SOUNDTRACK · 2026-06-12
A Monster's Expedition のサウンドトラック — リズムは曲ではなく、君の指先にある
Eli Rainsberry
はじめに — 最初の島、最初の一押し
小さなモンスターが木を一本押し倒す。ドスン、という低い手応えのあと、丸太が海に渡って橋になる。Komugi のレビューが「オープンワールド倉庫番」と呼んだこの旅の背後で鳴っているのは、ナイロン弦の柔らかいギターと、遠くで霞むピアノ、薄いシンセの膜だ。拍を数えようとすると逃げる。だいたい BPM 60 台に聞こえる瞬間もあるが、骨格としてのビートはほぼ存在しない。ドラムが入っても、それは輪郭ではなく毛布のような質感として入る。
書いたのは Eli Rainsberry。Wilmot's Warehouse や Bird Alone の音楽を手がけてきた作曲家で、本作については本人が「前作よりギター寄りで、オルタナティブ、アンビエント、ジャズあたりから着想を得た」と語っている。全15曲、ゲーム本編と同じ2020年9月10日にリリースされた。私はレコード棚の Geotic の隣にこのアルバムを差している——本人が影響として Geotic や Angel Olsen、上原ひろみの名を挙げているのを知る前から、そこが定位置だった。
リズムの引っ越し — 拍は UI に住んでいる
このスコアでいちばん持ち帰る価値があるのは、リズムの居場所だ。Rainsberry とチームは制作にあたって、音楽の背景からリズムを剥ぎ取ってアンビエントの余白を作り、その代わりにリズムを UI オーディオ——つまり操作音——へ移す、という方針で合意したと語られている。木を押す音、丸太が転がる音、小さな操作はクリック質の軽い音。そして undo にはシンバルの一打が当てられている。倉庫番というジャンルで最も頻繁に押される動詞は undo だ。その最頻出の動詞に、打楽器の役割を与えた。
参照点として挙がっているのが Breath of the Wild の控えめで大気的なスコアだ。音色のパレットは数種類のギター、ピアノ、シンセ、そして全体を運ぶ控えめなドラム。けれど設計の核心は楽器ではなく分業にある。「曲」が空間と感情を持ち、「効果音」が拍とグルーヴを持つ。プレイヤーが手を動かしている間だけ、この音楽は完成形になる。
パズルとのアナロジー — 島ひとつぶんの思考
A Monster's Expedition の思考は短い呼吸の連続だ。島はだいたい数手から十数手で解け、解けたらすぐ次の島が見えている。Stephen's Sausage Roll の長考に沈黙が合うように、この「考えては歩く」の繰り返しには、始まりも終わりも主張しない音楽が合う。曲は島と島の間に横たわる海のようなもので、君が立ち止まっても流れ続け、解けた瞬間にもファンファーレを鳴らさない。変わるのは音楽ではなく、君の操作音の密度のほうだ。
私の耳測りでは、手が進んでいるときのこのゲームの体感テンポは操作音が決めている。押す、転がす、undo のシンバル——手数が増えればテンポが上がり、手が止まれば音楽だけが残って BPM はゼロに近づく。テンポの主導権がプレイヤーの側にある音楽。倉庫番の「いつ考え、いつ動くかは君の自由」という構造と、まったく同じ形をしている。
聴くべきトラック
公式音源は開発元 Draknek & Friends の YouTube チャンネルにトラック別の公式動画と公式プレイリストがあり、Bandcamp で全15曲が買える。まずは1曲目から。
・The Rain Cascades ↗ — 雨のテーマ。ギターの爪弾きが雨粒の側に回り、ここでも打楽器の仕事を「環境」が肩代わりしている。
・Bandcamp: A Monster's Expedition OST(全15曲)↗ — アルバムとして頭から。ジャケットは Adam deGrandis。公式プレイリスト ↗ でも全曲聴ける。
おわりに — 盗むならこの一点
自分が曲を作るなら盗むのはここだ——リズムをトラックの中に閉じ込めず、聴き手の動作に渡すこと。曲単体ではどこか未完成に聞こえる勇気、と言い換えてもいい。ループする曲は毎回同じでも、操作音が刻むリズムはプレイヤーごと、プレイごとに違う。つまりこのスコアは、聴くたびに違うグルーヴを持つ。ゲーム音楽でなくても応用は利く。たとえばビートを一度全部ミュートして、その曲が立っていられるかを確かめる。立っていられたら、そのビートは別の誰かに叩かせていい。
聴き直すなら雨の日の作業中を勧める。The Rain Cascades から頭まで戻って、手元のキーボードの打鍵音が undo のシンバルに化けるのを待つといい。同じ「手の音が音楽になる」設計は Unpacking の回でも書いた。Rainsberry の Wilmot's Warehouse もまた倉庫番の親戚で、こちらはもう少しリズムが曲側に残っている。聴き比べると、本作でどれだけ思い切って拍を手放したかがわかるはずだ。
参考リンク
・Steam: A Monster's Expedition Original Soundtrack
・Eli Rainsberry — Bandcamp (A Monster's Expedition OST)
・Draknek & Friends 公式 YouTube チャンネル / 公式サウンドトラック・プレイリスト
・Gaming Audio News: Soundtrack to A Monster's Expedition out now
・Game Developer: The relaxing, open-world puzzle design of A Monster's Expedition
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