定義
視点・遠近トリック(perspective tricks)とは、どこから見るかによって盤面の実体そのものが変わる機構である。プレイヤーの動詞は「回す」「覗く」「掴んで置く」「撮る」といった、見え方を動かす操作になる。手番ごとに変わるのは駒の位置ではない。いまの視点から世界がどう見えているか、という一点だけが変わる。
解の条件は「見かけ上つながっていること」である。目的地までの経路が画面の上で途切れていなければ、実際の三次元の座標が離れていても通れる。多くのパズルでは、見え方は実体を推し量るための情報にすぎない。この機構ではその関係が反転し、判定はプレイヤーがカメラを止めた瞬間の絵だけを読む。
初出と系譜
前史は紙と部屋の上にある。スウェーデンの美術家オスカー・ロイテルスバルドが1934年に不可能三角形を描き、ライオネルとロジャーのペンローズ父子が1958年2月の British Journal of Psychology でこれを「もっとも純粋な形の不可能性」として発表した。エッシャーは1961年のリトグラフ『滝』でこの三角形を使っている。立体の側にはアデルバート・エイムズ・ジュニアの歪んだ部屋(エイムズの部屋)があり、片目で覗き穴から見ると大きさの手がかりが奪われ、同じ背丈の人が巨人と小人に見える。特許は1940年に取られているが、最初に作られた年は1934年とも1946年とも言われ、特定できていない。
デジタルでの初出は2008年のechochrome/無限回廊である。日本では3月19日にPSP版、北米では5月1日に配信された。ソニー・コンピュータエンタテインメントが発売し、ジャパンスタジオが開発に加わっている。土台になったのは藤木淳の研究「OLE Coordinate System」で、カメラ位置を座標系の一部として扱う仕組みを、そのままゲームの規則にした。公式資料はロイテルスバルドとエッシャーの『相対性』を着想源に挙げている。
以後の系譜は三方向に分かれた。回して合わせる系はFEZ(2012年、Steam版2013年)とMonument Valley(2014年のモバイル版、Steam版2022年)が広げた。寸法に翻訳する系はSuperliminalで、原型は2014年1月にアルバート・シーがカーネギーメロン大学ETCで公開したデモ『Museum of Simulation Technology』である。Pillow Castle Games が2019年11月12日に製品版を出した。切り取って貼る系はViewfinder(Sad Owl Studios、2023年)に至る。系譜の詳細は視点切り替えパズルの語彙にまとめてある。
変奏
第一の変奏は「回す」である。Monument Valleyは不可能建築の一部をつまんで回し、途切れた階段を目で継ぐ。FEZは三次元の地形を四方向の二次元図に畳み、どの面から見るかで足場の並びを変える。同じ「回す」でも、前者は一箇所の接続を作る操作、後者は世界全体の投影を切り替える操作で、手触りがまるで違う。
第二の変奏は「寸法に翻訳する」である。Superliminalは、掴んだ物を見た方向に置き直すと、見かけの大きさがそのまま実寸になる。Maquetteは入れ子になった同じ庭を使い、小さい庭に置いた物が大きい庭では巨大になる。後者は再帰・入れ子構造と重なる位置にあり、縮尺という一語で二つの機構がつながる。
第三の変奏は「切り取って貼る」である。Viewfinderは写真を空間に置くと、写っていた場所が実体になる。Moncageは立方体の隣り合う面をまたいで一つの絵をつなぎ、Gorogoaは四枚のコマを重ねて別の絵の続きにする。Manifold Gardenは視点ではなく重力の向きを動詞にしつつ、無限に反復する景色で同じ錯覚を使う。
設計上の落とし穴
一つ目は、動詞が途中で成長を止めることである。視点の規則は一文で説明できるぶん、覚えられた後に伸ばす余地が少ない。Superliminal への反論は、遠近法の動詞が中盤で開発を止め、残りは演出と雰囲気で走り切っている点を、この作品への最も鋭い批判として挙げている。視点という動詞は単体では局面の数が増えにくいため、実作の多くは押す・運ぶ・跳ぶ・撮るといった副次的な動詞を足している。足す動詞を選び損ねると、視点は飾りになり、ただの三次元アクションに戻ってしまう。
二つ目は、角度探しの総当たり化である。解が一つの視点でしか成立しないと、プレイヤーはカメラをぐるぐる回して偶然を待つ作業に落ちる。解けない私が、Escape Simulator 2 の新ルームで視点探しに付き合わされた話はその疲れ方を書いている。行き止まりの正体は「道」じゃなく「角度」だったという気づきは快感だが、それは正しい角度に十分な手がかりが置かれているときだけである。
三つ目は、身体への負荷である。視点切り替えはプレイヤーの認知そのものを動詞にするため、長く遊ぶと疲れる。三次元酔いの報告も他の機構より多い。視点切り替えパズルの語彙は、Monument Valley が全体を90分ほどに畳んだことを、この疲労を見越した尺の設計として読んでいる。長さは、この機構では美点ではなく設計変数である。
見分け方
非ユークリッド空間との違いは、視点を元に戻したときに世界が元に戻るかどうかである。この機構では、見る角度を戻せば見え方も元通りになる。変わっているのは見え方だけだからである。AntichamberやHyperbolicaでは、同じ場所へ戻ったはずなのに空間の側が別物になっている。錯覚ではなく、空間の規則そのものが違う。
絵の重ね合わせと空間接続ポータルも近い。前者は視点ではなく枠を動かし、後者は見え方に関係なく二点を恒久的につなぐ。再帰・入れ子構造とは縮尺の扱いで重なるが、入れ子は視点を動かさなくても階層が存在する点が異なる。迷ったときは「カメラを止めた瞬間に判定が走るか」を見るとよい。
さらに読む
サイト内の関連記事。機構全体の見取り図は視点切り替えパズルの語彙 — Monument Valley から Manifold Garden へ。歴史はechochrome/無限回廊(2008)とMonument Valley(2014)、さらに遡るならGet Off the Earth(1896)。
設計者像はKen Wong の哲学、William Chyr の哲学、Jason Roberts の哲学、Alexander Bruce の哲学。批判的な読みはSuperliminal への反論。音の側からはSuperliminal のサウンドトラック、Viewfinder のサウンドトラック、Monument Valley のサウンドトラック。解けない側からの体験記は視点を変えるのはズルじゃない。
外部の一次資料。不可能三角形については L.S. Penrose と R. Penrose, "Impossible Objects: A Special Type of Visual Illusion", British Journal of Psychology 49(1), 1958。echochrome の土台は藤木淳の OLE Coordinate System(Object Locative Environment Coordinate System)。Superliminal の原型は Albert Shih による2014年のデモ『Museum of Simulation Technology』。
卓上・紙での姿
- Get Off the Earth(1896) — 円盤を少し回すと、数えられる人影が13人から12人に減る紙細工。動くのは視点ではなく断片の配置だが、「見えたものがそこにある」という癖を突く点で同じ系統に立つ。





