RETRO-REVIEW · 2026-09-28
MOTAS(2001) — 「脱出ゲーム」という言葉を生んだ、たった一人のFlashサイト
Jan Albartusが公開した20部屋の謎解きは、『Crimson Room』のクレジットに名指しで刻まれている
はじめに — MOTAS(2001)は、なぜ『脱出ゲーム』の始祖と呼ばれるのか
『MOTAS(Mystery of Time and Space)』は、個人開発者Jan Albartus(ハンドル名LOGAN)が2001年11月に公開したFlash製の謎解きアドベンチャーである。目覚めた一室から手がかりを集めて脱出し、やがて時空を渡る装置を手にして全20の部屋を渡り歩く。英語版Wikipediaは、「脱出ゲーム(escape the room)」という呼び名そのものが、2001年のこの作品から生まれたと記している。
当サイトでは以前『Crimson Room』(2004年)を扱った際、そのクレジットにMOTASへの言及があることに触れた。今回はその源流であるMOTAS自身に焦点を当てる。
この作品が生まれたのは2001年、大半のブラウザゲームがまだ単発の一発ネタだった頃だ。20部屋という規模、時空移動という仕掛け、有志による多言語翻訳——後年の脱出ゲームが当たり前にしていく要素の多くを、この一人のサイトはすでに試みていた。
「The Mystery of Time and Space (MOTAS) Part 1」(Stygian Phoenix, YouTube)のサムネイルより
その時代の文脈 — 2001年、なぜ一人の開発者がここまでの規模を作れたのか
2001年11月、MOTASは無料のホスティングサーバー上で、ごく小さな内容から公開が始まった。当時のFlashは、個人が絵・音・プログラムのすべてを一人で完結できる数少ない環境であり、パブリッシャーの審査もなく、URLひとつで作品を世に出すことができた。
2002年2月には進行状況を記録する仕組みが加わり、以後は増築を重ねる形で部屋数が増えていった。最終的に2008年5月までに全20部屋という規模に達し、それ以降は更新が止まっている。一つのFlashサイトが7年近くをかけて育ち続けた例は、当時としても珍しい部類に入る。
人気に伴う負荷にも悩まされた。無料ホストでの公開だったため、アクセスが集中すると表示が不安定になることがたびたびあったという。それでも英語版に加え、最終的には有志の手で15の言語へ翻訳され、世界中でプレイされ続けた。
メカニクス — 部屋の謎から時空の謎へ、何が変わっていったのか
序盤の部屋は、隠されたアイテムを探して組み合わせ、数字・色・方向などで示されたコードを解読するという、後の脱出ゲームの定番そのものである。難易度は部屋を追うごとに上がり、レビューサイトJay is Gamesは「序盤はやさしいが、後半は驚くほど難しくなる」と評している。
中盤以降、プレイヤーは時空を渡る装置『Manipulator of Time and Space』を手に入れ、部屋を出るだけでなく時代そのものを渡り歩くようになる。断片的に渡される暗号めいた任務報告からは、主人公が実はクローンか、あるいは異星人ではないかという疑いが少しずつ滲み出てくる。一室の謎解きとして始まった構造が、いつの間にか一つの物語に編み上がっていた。
この作り込みは英語圏の主要メディアにも届いていた。英国Channel 4は「見事な難問揃い」の一本として本作を取り上げ、New York TimesやPCWorld.comも好意的に紹介したという。謎そのものの難解さを指摘する声はあったが、一つのFlashサイトが全国紙に取り上げられること自体、当時としては異例だった。
「The Mystery of Time and Space Walkthrough (MOTAS)」(aWalkThroughLife, YouTube)のサムネイルより
現代への系譜 — 一人のサイトが遺した言葉と骨格は、いまどこにあるのか
MOTASが遺したもので最も大きいのは、おそらく名前そのものだ。英語版Wikipediaの「Escape room video game」の項目は、「脱出ゲーム(escape the room)」という呼び名が2001年、本作から生まれたと明記している。
系譜のたどり方も、憶測ではなく本人の記録に基づく。2004年に『Crimson Room』を作った高木敏光氏は、自作のクレジットに『MOTAS』『Droom』『Chasm』という3本の先行Flash作品を影響源として名指しした。当サイトで先に扱った『Crimson Room』(2004年)、そして京都で現実の部屋へと飛び出した『リアル脱出ゲーム』(2007年)——この2本の記事で私が追った系譜をさかのぼると、行き着く先にこの一人のサイトがある。
MOTAS自体は2008年を最後に更新が止まっているが、消えてはいない。開発者本人のサイトと保存プロジェクトInternet Archiveの双方で、いまも遊ぶことができる。そしてこの言葉が指したジャンルは、20年余りを経て一つの商業ジャンルに育った。Steamの『Escape Simulator』(Pine Studio, 2021年)のような作品が、無料のブラウザ一室から始まった遊びを、いままた一つの産業に仕立て直している。
『Escape Simulator』(Pine Studio, 2021)のスクリーンショットより
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Wikipedia: Escape room video game
・StrategyWiki: Mystery Of Time And Space
・Jay is Games: Mystery of Time and Space (MOTAS) — Walkthrough, Tips, Review
おわりに — 名前だけが残ることの意味
Jan Albartusという名前は、脱出ゲームを日常的に遊ぶ人々にもほとんど知られていない。彼が作ったのは、クレジットに並んだ3本の先行作のうちの1本に過ぎず、しかもその中の1行としてしか名を残さなかった。
だが「脱出ゲーム」という呼び名自体が、彼の作品の後に生まれたのだとすれば、話は違ってくる。ジャンルの創始者としてではなく、ジャンルの名付け親として歴史に残った例を、私はほかにあまり知らない。名前だけが独り歩きし、作った本人よりも長く生き続ける——遊びの歴史では、案外よくあることなのかもしれない。
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