ESSAY · 2026-08-09

ゲーム内手帳の設計 — 推理パズルは記憶をどこに置くか(Obra Dinn から Chants of Sennaar へ)

自動で埋まるログと、手で書かせる余白のあいだ

はじめに

机の抽斗に、方眼ノートが一冊眠っている。Return of the Obra Dinn を遊んだ週のもので、六十人分の名前と顔と靴の特徴が、矢印と取り消し線だらけで書き殴ってある。ところが同じ推理体験でも、The Case of the Golden Idol を遊んだときのノートはほとんど白いままだった。ゲームの中に、書き込むための欄が最初から用意されていたからだ。記憶の置き場所が、紙からゲーム内へ移っていた。

推理パズルや観察パズルの体験は、盤面の設計と同じくらい、この「記憶の置き場所」の設計に左右されると私は考えている。プレイヤーの頭に置くのか、机の上の紙に置くのか、ゲーム内の手帳に置くのか。そして手帳に置くなら、どこまで自動で埋め、どこからを手で書かせるのか。観察を遊びにするで扱った作品群を、今回は手帳という一点から読み直したい。観察を遊びにするパズルシリーズの一本である。

『Return of the Obra Dinn』のゲームプレイスクリーンショット『Return of the Obra Dinn』(Steam公式スクリーンショットより)

紙に書かせる設計 — La-Mulana と Her Story の外部記憶

2005年に GR3 PROJECT がフリーウェアとして公開した La-Mulana は、遺跡の石碑に刻まれた謎を数十時間後に別の場所で使わせる構造で悪名高い。ゲーム内に十分な記録手段はなく、攻略には現実のメモが事実上必須だった。これは不親切さの結果というより、MSX 時代の遊び方——雑誌の裏技欄と方眼ノートが机に並ぶ風景——の意図的な再現だと私は読んでいる。記憶をゲームの外に置かせることは、遊びが机の上の物理空間へ滲み出すことを意味した。

2015年の Her Story は、この「外部記憶の強制」を現代的に洗練させた例だ。警察の取り調べ映像データベースに検索語を打ち込むだけのこのゲームには、手帳もフラグ管理も実績リストもない。誰を疑い、どの語を試したか、すべてはプレイヤーの紙のメモに堆積していく。Sam Barlow はゲーム側に推理の進捗を一切記録させないことで、「事件が解けた」と判断する権限までプレイヤーの手元に移譲した。終わりの判定すら外部化されているのだ。

紙に書かせる設計の強みは、書式が自由であることに尽きる。表で整理する人も、人物相関図を描く人も、時系列に並べる人もいる。メモの形式そのものが推理の個性になり、クリア後に SNS で自分のノートを見せ合う文化まで生まれた。ただし代償も明確で、記録の負担が体験の魅力と分かちがたく絡むため、途中で数日空けると自分の字が読めなくなり、そこで遊びが途切れる。紙の手帳は、中断に対してあまりに脆い。

自動で埋まる手帳 — Obra Dinn の三人一組と Outer Wilds の噂モード

2018年の Return of the Obra Dinn は、ゲーム内手帳の設計を一段階進めた。Lucas Pope が用意した航海日誌は、死の瞬間を目撃するたびに場面のスケッチと人物一覧を自動で追記していく。乗員六十人の顔と場面の対応という膨大な記録作業をゲームが肩代わりし、プレイヤーには「誰が、どうやって死んだか」という推理の核心だけが残される。私の方眼ノートに書き殴られていたのは、実はこの手帳がまだ受け止めきれない仮説の断片だった。

この手帳の白眉は、答え合わせの粒度にある。三人分の運命が正しく埋まったときにだけ、手書きの文字が活字に変わって確定する。一人ずつ即座に正誤が返れば総当たりが最適解になり、全員分を最後まで保留すれば確信が一度も得られない。三人一組という単位は、当てずっぽうを罰しながら、読み切りの手応えを周期的に返すための精妙な調停だ。ヒント機能の設計で書いた「どう示し、どう隠すか」という問いに対する、最も美しい回答のひとつだと思う。

2019年の Outer Wilds の船内ログは、自動記録をさらに推し進め、手掛かり同士の関係まで描いてしまう。噂モードと呼ばれる画面では、発見した情報がカードになり、関連する場所と線で結ばれ、まだ埋まらない箇所には「ここにはまだ探索の余地がある」という印が灯る。22分で世界が巻き戻る構造上、進行は知識だけに宿る——タイムループを解くで書いたとおりだ——から、このログは実質、セーブデータそのものを可視化した装置なのである。

