ。深さを足すのは簡単で、深さを抑えるのが難しい。
参考リンク
本記事で言及した作品・論文の一次資料:
・Steam: Recursed (2016, Portponky)
・Steam: Patrick's Parabox (2022, Patrick Traynor)
・Wikipedia: Cocoon (2023, Geometric Interactive)
・Wikipedia: Maquette (2021, Graceful Decay)
・arXiv: Recursed is not Recursive — A Jarring Result (Demaine, Kopinsky, Lynch, ISAAC 2020)
まとめ
倉庫番から始まった思考系パズルの系譜は、動詞を増やす方向、ルールを動かす方向、そして構造を入れ子にする方向へと枝分かれしてきた。Recursed は再帰をアクションに、Patrick's Parabox は押す動詞に、Cocoon と Maquette は身体と空間に翻訳した。共通するのは、盤面の中にもう一つの盤面を畳み込むという一点だ。入れ子の文法は、減算設計ともメタパズルとも違う、独立した第三の軸として確かに存在している。
私が次に再帰パズルを作るとしたら、おそらく最初に決めるのは『何段まで入れ子を許すか』だろう。動詞を一つに絞ることと同じくらい、深さの上限を定めることが設計の核になる。プレイヤーが頭の中で展開できるのは、せいぜい二、三段。その壁の内側で、いかに豊かな組み合わせを作るか。読者にも問いを置いておきたい。あなたが入れ子を一段だけ許すとしたら、その中に何を入れるだろうか。
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