仮説を書き込ませる欄 — Golden Idol の穴埋めと Sennaar の照合ページ

自動記録が「事実」を引き受けるなら、次の問いは「仮説」をどこに書かせるかだ。2022年に Color Gray Games が出した The Case of the Golden Idol は、場面から拾った単語を思考画面の穴埋めに嵌めていく形式で、この問いに正面から答えた。「◯◯が◯◯を◯◯で殺した」という文の空欄は、推理の途中経過を置いておける駐車場として働く。確信のない単語を仮置きし、矛盾が出たら差し替える。私のノートが白いままだったのは、仮説の置き場がゲーム内に最初からあったからだ。

ただし穴埋め形式には、埋まった瞬間に答えが「それらしく」見えてしまうという固有の難しさがある。Golden Idol の文法が優れているのは、空欄の数と語彙の数に十分な幅を持たせ、埋まること自体が正しさを保証しないよう調整した点だ。40年にわたる12の死をまたいで人物と動機を繋ぎ直すとき、プレイヤーは埋めた文を何度も崩す。欄は答案用紙ではなく、消しゴムつきの下書き用紙として設計されている。

2023年の Chants of Sennaar は、この仮説欄を解読パズルに移植した。未知の文字ひとつひとつに、プレイヤーは自分の推測をメモとして書き込める。そして手帳のページが揃うと、文字と挿絵の照合が求められ、正しく結べたときにだけ意味が確定する。推測の書き込みは自由に、確定は節目でまとめて——Obra Dinn の三人一組と同じ調停が、言語の学習という題材で反復されている。解読パズルの語彙で追った Fez との距離は、まさにこの手帳の有無にある。Fez の解読者たちは紙を必要としたが、Sennaar は紙の役割を丸ごとゲーム内へ移した。

手帳が解いてしまうとき — 記録支援と推理代行の境界

手帳の設計には、行き過ぎの危険が常にある。記録の支援が一線を越えると、手帳が推理そのものを代行し始めるのだ。手掛かり同士を自動で線で結び、矛盾を自動で警告し、埋まっていない欄を目立たせる——ひとつひとつは親切だが、全部を足すと、プレイヤーの仕事は手帳の指示を消化する作業に変わる。観察パズルの核心が「自分で気づいた」という手応えにある以上、手帳が気づきを先回りした瞬間、体験の芯が抜ける。

境界線をどこに引くかの好例が、2024年の Lorelei and the Laser Eyes だ。このゲームは拾った文書や写真をすべてメニューに自動保存する。記録は完璧に代行される。しかし文書同士の関係については、ゲームは一本の線も引かない。どのメモがどの錠前に対応するかを見抜く仕事は、まるごとプレイヤーの側に残されている。事実の保管は機械に、意味の接続は人間に——この分業が、あの膨大な資料の山を圧迫ではなく愉しみに変えている。

逆に、手帳を意図的に不完全にする道もある。2022年の TUNIC が集めさせる取扱説明書は、ページの大半が読めない文字で書かれ、余白の手描きメモだけがかろうじて読める。攻略本という外部記憶をゲーム内の収集物に変えたうえで、その記憶自体を解読の対象にした二重構造だ。手帳が答えを保管する場所ではなく、それ自体が盤面になる——記録装置の設計が、そのままパズルの設計に折り返してくる好例である。

まとめ

ゲーム内手帳の設計を三つの軸で整理しよう。第一に、事実の記録をどこまで自動化するか。La-Mulana と Her Story は紙に追い出し、Obra Dinn と Outer Wilds はゲームが引き受けた。第二に、仮説の置き場を用意するか。Golden Idol の穴埋めと Sennaar の照合ページは、確信のない考えを仮置きできる欄こそが推理パズルの遊び心地を決めることを示した。第三に、確定の粒度。即時の正誤でも最後の一括でもなく、三人一組や1ページ単位という中間の周期が、総当たりを防ぎながら手応えを返す。

自分が次に推理パズルを作るとしたら、手帳の仕様書を盤面より先に書くところから始めたい。何が自動で埋まり、何をプレイヤーの手に残すのか。その線引きが、事実上ゲームの難しさと手触りを決めてしまうからだ。そして欄をひとつ、あえて何の機能もない自由記述のまま残しておきたい。プレイヤーが自分の言葉で書いた一行は、どんな自動記録よりも強くその人の推理を支える。読者にも問いを置いておきたい。あなたのゲームの手帳は、プレイヤーの代わりにどこまで覚え、どこから先を覚えないでいてくれるだろうか。

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